12.大学祭1日目その3
視点がころころ変わってすみません><
第三者視点です
12.大学祭1日目その3
「もう、ハンスさんもハンスさんで素直じゃないわよね」
中央講堂から正門に向かう通りの途中にある芝生広場で、しみじみと曜子が言った。それを由希はうんうんと頷き、夏海は苦い気持ちで聞き流す。
梅乃がハンスに腕を引かれて行ってから、午前中と同じく夏海と由希は一緒に学祭を回っていた。今はそれに加えて二人の一つ上の先輩、長谷川曜子も一緒にいる。
本当は柳も一緒に回るはずだったが、研究室の先輩に呼び出されてしまって早々に退散してしまったのだ。これに由希が少なからず落胆してしまったのは言うまでもないだろう。
というわけで女子3人で回っているところである。
今いる芝生広場の真ん中では、ストリートダンスサークルが集団で踊っていた。周りにはたくさんの人だかりが出来ていて、彼らは流れるリズムに合わせて身体や腕を振っていた。夏海たちもそれに埋もれながらダンスを見ていた。
「梅乃ちゃんもなかなか鈍いよね。あんなに露骨なのに」
「梅乃ってば、農学部でもそうなんでしょ、夏海」
「え? あ、あぁうん、そうだよ?」
「あはは、なかなか隅に置けないなぁ」
と、曜子と由希が横でからから笑いながら梅乃とハンスの話をするが、たびたび話を振られて夏海はどう反応したらいいか困っていた。
梅乃は夏海と由希と学祭を回るつもりでいたそうだが、本当のところ夏海はオケの出番が終わったらハンスを誘うつもりでいたのだ。そう思って早く楽器を片付けようとしていたのだが、そうこうしているうちにハンスが梅乃を誘ってしまった。相変わらず梅乃は嫌々言っていたけれども、そんな様子を目の前で見てしまっては、夏海からハンスを誘えなくなるし、梅乃の思っていたとおりに動けば、かえってハンスに嫌われてしまうのではないかという考えがよぎり、二人で行かせてしまった。
こんなの、今日が初めてなわけではなく、これまでも何回かあったことだし、そもそもハンスさんが夏海を誘うときだって根底には梅乃のことがあるからであるということは分かっている。しかし、今日が年に1回の学祭であり、そんな日にそんなことがあったため、心の中にとても苦いものが広がってしまった。これを消化するのには、少し時間がかかりそうだと、夏海は内心で息を吐きながら思う。
いい加減にこういう状況に慣れれば、というかいい加減諦められれば、梅乃に変な気持ちを持つこともないしとても気が楽なのに、とつくづく思う。
「よしっ来週は潜りに行く!」
「へ?」
「え、どうしたの夏海、いきなり」
頭の中のもやもやを払拭するかのように、夏海は割と大きめの声でそう宣言する。宣言したところで誰にも関わることではないが。
「ちょっとあたしの些細な意気込み」
「「はぁ……」」
しかし、そんな夏海の内心を理解しているのかしていないのか分からない由希と曜子は、ただただ唖然とするばかりである。
それから少しして、3人は大通りに移動することになった。
ダンスは最後まで見なかったが、最後まで見ていたら終了後の人の流れがとんでもないことになるので、早々に退散する。
そして「少しおなかが空くね」とか言いながら、大通りの一番手前にあったクレープの屋台で3人ともクレープを買って、食べ歩く。
日も少し落ちて、オレンジ色の光が差し込む。
学祭の日に晴れ渡ってくれるのは、出店する学生たちにとってはとてもありがたいことだが、夕方にもなれば人の流れもだいぶ減る。それでも一日目なので結構な人がいることにはいるが、混雑するほどではなくなっていた。
……混雑するほどではなくなってはいたのだが。
「うわっ――」
「――おっ大丈夫か?」
ゆっくり3人並びながら歩いていたら、特に石や段差があったわけでもないのに突然由希がつまずいてよろける。おそらくは手元のクレープに夢中になっていたせいなのだが、よろけた由希を咄嗟に斜め前にいた人が受け止めた。
あまりに突然のことで、気がついたらその人のシャツにクレープのクリームの部分がべちゃっと付いてしまっている。
慌てて由希は体勢を立て直す。
「す……っすみませんっあたし…………! って、え!?」
「「「あ」」」
しかし、由希はその人を見て更に目を見開いた。それもそのはず、由希を受け止めたのは、にっくきカールだったのだ。
一緒にいた夏海も曜子もそれに気がつくが、当の由希は、カールの顔と汚してしまった服を交互に見ながら何とも言えない顔をする。
「あー……まぁ、気にするなよ」
何となく気まずい雰囲気が流れていたので、カールはシャツに付いたクリームを手で払いながら言う。払ったところでクリームなので落ちるわけでもなく、むしろ更に被害を増大させるだけに過ぎないのだが。
「ん? カール、知り合い?」
「え、ああ、うん、まぁ」
カールと一緒に歩いていた同じ基礎クラスの友人が、由希とカールの間に流れる微妙な空気を察して聞いてきた。それに答えながら、カールは未だに無駄にクリームを手で払っている。手もシャツもべちゃべちゃになるばかりだというのに。
クレープをぶつけた相手がカールだと知ったときは、由希は借りを作ってしまった感じで内心青ざめていたが、カールの仕草を見ているとだんだん居たたまれなくなってくる。
気づいたら由希はカールの腕を取っていた。
「――――えっ」
「ちょっといいから来なさい。夏海、これ持ってて」
「え、ちょっちょっと由希!?」
由希は横にいた夏海に持っていたクレープを渡すと、カールの腕を引っ張ってずんずんと来た道を逆走した。カールは何が何だか分からず、腕を引っ張られるままに歩く。
突然の由希の行動に目を見張るばかりだったが、そんな由希の後ろ姿に夏海と曜子がニヤニヤしていたのは言うまでもない。
「ちょっおい、いきなりどうしたんだよっ」
「どうしたって、それ早く落とさないとシミになるから」
そう言いながら、由希は大通り沿いにある文学部棟の中に引っ張って、お手洗いを目指す。そしてその勢いのまま女子トイレに連れ込もうとしたので、そこでカールが勢いよく由希の手を払った。
「おいいいっそれはダメだろーっ」
「えっ」
そこで初めて由希は自分がカールを当然のごとく女子トイレに引き込もうとしていたのに気がつく。一応、一般客用に文学部棟を解放していたため、1階のお手洗い付近にはちらほらと人がいる。そんな中で自分が男性を引き込もうとしていたことに、由希はひどく恥ずかしくなる。
「別にこんなのつばつけとけば消えるから気にすんなよなー」
と、カールもカールでその状況が恥ずかしくて、恥ずかしさ紛れに再びシャツのクリームを払おうとする。それを見て由希はますます眉間にしわを寄せる。
「つばつけとけばって傷じゃないんだし、ってかそんなにしたら広がるじゃない! あんたバカなの!?」
「はあ?」
「あぁもう、ここじゃまずいわね。こっち来て」
そう言うと、再び由希はカールの腕を掴んで、文学部棟の階段を上った。
文学部棟はたまに授業で使うことがあるので、トイレが1フロアに複数あるのは知っている。さすがに1階は外来客が使うのでまずいが、3階まで行けば今日は一応休日だし人が少ないトイレなら誰か来ることもないだろう。
そう思って由希は3階の特に人気がないところの女子トイレに抵抗するカールを無理矢理押し込んだ。
そして持っていたカバンからハンカチを取り出し水を塗らす。それを未だに状況が把握できてないカールのシャツにポンポン当てる。
「うああっいいって! いいって! 自分でやるからさっ」
ようやくこのときになって状況を把握したカールは、慌てて由希の手を押しのけようとするが、カールよりも20センチも小さい由希を無理に押すと転びかねないので力加減に困る。そうこうしているうちに、由希はハンカチを叩き続ける。
「あぁ、もうバカみたいに広げるからだいぶシミになってんじゃない。これ結構いい素材の服でしょ? クリーニング代は出すからちゃんと帰ったらクリーニング出すんだよ?」
「いやっだからいいんだってば! 自分でするから!」
「はい、手出して。手もべちゃべちゃでしょ?」
「って、俺は子供かっ」
「いいから!」
シャツを一通り叩き終えると、由希はカールの手を強引に引っ張り、クリームで汚れた手を拭き始める。それはまるで由希がボランティアで見ている保育園の子供にするように。
手だってすぐに洗うつもりだったし、服だってクリスに任せればこんなのすぐに汚れが落ちるから全く気にしていなかったのに、これまで由希には悪いことをしたと一応は思っているカールなので、恥ずかしいながらもここは由希に任せるしかないと、途中で抵抗をやめる。それにしてもこの子供扱いは恥ずかしい以前に色々と腑に落ちないが。
「はい、子供相手なら服脱がせて即洗濯かクリーニングと言いたいところだけど、あんたにそれはさすがに出来ないしね。ちゃんと家帰ったらクリーニング出すんだよ」
「そんなの当たり前だろ……! いや、あ、ありが、とな」
カールの年齢がもう少し幼ければ脱がされていたのかと思うと、色んな意味で複雑な気分になる。今の状況ですら複雑であるというのに。
「はぁ、てか何であたしあんたと一緒にいるんだか」
「いや、お前が連れてきたんだってば」
「夏海も曜子さんも置いて来ちゃった。戻らないと……」
「いやだから……」
強引に連れてきたのは由希の方なのに、こう言われると反論したくなる。とは言っても一応染み抜きに連れられたので文句も言えないが、その原因も由希である。
そこでふとカールは思って尋ねてみる。
「そういやあいつは一緒じゃねーの? 柳さん」
何となくこういう日は一緒にいそうな気がしていたのだが、さっき一緒にいた中に男の姿がいなかった。
だからふと気になって聞いてみたのだが、それはどうやら地雷だったようだ。
「あんたいちいちそういうところ腹立つわね。ほっといてよ」
今の一連のやりとりでカールに対する嫌悪感は薄れていたのに、再び由希の怒りを刺激してしまったようだ。由希は眉間にしわを寄せてカールを見上げてくる。それはカールにしてみれば理不尽な怒りに過ぎないが、これまでのことがあるので口を閉ざしておく。
「まぁ今日のところはあたしが悪いんだし、もうこれであたし退散するけど、はい、これ。これで足りなかったらまた言って?」
「えっいらねーよっ」
「いいから!」
由希は手早く財布から千円札を二枚取り出すと、これまた抵抗するカールの手の中に無理矢理それを押し込んだ。そしてそそくさと女子トイレから出ようとする。
「じゃっこれで!」
「あっちょっとまっ――――」
カールとこれ以上一緒にいたくないことの拒絶反応なのか、本当に急ぎなのか、制止の声もそこそこに由希は去っていく。
「俺っ! さっきお前のオーボエ聴いたよ! 綺麗だった!」
カールは階段のところまで追いかけて、その後ろ姿に声を掛けた。
その声に2階と3階の踊り場まで降りた由希は一瞬立ち止まる。そしてちらりとカールを振り返った。
どこか困惑したような大きな瞳で、カールを見上げた。
窓からさしかかった夕日が、小さな由希の身体を照らした。
由希は一瞬反応に困ったが、何とも言えないような顔でカールを見て言った。
「あっありがとうっ」
それだけ言い残すと、由希は再びそそくさと階段を下りていった。
カールもすぐに友人のもとへ戻ればいいのに、何故かその場で由希が立っていた踊り場を見つめていた。
というか、大学の中だったら給湯室あるのに(笑)
大学祭まだまだ続きます!




