鍋屋の主と俺様獅子
私と獅雪さんの口喧嘩を一瞬で収めてくれたのは、鍋屋・勝の主、勝原恵太さんでした。
少しだけ時間がとれたからと、御座敷に上がって自己紹介してくれた恵太さんは、とても爽やかで面倒見の良さそうな男の人だった。
笑った顔が、どこか少年のようにも思える人。獅雪さんも恵太さんには素を隠さず接している。
「お前が予約入れたって聞いて、誰と来てんだろうな~と思ったら、ははっ、意外すぎたっ」
「うるさい。俺が誰と来ようと勝手だろうが」
「そうは言うけどなぁ、お前が女の子をここに連れて来たことって、初めてだろ?
大抵は、会社の人間か、蒼ぐらいだろ」
「あの、ウチのお兄ちゃん、蒼もここに来たことが?」
大学時代の友人というならば、蒼お兄ちゃんと接点があってもおかしくはないけれど。
私は、ちょっとした好奇心で恵太さんにお兄ちゃんのことも聞いてみた。
恵太さんはそれを聞くと、意外そうな顔をして目を大きく見開いた。
「え? 君が、蒼の妹!? 嘘ぉ……、こんなに可愛くて素直そうな子が、あの蒼の……」
なんでそんなに驚いたような顔をするんだろう。
私を指さして、ぷるぷるとそれを震わせている。
まるで……、この世の七不思議にでも出会ったような表情で。
獅雪さんの方は、その肩に手をおいて慰めるようにぽんぽんと叩いている。
「信じられないのはわかる。だが、一応現実だ。
蒼の妹、鈴城ほのかだ。俺達の三つ下だな」
「いやいやいやいやいや!! これ夢だろう!! むしろ、夢と言ってくれ!!」
「げ・ん・じ・つ、だ。てか、落ち着け。ほのかが怯えてる」
いや、怯えてはいませんよ~。
ただ、恵太さんの驚愕と青ざめた表情にびっくりしているだけで……。
どうしてこんなに、私が蒼お兄ちゃんの妹であることに現実逃避したがるんだろう。
私の知らない三人の大学時代があるんだろうけど、さすがにその反応は切ない。
「あぁ、ごめん。つい、衝撃の新事実すぎて。ははっ、ごめんな、ほのかちゃん」
「いえ、でも……、そんなに私と蒼お兄ちゃん、似てませんか?」
「いや、違う違う! 顔じゃなくて……、あー、はは、そのへんは言うと後が怖いから、
ごにょごにょ、内緒! ってね」
「お前には優しい兄貴だろうが、俺達には別の面があるってことだ。
別に気にすることでもねーから、ほら、鍋の続き食べろ」
「あ、はい……」
これ以上は聞かないでやれと言う獅雪さんに頷いて、深皿を持ってお鍋の煮えた具を取ろうと身を乗り出した。
すると、獅雪さんが右手を出して私の深皿を奪い、それにどっさりカニやらお肉やらを入れていく。
ダシの効いた汁も注ぎ終わると、「ほら」と深皿を差し出して私に返してくれた。
こういう時は優しいというか、世話好きというか……。
本当、獅雪さんてよくわからないや。
こんもりと盛られた深皿にお箸を向けて、お肉を一切れ熱を冷まして口にいれる。
「んっ、美味しい!」
「ははっ、そう言ってもらえて嬉しいな~。じゃんじゃん食べてくれよ。
どうせ柾臣のおごりなんだ、ドンドン追加しちゃって!」
「へいへい。俺達で食べきれるならな。
ほのか、口の端ついてるぞ」
「へ?」
あまりの美味しさに、もぐもぐと鍋物を食べていた私に、獅雪さんがふいに身を乗り出した。
手にはハンカチを持って、それを私の唇の端にぐいっと押し付けると、すぐにその手をひっこめた。
「全く、お前はどっか子供っぽいよな……」
美味しすぎて、どうやら急いで食べすぎたらしい。
私の口の端についていたものを拭ってくれた獅雪さんが、微笑ましそうに笑っている。
こうやって、ふいに優しい部分を見せるのが、獅雪さんのずるいところだと思う。
横柄な物言いで人を振り回すかと思ったら、こんな風に不意打ちを放ってくるのだから性質が悪い。
だけど、そうやって獅雪さんに優しい目で見られるのは嫌いじゃないから、さらに、困る……。
「おーい、人の目の前でいちゃつくなー。居場所に困るだろー」
「い、いちゃつっ、違います!! 私と獅雪さんはそんな関係じゃ!!」
「うーん……、なぁ、柾臣……、お前、結構苦労するタイプだったんだなぁ……」
「同情ありがとよ……」
「天然で癒し系っぽい可愛いお嬢ちゃんだけど、はは、そういう子が一番難攻不落かもなぁ」
「俺もそう思う……」
急に小声になって、恵太さんと獅雪さんが二人でコソコソ話出してしまった。
たまにこっちをチラッと見ながら、互いに肩を組み合わせて、はぁ……とため息まで吐いている。
なに? なんなの、この失礼な人達は……!
私に聞こえないように話すものだから、なんだか仲間外れになった気がしてしまう。
仕方なく、二人が内緒話を止めるまで、私は獅雪さんに盛られた鍋物の入った深皿と格闘することにした。
美味しい食べ物は、イライラを鎮めてくれる。お肉もお野菜も、カニも、まだまだいっぱいあるし、
もう今日は、鍋物パラダイスに熱中しよう、そうしよう。
そう決めると、私はお箸を手に食べることに意識を定めた。