俺様獅子の看病③~柾臣視点~
看病されている柾臣の視点になります。
――パタン……。
扉の閉まる音と共に、俺の口からは疲労の滲むような息がひとつ漏れた。
見合いと一緒で、言い出したら聞かないというか……、
また、ほのかに風邪を引かれては困るから家に帰れと言ったというのに……。
「蒼にそっくりだな……けほっ、ごほっ」
兄の蒼もそうだが、妹であるほのかもそれに引かない強さを見せる時がある。
俺が弱っているせいもあるんだろうが、普段幼稚園の教諭をやっているからか、
どうにも今の俺を、駄々を捏ねる子供扱いしている気がしてならない。
二十七歳にもなって、自分より図体のでかい男を捉まえて子供扱いかよ……。
俺としては、文句の一つも言うべきかと思うところだが、
他の誰でもない、……ほのかにそうされるのなら、これはこれで有りかもしれないな。
こうやって病人のままでいれば、アイツが甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるし、
少なくとも、今だけは、この瞬間だけは俺のことだけを考えて心配してくれる。
そう考えれば、この身体のきつさも咳も、悪いことばかりじゃないような気がしてくるから不思議だ。
「獅雪さん、お粥温めてきましたよ」
「あぁ……」
カチャリとノブが回され部屋の扉が開くと、ほのかがトレイに粥と水の入ったコップを載せて戻ってきた。
充分に温められた粥と、それに入っている卵の美味そうな匂いが届いてくる。
「自分で食べられそうですか?」
「そうしたいのは山々なんだが……、
思ったよりきつくてな」
「ですよね。わかりました。じゃあ、はい」
「は?」
レンゲで軽く粥の中身を掬うと、ほのかが、ふぅふぅと熱を冷ましてそれを俺に差し出してきた。
これは……、まぁ、つまりはそういうことなんだろうな。
さぁ食べろ!とばかりに差し出されたそれを、俺が口を開けて食べる。
いわゆる、「はい、あ~ん」というやつだ。
レンゲとほのかの顔を見比べるが、至って真剣そのものだ。
きっと、これもあれだろうな。幼稚園の子供にするみたいに看病の一環なんだろう。
傍から見たら、「あら、らぶらぶね~!」とか、どこぞの誰かが言いそうなシチュエーションだが、
間違いなく今のコイツに自覚はない。ただ、必死に俺を看病しようとしているだけだ。
だが、生憎と俺の方は、なんというか……少々気恥しい。
いや、ほのかにこうやってされることに幸せを感じないわけじゃない。
むしろ、よくぞ俺に移ってくれた風邪!と内心ガッツポーズを大きくしたいくらいだ。
だがしかし、一方でこれ以上甲斐甲斐しく世話を焼かれていたら、
前回出掛けた時に、一度抑え込んだはずの何かの枷が外れそうで若干怖いとも感じている。
ほのかは、何も他意などなく俺にそうやっているんだろうが……。
「早く食べてください。また冷めちゃうでしょう?」
「あ、あぁ……」
ズズイ!と口の前に持ってこられ、俺はその勢いに逆らえず大人しく口を開いた。
ほどよい塩味と米のふっくらとした食感が舌の上に広がる。
レトルトらしいが、これはこれで一応美味い。
一口レンゲから粥を攫った俺は、また二口目の粥を運ばれ、それに口をつける。
「食欲があるなら、少しは安心ですね。
はい、獅雪さん、どうぞ」
「ん……」
非常にゆっくりとではあるが、簡易的な食事を済ませ終わると、ほのかが薬を取り出した。
さすがに、横になったままでは薬は呑みにくい。
俺は、ほのかに支えてもらって背中にクッションを挟むと、少しだけ身を起こした。
熱のせいで身体がきついのは変わらないが、薬だけは自分で呑むしかない。
錠剤を喉の奥に放り込み、俺は一気に水を流し込んだ。
この一回の動作でも、俺にとっては疲労を生む行為だった。
薬を呑み終わると、またベッドに横になる。
「苦ぇ……」
「そりゃ、お薬ですからね。苦いのは仕方ありませんよ。
さ、もう眠ってください」
布団を肩までしっかり掛けられると、ほのかが俺の額に手を当てた。
「お薬で少しは楽になると思いますけど、無理は禁物ですからね。
ぐっすり眠って回復に努めないと……」
「ほのか……」
「はい?」
「この礼は必ずする……」
眠くなってきた意識の中、俺は回復した後のことを考えながら、
もうひとつだけ、眠る前に聞いておきたいことを思い出した。
俺にとっては物凄く重要だ。下手をしたら、俺が積み上げてきたものを一瞬で粉砕するかもしれない危険要素。
それを取り除くためにも、聞いておかねばならない。
「……さっきの……のこと、だけど……」
瞼を閉じそうな俺の手を握ったほのかが、その問いに首を傾げる。
なんでそんなことを聞くんだろうと始終不思議そうにしながらも、
俺の想いとは真逆に、楽しげにそれを語るほのか。
話の途中で眠りへと堕ちていく俺には、どうしようもなく歯痒い内容で……、
全快した後に、その問題をどう扱うべきかと思案しながら、俺は瞼を閉じた。