8.心臓に悪い顔
8.心臓に悪い顔
ちゅんちゅん……。
んんー……鳥の鳴く声が聞こえる。朝日も顔に差してくる。
うーん……まだ眠い。寝てたい……。
…………? そういえばうちって朝日が入る向きに窓あったっけ…………?
南向きだったような…………。
うーん……まぁいいや。
むにゃむにゃ……。
コンコン。
……………………。
コンコン。
……………………。
ガチャ……。
……? 誰か入ってきた?
「梅乃ちゃん、朝だよー」
ううーん……誰? 誰でもいいけどまだ寝てたいの……。
「ほらほら、遅刻しちゃうよ」
体が揺さぶられる。
あ、その揺さぶり気持ちいい。また夢の中へと吸い込まれそう。
「ううーん……もうちょっと……」
ほんのあと少しでいいから、まだ起こさないで……。
……ん? 揺さぶる手が止まった。もう揺らしてくれないの……?
……ん? なんかクスクスわらってる?
「いいの、梅乃ちゃん。襲っちゃうよ?」
……あれ? さっきより声が近いような……。
おそうってどういうこと? おそうおそう……襲う!?
ぺろっ
「!? ~~~~~~~~っ!?」
一気に目が覚めた。
がばってベットから起きあがると、超どアップで赤毛の軟派顔がいた。
こいつ……耳舐めやがった!
目の前の軟派顔はクスッと笑うと
「目が覚めたでしょ?」
なんて、してやった顔で言ってくるものだから、かなり腹が立つ。
腹立つけど、目覚めに耳舐められてしまった事実に悶絶してしまって、声が出せない。
ヤツはそんな私を見ると、金色の瞳を光らせて、色っぽい顔つきで言ってくる。
「何その上目遣い。目覚めのキスの方がよかった?」
もうダメもうダメ! これ以上は私キャパオーバー!
ドカッ
ってか調子乗んな!
私は抜けかけた力を振り絞ってその顔面を殴ってやった。
おとぎの国からこっちの世界に来たキャラクター達が暮らす用の大きな洋館。その1階の左奥がキッチンでその手前がダイニングルーム。
その2部屋をつなぐ扉を行き来しながら、私とアサドは朝食の準備をしていた。
ダイニングルームの丸テーブルの上には野菜スープとサラダとパンが並んでいた。野菜スープは、カボチャとニンジンと赤と黄ピーマンを細かく切って煮たものにコンソメで味付けされている。サラダはコーンとプチトマトとシーチキンがレタスの上に綺麗に盛られていて、上からゴマだれがかかっている。パンもパンで、パン屋さんで買ってきたとかスーパーで買った食パンとかじゃなくて、ちゃんと生地から作られたものだ。
これ、全部アサドのお手製らしい。スープとパンのいいにおいが立ち上がっている。軟派顔なくせに器用なヤツだ。
だがそういう言葉をかけると、こいつはつけあがる気がするので絶対に言ってやんない。
「なに梅乃ちゃん、まだそんな顔してるの?」
当の本人は何事もなかったかのようにスクランブルエッグを作っている。
…………昨日と同じく、裸に赤いベストを着ただけの状態で。
それ、前開いてるけど、油飛ばないの?
いいや、それで飛んでも今は心配してやんない。
「そりゃあ寝起きにあんなことされたら怒りもするよね」
私はダイニングとキッチンの間の扉に寄りかかりながら、料理している背中につっけんどんな言葉を返す。
夕べは一晩に色々ありすぎたせいで無駄に脱力してそのままベッドに入ってしまった。
そしたら寝起きにまどろんでいるところに耳をなめられるとか、かなりこいつらに振り回されてる気がする。
全くもってどうしてこうなったのやら……。
スクランブルエッグが焼けて、お皿に盛りながらアサドは言ってくる。
「別にそういう経験がないわけでもないんでしょ?」
なんて、けろっと言ってくるものだから、私は眉間にしわを寄せながらため息をつく。
「経験あるとかないとかじゃなくて、出会って間もない人にされることじゃないの。ただでさえ心臓に悪い顔してるんだから」
そうぶつくさ言って淹れたての紅茶をすする。
すると自分の上に影ができる。
顔を上げるとスクランブルエッグを片手に持った胸板がどアップで映る。その光景に一瞬体を揺らしながらも目線を更に上げると、アサドがもう片方の手を私がもたれていた扉の取っ手に置き、その体の中に私を閉じこめていた。
昨日は床に座りながら話していたし、ありえないことのオンパレードだったのでじっくり観察していなかったが、こいつかなり長身。私が157cmと女の子の平均なのだが、アサドは真上を見るレベルの身長の高さだ。185cmは越えている気がする。ぱっと見でアラブ人のような様相だが、そこまで焼けているわけではなく、割と明るめの褐色だ。昨日は巻かれていたターバンが今日は外されている。そのため、少し癖のある赤毛が頭で揺れている。
そんな赤毛の下にある垂れ目気味の金色の瞳を細めて、甘い笑顔を向けてくる。
人を誘惑するキケンな顔だ。
ってかなんだこの状況!?
「ふーん、梅乃ちゃんがドキドキしちゃうようなステキな顔してるんだね」
「ドッドキドキじゃなくてっ心臓に悪いの!」
「ふーん」
獲物を追いつめるネコ科動物のように更に目を細めると、顔を近づけてくる。
「~~~~っ」
私は思わず顔を横に向ける。するとアサドの褐色の胸板が再び視界に入る。
ちょっと、ただでさえ心臓に悪い顔なのに、この半裸のような服装どうにかしてよ……!
「!?」
するとアサドが耳元に息を吹きかけてくる。
~~~~~~~~~~っもうダメ無理無理!
いくら軟派顔といっても周りにいるのと違う魅惑的なイケメンがこんなに近くに寄られちゃ、さすがに限界!
私は両目を硬くつぶって身を縮ませる。
すると、耳に当たってた息づかいがすっと離れていく。
そしてダイニングへの扉を押される。
「赤くなっちゃってー可愛いね」
なんて涼しい顔してダイニングにスクランブルエッグを運びに行く。
からかわれた!
「これが朝じゃなかったら遠慮なくいただいてたんだけどねー」
くすくすいたずら気な顔をこっちに向けてくる。
こいつ、完全に遊んでやがる……!