柾臣と恵太~柾臣視点~
男座談会(笑)
煮えた鍋の具を美味そうに食っていたほのかが、バックの中の着信に気付き席を立った。
俺達に頭を下げ、障子の向こうに消えていく。
おそらく、小さく聞こえた内容からして、相手は蒼だろう。
パタンと締められた障子の音の後……。
「だぁあはははははははははは!!
あのっ、あの、引く手数多の柾臣がっ、はははははははっ」
「やかましい! 笑うな!!」
「いやぁっ、だ、だって、はははははっ。
大学時代、お前に言い寄る子は多かったけどさぁっ、お前、そのどれも無視だったろ。
なのにっ、なのにぃいいっ、はははははははは」
畳みの上で豹変したかのように笑い転げる男を、今にも蹴り飛ばしたい気に駆られる。
ほのかの前では、人の良さそうな爽やか男を気取っていたが、中身はこんな感じだ。
人が直面している問題を目の当たりにして、平気で笑いのツボに入れやがった。
笑い事じゃねーんだよ、俺にとっては今一番重要な問題だ!
「はは、悪い悪い……。でも、とんでもない子を好きになったんだなぁ。
確かに可愛いけど、あれは相当鈍そうだぞ?
ついでに、蒼の妹ときた。お前、ダブルでヤバイだろ」
「蒼の方は、もう説得してある」
「え? マジで!? あの蒼を!? どうやってええええ!?」
ガバッと身を起こした恵太に、使い終わったおしぼりを投げつけてやると、それをべしっと投げ捨てて恵太が詰め寄って来る。
ほのかは知らないが、その兄、鈴城蒼は……、俺達にとってあらゆる意味で脅威だ。
妹には無害な優しい兄を装っているが、その中身は人畜無害どころか、関わり方を間違えればアイツの暗黒面に触れることになる。
冗談レベルでも容赦のない腹黒男、それが……ほのかの兄、蒼だ。
そんな男の妹に惚れこんでしまったのは、誤算としか言い様がないだろう。
後悔は全くしていないが、ほのかに近寄るには蒼という鉄壁の壁があり、まずそれを砕くか飛び越えるかしないと最初の一歩にさえ立てやしない。
二年だ……。俺が、ほのかと言葉を交わすことが出来るまでにかかった期間。
鬼、……もとい、蒼を説得し協力を取り付けるまでには、多大な労力を要した。
「さすがに、あの蒼を納得させるのは骨がいったさ。
あの野郎……、無理難題やらせやがって……」
「魔王は卒業しても、魔王だったんだなぁ……。
何を要求してきたかはわからんが、お前がそんな顔をするぐらいだ。
相当だったんだろうな……」
「まぁな。だが、無駄じゃなかったさ」
「でも、あのお嬢ちゃん、お前の気持ちに気付いてないだろ?
今、どういうことになってんだ?」
「仮婚約中」
「……一応聞いとくけど、それ、お前が強引に押し進めた感じじゃねぇ?
あの子の様子からしても、納得づくじゃないだろ」
「あぁ、せっかく見合いまで漕ぎ着けたのに、会った後に断りの連絡がきた」
蒼の鬼試練に打ち勝った俺に、さらなる追い打ちがかかったのは見合いの日の夜のことだ。
人がせっかく鬼魔王を味方につけ、外堀を埋めていこうとした矢先の仕打ち。
見合いの間、ほのかが俺を怖がりながらも、一生懸命接してくれたのは知っていたが……。
「速攻で断られるとか、俺の予想になかった……」
「お前、自分が大学時代モテまくったからって、全世界の男全員を敵にまわすようなこと言うなっつの!
いいか? 世の中なぁ、イケメンが必ずしも勝利するとは限らないんだぞ!!」
「なんでそんなに必死なんだ、お前は……。
とにかく、あそこで逃げられたら、全部水の泡だからな。
婚約っていう枷で、無理やり縛りつけた」
ほのかにますます嫌われるとわかってはいたが、あそこで諦めるには俺の想いは育ち過ぎた。
まだ、お前は俺のことをなにも知らないだろう? たかだか二時間程度の見合いで終止符を打たれてたまるか。
必死だった、と言ってもいいだろう。
ほのかの家に乗り込んだあの夜も、俺の怒声に怯えるほのかの恐怖に怯えた顔が今でも思い浮かぶ。
そんな顔をさせたいんじゃないんだ……。俺が欲しいのは……。
「お前ってさ、なんでも持ってる割に、すっげー不器用だよな?」
「自分でも驚きだ。仕事やどうでもいい人間には苦労しないのにな。
ほのか相手には……、理性が利かない……」
「抑えが利かないってのは、それだけ本気ってことじゃねーの?
俺も梓さんを追いかけてる時は、そんな感じだった」
「お前の場合は、攻め勝ちだったな。梓さんも勢いで血迷った的な」
「失礼な! 俺の深い愛が梓さんに伝わったんだよ!!」
恵太は、自分より三つ上の梓さんに恋をした。
当時は、恵太のガンガン攻める姿勢に俺も蒼も、やりすぎだろと思ったものだが……。
運命はどう転ぶかわからないとはよく言ったものだ。
紆余曲折を経て、恵太は愛しい女の想いを得ることが出来た。
大学卒業後、彼女にふさわしい男になるために必死に修行して、やっと二年前に結婚した。
まさに、粘り勝ちというか……、俺もあやかりたいものだ。
ほのかの場合、攻め過ぎると絶対に怯えて逃げの姿勢に入る。
たまに、やりすぎた、と内心冷や汗を掻くこともあるが、それでも自重できないのが俺の性か。
「お前はいいな……。好きになってもらえてさ。
こっちは、追えば逃げられるし、捕まえたかと思ったら、またするりと逃げ出されて……」
「お前の場合……、言葉にしてないのが悪いんじゃないか?」
「……」
「どうせ、行動でばっか攻めてんだろ? さっきの様子見ても、一目瞭然。
あの子、お前の気持ちがわからないって、言ってたじゃんか」
「言ったら……、……確実に逃げられそうな気がするんだよ」
「おいおい。そこで怖がってどうすんだよ! 男なら玉砕覚悟でドドーン! と行けぇい!!」
ちなみに、恵太は計、十回以上、梓さんに告白して玉砕したクチだ。
何度フラれようが、こいつはめげなかった。
普通は一回でもきついのに、二回、三回、告白連打したこいつは男前すぎる。
そして、それを俺にも適用させようとするこの姿勢……。
やめろ、お前のように何度も告白して攻めた揚句、ほのかにストーカー扱いでもされたらどうしてくれる。
いや、今でも充分にそれに匹敵することをしている気はするが……。
女の心理的に、見合いを断ったのに、婚約まで勝手に繋いでしまった男は、ただの最低野郎だろう。
「お前は自分に素直すぎて、たまに羨ましくなるな」
「素直でいることが一番大事だと思うけどな! お前も、少しは俺を見習え!」
「はぁ……、そうだな。
出来るだけ、近いうちに……言うよ」
「おう! そうしろ。
あ、くれぐれも、告白と同時に押し倒すとかやるなよ!
お嬢ちゃんが怯えて泣いちゃうからな!」
「……」
「なんだよ、その顔は」
「いや、実は……、この前、つい、怒りでカッとなって、車内で……やっちまった」
「……」
はぁぁぁ? とわかるほどの複雑な表情を浮かべた恵太が、俺の頭にキレのある手刀を叩き込んで……こようとしたのをすっと横に避けた。
すかさず、第二撃目が俺の頭を狙って繰り出されてくる。
「アホか~!! なんでそういうこと告白前にするんだよ!!」
「ほのかが俺に対して怯えすぎ、る、か、ら、だ!!」
右に左にと恵太の攻撃を避けながら、俺は言いきった。
俺の姉、琥春の影に隠れて俺にドレス姿を見せる事を嫌がったほのかに、カッと血が頭に上ったのだ。
怖がられていることはわかっている。だが、あからさまに避けられると、こっちは傷付く。
だから、式場からほのかを連れ出して車内で……、さすがに泣かれたのにまたショックを受けて、その後のフォローがまた大変だった。
「わかった! 柾臣!! お前は性急すぎるんだ!!
もうちょっと、お嬢ちゃんの気持ちを尊重して、ソフトに行け!! ソフトに!!」
「今更無理があるだろ、それは!!」
「無理じゃない!! 初心に返れ!! 相手を大切に想う過程に返れ!!
手を握るのさえ恥ずかしがるほどの純愛レベルに!!」
「そんな、中学生の可愛いレベルに戻れるか!!」
掴みかかってきた恵太の襟元を掴んで、背後に投げ飛ばしてやった。
懐かしい、大学時代は恵太に付き合わされて柔道の練習相手もしてやった記憶がある。
畳みの上に投げ出されて、やっと気が鎮まったのか、恵太が心配そうに口を開いた。
「お前があの子のことを本気で好きなのはわかるよ。
だけど……、今のままじゃ、まずいんじゃないのか?
お前がもうちょっと、自分を抑えられねぇとさ」
「わかってる……。ちゃんと言う時は、どうにか自分を抑えるさ」
「応援はしてやるけど、失恋した場合は俺の胸で泣くなよ?
蒼の胸で泣け」
「安心しろ。お前の胸で泣く趣味もねーし、蒼にいたっては、失恋祝いかましそうだから、絶対行かねぇ」
「はは、……だな」
蒼は、俺がほのかに近づく事を許しはした。
だが、ほのかが俺を好きになるかどうかは、本人の意思を尊重することを俺に求めた。
もし、俺がフラれても、ほのかを諦めないことは自由だとアイツは言ったが、
それで万が一、ほのかを害するような事態が起これば……、蒼が敵になることだけはわかる。
見合いを断られた俺の行動を容認しているのは、同情からなのか……、それはわからない。
だが、与えられた機会を俺は潰す気はないし、ほのかの事を想う気持ちは日々増している。
見合いから一ヶ月……。
ほのかの中で、俺はどんな存在になっているんだろうか……。
まだ怖い男という印象しか抱かれていないのだろうか?
だが、前に風邪でアイツが倒れた時のことを思い出すと、
少しだけ……、希望が生まれる気がした。
和室で暴れる男二人の回でした。