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俺様獅子との猛愛エンゲージ!  作者: 古都助
~第一部・俺様獅子とのお見合い騒ぎ!~
17/71

知ってしまった想い

ほのかの視点に戻ります。





蒼お兄ちゃんとの通話を終え、部屋に戻ってくると二人の話し声が聞こえた。

障子を挟んでいるけれど、耳を澄ませるとその内容が徐々に伝わってきて……。

多分、聞かない方が良かったのかもしれない。

だって、こんなタイミングでそれを聞いても、どんな顔して中に戻ればいいっていうの。

獅雪さんが……、私を……好き?

二人が話していた内容は、聞き間違いでない限り、獅雪さんの好きな人が私という話だった。

途中から聞いたから、なにがどうなってそんな話になったのかはわからない。

だけど、それがもし、本当なら……。




「(嘘……)」





獅雪さんに連れ出されて、車で外に行ったあの日。

怖くて苦手に思ってしょうがなかった獅雪さんが、怖いだけじゃなくなった……。

式場から車内へ戻り後部座席で押し倒されたあの時、

獅雪さんは泣きじゃくる私を宥めるように、涙をキスで拭ってくれた。

何度も謝って、私が泣き止むまでそうしていてくれた。

その後も、私を気遣ってイタリアンのお店や動物園に連れて行ってくれたり……。

思えば、あの日を境に、私の気持ちは徐々に変化し始めたのだと思う。

苦手な人の……優しい部分に触れて、心の中がふわっと温かくなったあの時。

蒼お兄ちゃんに獅雪さんを勧められ、今度は少し苦しいような想いが芽生えて……。

それが恋なのかどうかは、あの時の私にはわからなかった。

ただ、変化し始めた自分の気持ちを持て余すばかりで、その淡い想いに名前をつけることが出来ずにいた。

私と獅雪さんが互いに風邪に倒れたこともあって、暫くは保留にされたその想い。

少しは落ち着いたかなと思っていたのだけど……、





「(なんで……、なんで獅雪さんが私を?)」




正直、信じられない。

私が風邪で倒れた時、看病してくれた獅雪さんに、私と婚約までした理由が知りたいとお願いした。

名前を付けることに躊躇いがあったこの淡い想いの行方を決める為に。

だけど、まさか、こんなタイミングで知ることになるなんて……。

急に自分の顔が熱をもったのがわかる。身体は震えているし、心臓はうるさいくらいに鼓動を打つ。

このままここに居るわけにはいかないと思い、私はお手洗いへと向かった。

お手洗いの扉を開ける際、後ろから梓さんの声がして振り返った。

私の顔を見た梓さんが、「どうしたのっ」と心配して駆け寄って来てくれた。

多分、真っ赤になってたからなんだと……思う。

別の空いている個室に連れて行ってくれた梓さんが、冷たいウーロン茶を出してくれた。





「すみません……」



「いいのよ! それより、大丈夫?

 顔が真っ赤よ。ここで少し休んでいくといいわ」



「ありがとうございます」





その個室は、お客さん用の部屋ではなく、スタッフが休憩したり、たまに仮眠をとる場所なのだと説明された。

梓さんが押し入れを開けて布団一式を取り出すと、私の為に場を整えてくれた。

少しだけウーロン茶を飲んで、私はお礼を言ってその布団に横になった。

梓さんの手が私の額に伸びる。




「具合悪くない?

 柾臣君、呼んでこようか?」



「……いえ、大丈夫です」




今、獅雪さんの顔なんて見たら、この顔はさらに沸騰するかのごとく、湯でダコ状態になってしまうだろう。

出来るなら、落ち着くまで、この熱が引くまでここにいたい。

梓さんも、私の言葉に強くは言わず、暫く傍にいてくれた。

次第に、静かな空間の心地良さに、私はいつの間にか瞼を閉じていた。

ゆっくりと、意識が暗闇に沈んでいく……。















次に目が覚めたのは、夜風がひんやりと手に触れた時だった。

温かい何かに縋っているような……、安心できるその存在に頬を擦りつけた。

これはなんだろう……。

まだ寝ぼけていた私は、それが『何』なのか気付く事さえ出来なかった。




「ん……」




多分、この揺れ方と前にある温もりからして、私は誰かに背負われているのかもしれない。

歩くタイミングに合わせて、少しだけ背中にいる私の身体も揺れた。




「蒼に怒られるな、これは……」




独り言のように聞こえた声は、……あぁ、この声は獅雪さんだ。

私の身体をしっかりと支えて、彼は一歩一歩夜道を進んでいく。

やがて、車のドアが開く音がして、そっとシートに下ろされる気配がした。

ドアを閉めると、今度は運転席の方のドアが開いて、獅雪さんが乗り込んだ。

まだ眠りの狭間にいる私を心配してか、獅雪さんがこちらに身を乗り出した。




「具合が悪いわけじゃないとか言ってたらしいが……、

 ……ほのか」



「……」



「熱はないが、蒼には言っておくか。あとで体調を崩すこともあるしな」





多分、額に触れた温もりからして、熱を測ってくれたのかな……。

獅雪さんは小声で呟いて、自分の着ていたスーツの上着を脱ぐと、私の身体に掛けてくれた。

あったかい……。香りの良い匂いがする……。

獅雪さんの付けている香水か何かかな……。

私はその落ち着く香りに包まれながら、車が動く音と同時に、また夢の中へと堕ちていった。



















――翌日。




「あれ……、私……」




目が覚めたのは、自分のベッドの上だった。

窓から差し込む朝日が目に眩しい。

いつ戻ってきたんだろう……。服装は昨夜と変わっていない。

あのまま寝てしまったのだろうか?

ベッドから下りた私は、自室の扉を開けて廊下へと出た。

丁度、隣の部屋から起きたばかりの蒼お兄ちゃんと出くわした。




「蒼お兄ちゃん、おはよう」



「あぁ、おはよう。昨日は楽しかったかい?」



「……昨日……、あ」



「柾臣が連れて帰って来てくれたんだよ。

 ぐっすりおやすみモードだったから、そのままベッドまで運んでもらったんだ」




思い出した……。

昨夜、獅雪さんと一緒に恵太さんっていう人のお店に行って、それで……。




「……っ」



「ほのか?」



「な、なんでもないっ」




恵太さんと獅雪さんの会話を思い出して、私は治まったはずの熱が顔に宿るのを感じた。

夢だと言えない確かな記憶が蘇っていく。

獅雪さんが私に抱いているのは、――まさかの恋愛感情だったなんて。

お見合いをしたのも、仮婚約したのも、全部気まぐれか何かだと思っていたのに……。

衝撃的な事実は、一晩明けても効力は絶大だった。

多分、私が梓さんに介抱されて、休憩室で休んでいたところを獅雪さんが引き取ってくれたのだろう。

夢現の中、獅雪さんが私を背中におぶって運んでくれていた時の事が蘇る。




「もう少し起きるまで時間があるから、ほのかはもう一度寝ておいで。

 今日も出勤だろう?」



「う、うん。そうする……」





一階に向かって降りて行く蒼お兄ちゃんに背を向けて、私は再度部屋へと戻った。

ベッドにぽふんと腰かけて、膝の上で両手を握る。

あれは夢じゃなかったんだ……。

獅雪さんに直接教えてもらうはずの約束が、フライングで先に知ってしまうことになるなんて……。

次に獅雪さんといつ会うかは定かではない。だけど、近いうちにまた会う事にはなるだろう。

その時、私はどんな顔で、どんな想いで、彼に会えばいいんだろう。

きゅぅっと胸の奥が切なく痛む。思い出したせいで穏やかな鼓動が徐々に乱れていく。

ベッドに倒れ込み、胸元を掴んだ。




「獅雪さん……。私、どうしたら……」




胸に宿った淡い想いは、急速に陽の光に向かってその蕾を花開かせようとしている。

お願いだから、そんなに急いで先に行かないで……。

理性の自分が手を伸ばし、開き始めた蕾を包み込もうとするけれど、……獅雪さんを求めて熱を宿す感情が抑えきれない。

変だよ、こんなの……。私自身の気持ちが、本人を無視してこんなに大きくなっていくなんて。

布団の中に潜り込み、持て余すその想いを封じ込めるように私は強く瞼を閉じた。


















――数日後、幼稚園にて。




「とおるせんせー、ほのかせんせー、へーん」



「朝からなんかぼんやりしてんだよなぁ……。

 体調悪いのかな、でも、そうでもないような……」




透先生が園児の女の子、あかりちゃんを抱き上げて、椅子に座ってぼーっとしていた私に視線を向けていた。

目の前で手をふられ、大丈夫と聞かれてやっと我に返って苦笑する日々。

そろそろ周囲に変に思われているというか、確実に心配の目を向けられている。

仕事中に、私事で悩んで気を逸らしてるなんて駄目だよね。

わかってはいても、あの日の獅雪さん達の会話が頭から離れてくれない。

幸いなことに、獅雪さんはまた数日姿を見せないし、連絡もない。

一人で考えることが出来て、内心ほっとしているけれど……。




「はぁ……」




心の中で育ち花開いてしまった想いは、抑えることも出来ず日々大きくなっている。

止めようと思っても、そんなこと出来るはずもなくて……。

獅雪さんからの連絡が来ないか無意識に気にしたり、声が聞きたいなとかふと思ったり……。

蒼お兄ちゃんに、それとなく獅雪さんのことを聞いてみたり……。




「なにやってんだろ、私……」



「ほのか先生、最近元気ないよ~? なんか悩みごと?

 俺で良かったら聞くよ?」



「透先生、ありがとうございます。

 ちょっと気になる事があって、ぼーっとしてました。

 すみません、ちゃんと仕事しないとですね」



「そんなに難しい悩みごとなの?」




あかりちゃんを抱えたまま、透先生が私の顔を覗きこんでくる。

くりっとして大きな瞳が、心配そうに揺らいだ。

透先生は、本当に良い人だな……。

同僚の私をここまで心配して声をかけて気にかけてくれて……。




「ん~、難しいというか、これからどうしようかな~って……」




獅雪さんがいつ現れるかはわからない。

もしかしたら、また連絡が事前に入って幼稚園まで迎えに来るかもしれないし、

帰宅したら私の家にいたりとか。

なんとかそれまでに、獅雪さんにどう接するべきか考えておかないと……。




「ほのかせんせー、こいわずらい?」



「はっ!?」



「あかりちゃん、難しい言葉知ってるね……」




急に透先生の腕の中で大声で言い当てたあかりちゃんに、透先生がぎょっと目を見開いている。

私も、こんな小さな子がどうしてわかったんだろうとびっくりしてしまった。

女の子は精神的に成長が早いと言うけれど、本当なのかもしれないな。

幼稚園の子供達も、一人の男の子を巡って女の子同士喧嘩したりすることがあるし。




「あ、あのっ、ほのか先生! 恋煩いってマジ!?」



「透先生? どうしたんですか、そんなに慌てて」



「俺のことはいいから、ほのか先生のこと!! ねぇ、好きなヤツいんの!?

 誰!? 誰!?」



「え……。あの……」




あかりちゃんを床に下ろした透先生が、私の肩を掴んでこれでもかというくらいに揺さぶってくる。

表情が、鬼気迫るものを宿しているのは気のせい?

揺さぶられて目を回しかけている私は、答えるどころの話じゃない。

まずは、透先生を落ち着かせないと。




「透先生っ、ちょっ、やめっ」



「あ。ご、ごめん……。でも、ねぇねぇっ、好きな奴がいるとか嘘だよね!?」



「ふぅ……。えっと、好き、なんだとは思うんですけど、まだどうしたらいいかわからないというか……」



「ああああああっ!! マジなのっ、マジばなっ、ぐぅぅぅっ。

 ほのか先生、それきっと気のせい! 冬の風邪のせいだよ!!」



「風邪は少し前に引いて、今はもう治ってます」




頭を抱えて、床に座り込んだ透先生が「嘘だ、嘘だ」と絶望にも似た呟きを繰り返している。

気のせいだと思えれば、どんなに楽だっただろうか。

あの初めての車でのお出掛けの日を境に芽生えたこの想いは、気のせいという言葉を真っ向から否定している。

だからこそ、この想いの持って行き場を考えて私は悩んでいるのだ。

でも……、目の前の透先生はなぜこんなにも落ち着きなく荒ぶっているのだろうか。




「とおるせんせー、よちよち」



「あかりちゃん、慰めてくれてサンキュ……。あぁ、でも、俺、運が無さ過ぎっ」



「でおくれ、でおくれ」



「うぐっ、センチメンタルで傷付いたところに塩をっ、あかりちゃん、もうちょっと優しさをっ」




あかりちゃんに撫でられている透先生が、よく意味のわからないことを喋り続けている。

本当にどうしたのかな……。

と、その時、ポケットに入れていたスマホがブルルッと振動音を発した。

表示画面を見ると、新着メールが一件。

知らないアドレスだなと思い、その件名を見てみると、……獅雪さんの名前があった。

前回の電話番号の時といい、また蒼お兄ちゃんに聞いたのかな。

ドクンと高鳴った鼓動を感じながら、メールを開く。




『夕方迎えに行く。準備して待ってろ』




ただ、その一言だけ。

私に予定があるとか、伺いを立てるとか、そういう文面は一切ない。

だけど、そんな俺様命令調のメールの文面に、怒りではなく、どこか嬉しさを覚えてしまう。

私、Mとかの要素がある人じゃないよね? 罵られて喜んだり、冷たくされてテンションが上がるとか、

そういうタイプじゃない。ノーマルのはず。

だとしたら、やっぱり相手が獅雪さんだから、こんなに心の奥が騒いでしまうのかな。

返信の文面を打って送信をタップすると、了承の返事が獅雪さんに送られた。




「(でも、どうしよう。獅雪さんに会って、どんな態度をとれば……)」





普通にいつもどおりに……、私の性格上顔に出てバレてしまうのは想像に難くない。

きっと挙動不審になって、獅雪さんに怪訝な目を向けられるだろう。

さらには、なんでそんな風になったかとか、あの獲物を追い詰める自信満々な視線で問い詰めてくるはずだ。

……理由をつけて断れば良かったかな。でも、大人しくそれを獅雪さんが信じて引き下がってくれるかどうか。

いずれにしろ、嘘なんてつく自信のない私は、夕方に獅雪さんと顔を合わす他ない。




「ううっ、俺の天使が……あぁ……」





そこに、また透先生の悲痛そうな呻き声が聞こえて、私はくるっと振り向いた。

……透先生、なんで子供達に乗られたり踏まれたりしているのかな?

床に寝転んでいる透先生を取り巻くように、きゃっきゃっと子供達が楽しげにしている。




「透先生、なにしてるんですか?」



「……はは、もう俺は駄目なんだよ。希望が砕けまくった今、俺に生きる道はもう……」



「あの、何があったかはわかりませんが、……元気、出してくださいね」




一体透先生に何があったのか……。

それを察する事の出来ない私は、とりあえず彼に励ましの言葉をかけておいた。

きっと子供達も、透先生を励ましているつもりなんだろう。

それを微笑ましく思っていると、あかりちゃんが私の元にやってきた。




「ねぇ、ほのかせんせー、すきなひと、つきあってるのー?」



「えっ?」



「らぶらぶなのー?」



「ちょっ、あかりちゃん。ら、らぶらぶとか、な、ないから!

 付き合っても、ないから!!」



「マジで!?」




私の否定の言葉に、今度は床に転がっていた透先生が水を得た魚の如く飛び起き上がってきた。

ガッツポーズをとり、その場を子供達と共に踊り始めてしまう。

急に元気になったけど、……なんで?




「やぁっ、人間、希望を捨てずに生きるのが一番だよな!

 皆、どんな時でも絶望しちゃいけない! 光は目の前に!!」



「わかんないけど、おー!!」



「とおるせんせいー、がんばー!!」




キラキラと輝く生気に溢れた瞳が、そのテンションの高さが、眩しいくらいだ。

私のわからないところで、透先生が元気になったのだけはわかったけれど……。

すぐ目の前で、あかりちゃんが、「おとこってたんじゅーん」とため息を吐いているのが見えた。

あかりちゃん……、なんだか幼稚園児に見えない貫禄を感じるわ。

暫くして、あまりに騒ぎ過ぎたせいか、透先生は年配の先生に雷を落とされながら回収されていった。


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