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資格マニア

 鉛筆の音。ページを捲る音。それをバックグラウンドミュージックとした部室は、非常に静かで、ややもすれば神秘的な雰囲気すら感じられる。

 部室にいるのは、(はふり)と、机の角を挟んで左側に座っている栗花落(つゆり)さんだけである。

 机は正方形で、どこに部員の誰が座るかというのが暗黙のうちに決まっていたりする。部内一の新参者である祝は扉から見て手前側、栗花落さんは左側、(すなどり)さんは右側、そして奥が部長の(つづき)さんの席である。副部長である葉加瀬(はかせ)さんの席が無いのは、本人曰くあまり来ないからあっても意味が無いとのこと。

 もちろん本を読んでいるのは祝で、鉛筆を走らせているのは栗花落さんである。

「……」

 読んでいる本越しに、チラリと栗花落さんの参考書を覗いてみる。

――『資格コレクターズ! ~ボイラー技師~』

 この前は自動車整備技能認定試験に向けて勉強をしていたことを思い出す。

「すごいですね、栗花落さん」

「んー?」

 栗花落さんは真剣味に満ち満ちていた目を、即座にとろんとさせて、祝の方を向く。今日の栗花落さんの髪留めは、緑を基調とした力強いデザイン。試験勉強への熱意を表しているようにも思える。

「色んな資格勉強していることです。あと、さっきの切り替えの早さも」

「そんなことないですよー」

 のんびりと笑顔で手を振る栗花落さんは、おもむろに参考書を閉じてしまう。

「あ、すいません。邪魔しちゃいましたか」

「いえいえ、そうじゃないですー」

 栗花落さんは参考書を自分の鞄へ仕舞ったかと思うと、やおら立ち上がって、ふらふらした足取りで部室の隅へと歩いてゆく。

 そこは通称「コーヒーエリア」と呼ばれ、コーヒー関係のものが収納された戸棚や、専用の机などが鎮座している。

 ペーパードリップに必要なものはもちろん、サイフォンやアルコールランプ、マキネッタやエスプレッソマシーン、イブリックなんてのもある。そこはまさにコーヒーの聖地と呼んでも過言ではない。

 彼女は棚の中からドリッパー、ペーパーフィルター、コーヒーサーバなどを取り出す。ブレンドされた豆も取り出して、机に置いてあった手動のミルでゆっくりと計量した豆を挽いてゆく。

「良い匂いですね」

「ですよねー」

 栗花落さんの間延びした特徴的な声と、部屋に充満するコーヒーの香りが、祝の心を落ち着かせる。

 良い気分で読書を進めていると、微妙に甘い匂いが鼻腔をくすぐった。

「祝さんも飲みますー?」

「いただきます」

 栗花落さんはチョコも一緒に持ってきてくれた。

「今日はモカコーヒーですー」

「美味しいです」

 こんな時間も悪くないなあと、読書をしながら思う。部長がいると何かにつけて気を揉んでしまうし、漁さんはあまり静かにできるタイプじゃない。葉加瀬さんに至っては二人になったことがない。となると、現状ゆったりとした時間を過ごすことができるのは栗花落さんとだけになる。

 本から視線を上げると、栗花落さんはコーヒーを飲みながら参考書にマーカーを引いていた。

「もしそれに合格できたら、今度は何を受けるつもりなんです?」

「危険物取扱者免状の乙種の第五類がまだ取れてないのでー、とりあえずそれですねー」

 栗花落さんは参考書から目を離さず、事も無げに応える。

「とりあえず……ですか」

 やっぱりこの人は、資格マニアだ。

 栗花落さんの後ろ全面に広がる本棚の一角が、参考書の宝庫になっているのをぼんやりと見つめながら、そんなことを思った。


栗花落(つゆり)(かな)() 趣味:資格取得

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