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捨てられた王子たち  作者: ふたぎ おっと
第3章 アヒルもきれいな白色
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8.ごまかし

梅乃。レポート続き。

8.ごまかし



 インターホンを鳴らすと、誰何もなくエントランスの自動ドアが開かれる。私は中に入るとエレベータに乗り5階を押す。そしてエレベーターから右に曲がって3番目の扉。そこのベルを鳴らす。


 程なくして扉が開かれる。



「おう、どうしたんだ? いきなり来て」



 中から出てきた恭介が、不思議そうに目を丸くして見てきた。

 私は涙目で恭介を見上げる。


「恭ちゃん、レポート、見せてぇ」

「は? そんなこと?」


 私がどんな用件で来たかが予想外れだったのか、恭介は呆気にとられたような顔をする。

 いや、私にとっちゃ“そんなこと”で済ませられることではないのだけれど!



 フリードに「今日は帰らないかも」と言い残して家を出た私は、大学を挟んだ向こう側にある恭介の家までやってきた。

 そして今現在、うるうるきらきら光線を送っているところ。



「まぁとにかく入れ」


 案の定、ため息混じりにも恭介は私を上げてくれる。

 さっすが恭介、何だかんだでやっさしい。持つべきものは友達だね、うん。


 そんな現金なことを考えながら、私は恭介の部屋に入る。

 そして真っ先に居間のローテーブルの前にある座椅子に座りに行く。

 すると恭介のげんこつが落とされる。


「ったぁぁっ女の子を安易に殴っちゃダメなんだよ!」

「お前、レポート教えねーぞ?」

「あ……う、ど、どうぞどうぞ」


 言われてみればここは神様仏様恭介様だ。なので私は座椅子から降りて恭介に譲る。

 恭介はそんな様子を見ると、やれやれといった調子でキッチンの方に行く。そして冷蔵庫からお茶を取り出しコップに入れる。

 何だかんだでやっぱり恭介は良いヤツだ。



 恭介がお茶を入れている間、私は恭介の部屋を見渡す。


 恭介の部屋は、私の本来の部屋と同じように、一人暮らし用の8畳部屋のワンルームだ。

 だけど典型的な男の一人暮らしっぽく、ベッドもローテーブルもカーペットも黒で統一されている。そして無駄なモノはあまりないため、片付いている。

 言ってしまえばあんまり面白味に欠けるのだけれど、それがかえって落ち着くというような感じだ。



「なんかここに来るのめちゃくちゃ久しぶりな気がする」


 自然と口からそんな言葉がこぼれていた。本人には毎日会ってるから特に気にしたことなかったけれど、恭介の部屋に来たのは随分前だったような気がする。だからどことなくこの部屋が懐かしく感じる。


「そりゃあお前、前に来たの半年前くらいだったじゃねーか」


 恭介がお茶の入ったコップを二つ持ってやってくる。

 

「あれ? そんな前だったっけ? よく覚えてるね」

「だって確かそのときって……」


 そこまで言いかけて恭介は口を噤む。

 見ればどこか神妙な顔つきをしている。


「あぁ、何でもない。とにかく早くやろうぜ。そんなに難しくないからすぐ出来ると思う」


 かと思えば恭介はいつもの平然とした顔つきに戻る。

 何か隠されたような気がしたけれど、半年前って何かあったっけ?


 でも今の私にそんなこと気にする余裕はない。とにかくレポート終わらせなくっちゃ。

 そして恭介、みんなみんな難しくないとか言うけど、苦手な人からすれば難しいんだってば!



 そんなこんなで恭介に教わりつつレポートを進めていく。



 さすがは恭介と言ったところか、本人は結構前に終わらせていたらしいけれど、私みたいに泣きつくヤツが何人かいるからって、〆切り間際まで置いといてくれていたみたい。実際に今日の昼間にも神崎と大沢が泣きついてやって来たらしい。本当にいいやつだ。

 そして一つ一つ分かりやすく丁寧に教えてくれる。一人じゃ何が分からないか分からない状態レベルに分からなかったのに、それまでもくみ取って教えてくれる恭介は天才だと思う。



 いやぁ、持つべきものは友達。うん、優秀な友達大事。




「って、お前話聞いてなかっただろ。違うこっちだって言ってんじゃねーか」

「あだっ痛いっ。暴力反対っ」

「お前が何回も同じこと言わせるからだろ」


 だが困ったことに、恭介は超スパルタなのだ。

 教えてって泣きつけばすぐに教えてくれるし教え方はとても丁寧だけど、ちょっと意識を飛ばしただけでぽかぽか頭を叩いてくる。いや、まぁ飛ばしてる私が悪いんだけどさ。



「んもー。さっきも言ったけど、女の子を安易に殴っちゃダメなんだよ。私だからいいものを」



 恭介自身は軽く叩いてるつもりみたいだけれど、恭介のげんこつは結構威力があって痛い。私でさえ初めてされたときは涙目だったと思う。今でもたまに涙目になるほどなのに。


 私は頭を抑えながら恭介を控えめに睨む。ガチ睨みするとレポートを途中でほったらかされかねない。

 しかし、恭介は何故か神妙な面持ちで固まっていた。

 あれ? さっきもこんな表情していなかったっけ?


「恭介? どうしたの? 珍しく今日はぼーっとするね?」


 私が下から覗き込むように尋ねると、恭介はそのままの表情で目線だけ動かし、私の頭を追いやる。


「いいからお前、ちゃんと計算してろ」

「うー……はーい」


 またもや何かを誤魔化されたような気がするけれど、確かに今は目の前の計算をする方が先だ。途中で止まるとわけ分からなくなるからね。


 言われるがままに、教えられた数式に実験データの数値を当てはめて、関数電卓で計算する。これだけならすぐじゃん? って思うだろうけれど、案外この作業がめんどくさくてややこしい。


 まったく、もっと分かりやすく簡略化してくれればいいのに。


「……なぁ」


 内心でぶつくさ文句を言いつつカリカリやっていると、しばらく黙って見ていた恭介が何かを喋り出す。


「ん? なに?」

「いや、その」


 私はレポートに目を落としながら尋ねる。

 正直計算途中で話しかけられると、どこかで割り算とかかけ算とか間違えそうで怖い。

 そんなに私が器用じゃないの知っているはずなのに、恭介はどこか歯切れ悪そうに話しかけてくる。



「お前、あのアラブ人と付き合ってんの?」



 しかし恭介は私の思考が停止するような質問を繰り出してきた。

 え? アラブ人? そんなのカリムかアサドのことだよね!?

 っていうか何でそんなの恭介が知ってんだ!?


「えっどっどうして? っていうか何でアラブ人のこと――!?」


 私は思わず顔を上げて恭介を見る。

 恭介はテーブルに頬杖をついた状態で、どこか遠くを見るような目つきでテーブルに目を落としていた。視線の先を辿れば、そこには中指にサファイアの指輪の嵌った私の左手が無造作に置かれていた。

 アラブ人と指輪のコンボに、私は内心ひやひや状態だ。


「いやだって2回会ったじゃん。超背の高いアラブ人。ちょっと青めの頭したイケメンのやつ。ワーキングホリデーに来てるとか何とか」

「あーそういえば確かに会ってるかも……」


 彼らが来たばっかの時にカリムと大学構内を歩いていたら恭介に遭遇したことがあったっけ。些細なこと過ぎてすっかり忘れていた。

 あれ? でもそれ以外にも会ってたっけ?


 恭介は考えながら更に続ける。


「ほら、同じ建物に住んでるんだろ? だからそういうことがあってもおかしくねーなぁって……」

「え!? そんなこと言ってたっけ!?」


 いや、そんなこと言ってなかったよね?

 さすがに部屋の中が不思議空間になってることは知らないだろうけど、そもそもどうして同じ建物とかいうようなのを恭介が知ってるんだ? っていうかどこから出たその設定!?


「あぁ、それ聞いたのお前が泥酔してたときだったような。で、どうなの?」


 恭介はそのまま目線を指輪から私に移す。

 さっきまでぼんやりとしていた瞳は、何故かまっすぐに私を捕らえている。


「いや、付き合ってないよ。っていうかどっから出たんだそんな話」

「どっからっていうか、お前色んな噂立ってるぞ。アラブ人と付き合ってるだとか金髪白人のイケメンと付き合ってるとか。留学生支援とかでもやってんのか?」

「……うっ、そっそう! なんか知らないけれど頼まれちゃってねーっ」

「お前、語学苦手なのにな」


 いちいち恭介は痛いところを突いてくる。

 確かにどれもありうる話だし目撃者が誰かしらいたのだろう。まさかそいつらと一つ屋根の下で暮らしてるなんて言えるわけもないし、恭介自身から逃げ道を用意してもらったので、それで誤魔化すことにしておく。

 なんとなく、恭介はこれがただの誤魔化しだってことには気づいていそうだけれど。



「もっもう! レポートやるよっ」

「ん? あぁ、やれよ」


 下手に恭介に詮索されると誤魔化せないような気がしたので、レポートに逃げることにする。もう、心臓に悪い。





 それから3時間ほどでレポートは終わった。

 一人じゃ本当に果てしないものだと思ってたのに、恭介サマサマだ。今度何か奢ることにしよう。



「帰るか? 送ってくからちょっと待って」


 時計を見れば日付を超えて日曜の1時。

 泊まりがけになるかと思ってたけれど、これくらいの時間なら家に帰って寝るのが良さそうだ。

 しかしまぁ、一人で帰れるというのに「こんな時間に女一人は危ないだろ」とか言って恭介は送る準備をする。本当にいいやつだ。



 恭介がトイレに行っている間に、私はふらっと恭介の部屋を見る。

 来たときも思ったけど、特に変わり映えのない部屋だ。

 しかし、来たときには気がつかなかった物が目に入る。



 壁に沿って設置されているカラーボックスの上に、黒色の封筒やはがきが束になって置かれていた。



 …………。

 いくらインテリアや家具を黒に統一するったって、送られてくる手紙まで黒色に統一させなくてもいいのに。

 めちゃくちゃ中身が気になる。

 私は近くまで寄ってそれを覗き込む。さすがに手紙の内容までは読むつもりもないけれど。


 束の一番上のはがきに目を落とす。

 なんだかやたらと光沢があって素材の良さそうな黒色のはがきだ。

 表面が上を向いていて、ここの住所と「鬼塚恭介殿」が白インクの豪快な達筆で書かれていた。


 ……「殿」?


 あんまりそこら辺の作法は詳しくないから分からないけれど、「様」が一般的だよね?

 「殿」って、何となく古風な感じがするけれど。


 何となく差出人が気になってそっちにも目を移す。

 そこにも達筆な字で「鬼澤」――――。


「おい、何見てんだ。行くぞ」


 いつの間に出てきたのか、恭介の手が後ろから伸びその手紙の束をひったくる。そしてそのままカラーボックスの引き出しの中に無造作に入れた。

 どこか焦ったような様子だった。


「ほら、行くぞ」


 あんまり手紙のことに触れられたくなかったのか、恭介は誤魔化すようにして私の背中を玄関の方に押す。

 ただの手紙だからそこまで気にしてないのに、変な恭介だ。





 恭介の家までは自転車で来たので、二人して自転車でうちまで向かう。


「あぁ来週学祭かぁ。梅乃はオケ出るんだっけ?」

「うん、演奏するよ。恭介は今年もお店出すの? 今年は何やるの?」


 私たちの大学は来週6月の始めに学祭が開催される。

 私は毎年オケで演奏しているけれど、確か恭介の所属する剣道部も毎年出し物をしていたはずだ。去年はお好み焼きだったっけ?


「今年はクレープだってさ。2年のやつらがやたらと張り切ってた。甘いのだと女子が来るとか何とか」

「ぷぷっ男だらけの店でクレープって、やたらと可愛いね」


 そんな他愛ない話をしながら自転車を進ませる。

 なんとなくこうして二人並んで自転車を走らせるのも久々な気がする。というのも、私も恭介もサークルやらバイトやら忙しいからだ。


 だんだんそうなるんだろうなぁ。


「あのさ、梅乃」


 すると徐に恭介が呼びかけてきた。


「ん? なに?」


 私はちらと恭介の方に顔を向ける。

 恭介は前を見たままだ。暗いから顔まではよく分からないけれど。


「また差し飲み、やろうぜ」


 恭介は言いながらトーンを落とす。どこか気恥ずかしそうな様子だ。

 今更私相手に照れることもないのにな。


「うん、いいよ。あ、でもうちしばらく無理だから、やるとなったら恭介んちね」



 大学1~2年の頃、恭介とよく差し飲みをしていた。元々はお酒に強い恭介に鍛えてもらおうという魂胆だったけれど、いつしかそれが習慣化されていた。

 それも、ちょうど去年の今頃になくなってしまったのだったっけ。


 しかし差し飲みするとなったらお店は財布が辛いので、基本どっちかの家だ。んでもって私んちの不思議空間を無関係の恭介に見せるわけにいかない。楠葉は一回入れたけれど、あんなの上手い誤魔化しがきかないじゃないか。うん、ダメ絶対。



「何だよ、散らかってんのか? 別に気にしねーけど」

「私が気にするの!」


 私が全力で否定すると、恭介はははって笑いを返してくる。



「ま、じゃあ近々やろうぜ」



 そう私に顔を向けてにかっと笑った。



「うん、楽しみ!」




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