我がサークルの日常風景
春秋大学、東サークル棟の一室。
四人の男女は何をするわけでもなく、各々思い通りに過ごしている。
読書を嗜んだり、ノートパソコンと睨み合ったり、参考書に唸ったり、歌を歌っていたり。
防音・防振仕様にエアコン完備。そして私物に溢れたこの部屋は、この四人のサークル部室である。
春風駘蕩たるのどかな春の日は、今日も特に大きなイベントが起こらずに過ぎてゆく。
『平々凡々たる日々是満喫すべし』こそが、このサークルにおける金言である。
「平々凡々たる日々是満喫すべし」
ノートパソコンを睨んでいた女が不意に顔を上げ、今度は部室を見渡しながら呟く。
その射抜くような視線はまず全部員に投げられた。次にカーテンの揺れる開放された窓、部屋の隅にあるコーヒーエリア、扉の上に飾られたよく分からない絵と金言、そして四人の囲む大きなテーブルへと戻る。
「平々凡々たる日々是満喫すべし」
彼女は呪詛を吐くように繰り返す。小さな体躯がわなわなと震えることで、その空気感のあるボブカットが揺れ、次に部屋の中の空気が緊張する。
刹那。何を思ったか、椅子から思い切り立ち上がる。
――ガンと、大きな音が響いた。
「いたい!」
彼女は両脚の太腿を抑えてうずくまる。おおうああ、などという声にならない声を上げて涙目になっている。
「……なにしてるんですか」
対面する男が見兼ねて、呆れたように声をかける。
「うるさい!」
理不尽に怒られた男に応える暇も与えず、女は続ける。
「平凡な日々をどう満喫しろって言うんだ! だらーっと怠けて、ぽけーっと呆けて、満喫してると言えるのか!」
「いや、そんなこと言われても」
男は手に持っていた本を閉じて、会話の体勢に入る。もっとも、今からの応酬が会話になるのかどうかは分からないが。つまりこれは、会話というよりも諦めの体勢である。
「私はネットサーフィン! お前は読書! 栗花落は資格勉強! 漁は……まあ、アレだけど!」
激昂しながら一人一人を指差してゆく。先ほどの痛みはもう無くなったようで、それはもう元気に身振り手振りで感情を表現する。
「面白くないぞ!」
「楽しいよ!」
漁は歌を中断し、そのグラマラスな身体と長い髪を無邪気に振るって言う。空気が読めないというか、純粋無垢というか、とにかくその行動は女に油を注ぐ。
「お前はそうだろうな! ああもう!」
「まあ、まあ、落ち着いて」
男は手で「落ち着け」のジェスチャーをする。女はそれに合わせて少し冷静になる。まるで動物の躾みたいだ。
とりあえず話題を変えようと、男は疑問を呈する。
「そういえば葉加瀬さんはどうしたんですか?」
「ドクなら今日は来れないかもって連絡を受けてるぞ」
「ええっ! ドクちゃん来ないんですかー!?」
女の答えに大声を上げたのは、今まで熱心に参考書を読み込んでいた栗花落。さっきまでの姿勢が嘘のように、へなへなと机へ崩れ落ちてゆく。ポップな髪留めが机に当たって、かちかちと音を鳴らす。
「分かんないところ教えてもらおうと思ってたのにー」
「ちなみにドクってのは」
「言ってなかったか? 葉加瀬のニックネームだ。愛称だ」
「葉加瀬、ドクター、ドク、ですか」
「よく分かったな!」
女はぬははは! と椅子に立ち上がって、さっきとは打って変わってご機嫌になった。すると何かを思いついたようにニヤリとして、呆れ顔の男を見下ろす。
「お前にも付けてやろうか?」
「遠慮しときます」
即答の声を無視して、早速ニックネームを考え始める。
「ちょっと、やめてくださいよ」
「いいじゃないか。ペラム=ハンフリーなんてお前には全然似合わん。日本語ペラペラのくせに」
「生まれがイギリスで、育ちは日本なんだから仕方ないじゃないですか! そんなこと言ったら先輩だって、続撫子なんて全く似合わない名前じゃないですか!」
「どこが似合わないんだ! 立派なこの私にもっとも相応しい名前だ!」
静かだった部室が一気に騒がしくなる。
――平々凡々たる日々是満喫すべし。
このサークルは、今日も金言に従って活動する。
この作品は掌編~短編程度の短い話を連載してゆくパターンのやつです。