ICカード
「ICカード乗車券って、あるよな」
代わり映えしない部室で、部長が口を開いた。
部室には他に、試験勉強に熱心な栗花落さん、珍しく絵を描いている漁さん、そしていつも通りに読書を嗜む祝がいつもの席にそれぞれ座っている。
そろそろ祝の本名がペラム=ハンフリーであることは忘れられつつある。
「ありますね」
ICカード乗車券とは、公共交通機関を利用する時に使えるプリペイド方式のカード。ICカードが内蔵されているので、電車やバスに乗る際、かざすだけで精算が終了する利便性が重宝されている。地域によってはコンビニやスーパーなどでの買い物にも使えたりする。また、ポイント制を導入している地域もあり、その恩恵は日々大きなものとなっている。
「あれ、この前初めて発行したんだ」
手元の本に向かっていた視線を少し上げて、部長の方を窺う。
珍しくノートパソコンを広げておらず、その代わりに、さっき言ったICカード乗車券と思しきものを両手で掲げている。
とても興奮していらっしゃる。
「すごいな! あれは」
「確かにアレは便利だね! 切符を買う手間が無くなって、急いでる時でもスムーズ!」
「そうだ! そうなのだ!」
漁さんは絵を描いていた手を止めて、自分の財布から部長のものと同じカードを出す。
「私もちゃんと持ってるよ!」
「私も持ってますー」
左を見ると、栗花落さんもいつの間にか自分のカードを掲げていた。
もちろん部長や漁さんと同じデザイン。地域が同じなのだから、それは当然。
「ほら、祝も見せてみな」
部長が祝のカードを見たがっている。みんな同じデザインなのに、なぜだろう。
「同じものを持ってると、なんか仲間っぽいだろ。いいだろ、そういうの」
「はあ」
部長は確かにソウイウコトが好きそうだ。
だが祝は、部長含め三人の期待の眼差しを前に、ずばりと一言口に出した。
「俺、ICカード持ってません」
「は?」
向かい合った部長の目がみるみるうちに輝きを失う。ああ、そんなに。
「祝くん、便利ですよー。今度作ってみるといいですー」
「そうそう! でもお金が湧いてくるわけじゃないからね! 気をつけて!」
「分かってます。なんとなく作らずにいただけなんですけどね」
栗花落さんの推奨と漁さんの忠告を一身に受けて、祝は苦笑いする。
目からハイライトの消えた部長を見てみる。
「……なんてことだよ、こんちくしょう」
小声で悔しさ千万といった叫びが聞こえてくる。
「今度作ってきますって。絶対です。また今度、みんなで見せ合いっこしましょう」
祝がそう言うと、ほんの少しだけ部長の目に生気が戻る。
「絶対だぞ。明日作ってこい。明日見せろ。明日見せっこするぞ」
「さすがに明日は無理です」
祝は翌日、部長の目にハイライトを取り戻すため、駅でICカード乗車券を発行した。
続撫子 当サークル部長は、機械オンチゆえにあまり現代の利器に触れない。ただし、触れた時は子どものようにはしゃぐ。ソウイウコト(ソレッポイコト)が大好き。