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捨てられた王子たち  作者: ふたぎ おっと
第2章 落とし物はこれですか
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27.ひと月ぶりの謝罪

由希とカールの話。

梅乃視点

27.ひと月ぶりの謝罪



 楠葉のことでバタバタしていて、気がついたらゴールデンウィークから2週間経った月曜日。

 まぁ、楠葉のことが解決されたわけでもないけど、今まだあの子は実家に帰ったままだからしばらくは気にしなくても大丈夫だろう。


 と、そんなことをぼんやり思いながら食堂のアラカルトコーナーに並んでいたら、隣から不穏な声が上がった。



「どうしてあんたがここにいるのよ!?」

「む、別にいいだろ? 俺がいたってさ」



 聞こえてきた声はどちらも知ってる声。

 というか、片方は一緒に並んでいた由希の声だから聞き覚えがあるのも当然。

 もう片方の声は今朝食卓で聞いた生意気声、そうカールだ。だから当然知っている。


 それまで私と他愛ない話をして笑っていた由希は、トレイを持ったまま眉間にしわを寄せてカールを睨み付けている。

 対するカールは、トレイを持って何処に並ぼうか悩んでいたところらしい。そんなときに由希に理不尽にも怒られてむっとした表情を返している。


 ぴりぴりとした空気がその場に広がる。

 周りの人たちは何事かと、眉をひそめつつ二人の様子を見守る。

 そんな大衆の前で二人が火花を散らしていて、私は少し恥ずかしさを感じてしまったが。


「おー佐倉に森山じゃないか。一緒に俺らと飯食うか?」


 ちょうどそのとき、その場にそぐわない間延びした声がその場に響く。

 見ればカールの後ろからオケの4年の柳さんがトレイを持ってやって来た。

 別段このやりとりを見て不穏に思っている様子はない。


 しかしカールと遭遇して若干不機嫌になった由希は、そこに柳さんが登場したことで困惑した表情になり、カールと柳さんを交互に見ている。


「や、柳さんとこのサイテーな人がどうして一緒にいるんですか?」


 そう尋ねる由希のこめかみはぴくぴくと動いている。

 だがやっぱり柳さんはそんな不穏な由希の様子を気にするでもなく、にかにかとカールの肩に手を回す。


「あぁ、こいつさっき俺の研究室に講義の質問しに来たんだけど先生が今日外出中でよ。仕方ないし腹も減ったから飯でも食うかって連れてきたわけ」

「そういうことだ」

「そういうことって……」


 柳さんが状況説明すると、由希に睨まれていたカールは我が物顔で由希に言う。

 しかし、だからといって由希が納得した様子はない。

 だが柳さんは更に由希を不機嫌にさせるようなことを言う。


「っつーかサイテーな人ってお前、こいつ森山の彼氏だろ?」

「「は?」」


 これには由希だけでなくカールも如何の声を上げた。

 あぁ、この後の展開がやばい気がする、と私は一つため息。


「やっ柳さん! 違いますから! こんなサイテーな人と一緒にしないで下さい! こんなのが彼氏なわけないじゃないですか!」

「え、ちょ、おい! こんなのって何だよこんなのって! 俺に失礼だろ!」

「あら、サイテーなんだから当然じゃない」

「なんだと!?」


 と、二人とも少しずつトーンを上げながら言い合いを始める。

 あぁもう、周りの人がだいぶ引いてるじゃないか。恥ずかしいから本当にやめて欲しいんだけど。


「うんうん、仲がいいのはいいことだ」


 しかしそんな二人のやりとりを見ても、やっぱり柳さんはそう結論づける。

 まったく、この場で年長者の柳さんがこれじゃあ収拾つけるの私しかいないじゃないか。

 一人私がため息を吐いていると、由希と睨み合っていたカールが視線を少し横にずらす。ようやく今になって私がいるのに気がついたようだ。


「あれ? 梅乃だ。何でこんなところに……あぁ、そういうこと」


 と、私と由希を交互に見て納得した様子。

 そんなカールの様子に由希は私とカールを交互に見て眉をひそめる。


「え、何? 二人とも知り合いなの?」

「お、なんだ。ならちょうどいいじゃないか。一緒に食おうぜ」


 だが由希の質問に答える前に柳さんがその場をまとめる。

 果たしてそれが正しかったのか否か、柳さんのことが好きな由希は不本意そうな顔をしたまま黙り、カールもカールで由希にむっとした顔を返しながら黙り込む。



 そんなこんなで由希とカールと柳さんと私の4人でお昼ご飯を食べることになった。





 お昼時になると食堂は非常に混雑する。

というのも、まだなんだかんだで慣れていない新入生たちの多くが食堂を使うからだ。まぁ、当然上の学年の人たちも多く食堂を使う。

 彼らはみんな楽しそうに喋りながらうどんなりカレーなりラーメンなりカツ丼なりを食べている。



 それに対して。



「なんだ、森山仲良さそうだったのに、名前も知らなかったんだな。こいつ、カールハインツ・ハッセンプフルーク。工学部の1年生なんだってさ」

「…………」

「か、カール。一度会ってるらしいし前にも名前言ったけど、この子、森山由希ね?」

「…………」


 食堂の真ん中の方にある4人席に、私と由希が横並び、私の向かいにカールが座り、その隣に柳さんが座っている。

 席に座ったところで由希とカールがお互いの名前を知らなかったことが判明し、私と柳さんで紹介する。だが二人とも反応なし。

 どうしてそんな反応かは私は心当たりがあるけれど、柳さんは「反応薄いなぁ」で片付ける。


 はぁ、それにしてもこの状況は何だろう。


 どうしてカールと柳さんが、ということについては先ほど柳さんが言っていたから納得した。その説明でそういえば柳さんも工学部の4年生だったことを思い出したくらい。


 一方で、どうしてカールと由希が遭遇して不穏な空気になっているんだろう?

 そりゃあ以前カールが由希に対して何かやらかしたのは関係しているだろうけど、あのあとすぐに仲直りしたんじゃないの? 

 え、ってことはもしかして、カールはまだ由希に謝っていないとか? 

 それとも謝る過程でまた何かやらかしたとか? でもそれだったら由希がまた愚痴ってくるもんなぁ。


 私は改めて向かいに座るカールを見る。

 カールは眉を不思議な形に歪ませて買ってきたとり竜田丼を口に頬張る。

 なんとなく、何とも言えないといった表情だ。


 はぁ、これはカールのやつ、由希に謝ってないんだな。


 私は呆れた眼差しをカールに送る。その視線にカールは少なからず気づいているようだが、気まずそうにしたままひたすらとり竜田丼を食べる。

 私と目を合わさない魂胆か、この野郎。


「カール。あんた由希に何か言うことあったんじゃなかったっけ?」


 更に気まずい空気になることは分かっていたが、私は敢えてカールにその言葉を投げた。

 すると図星だったのか、カールはびくっと肩をそびやかした。

 だがそれでも私と目を合わそうとせず、下を向いたままだ。


「梅乃、いいんだよ? 何言われたってあたし何も返すつもりないから」

「森山、いつまで怒ってるんだよー」

「ふんっ」


 しかし由希の言葉で更に状況が悪化する。さすがの柳さんも由希を窘めるけれど、拗ねた由希の機嫌はなかなか直らない。

 全くどうしたものか……。

 いや、どうしたも何も、とにかくカールに謝らせるのが先だ。


 私はテーブルの下でカールの足を踏んづけた。

 もちろん、ヒールで。


「いっ……おい梅乃、何しやがる……!」


 結構勢いよく踏んだので、ずっとだんまりだったカールはそれですぐに反応する。

 それどころか若干むかっと来たらしく、私につっかかるが。


「何ってあんた、由希に言うことあるんでしょ? 早く謝んなさい」

「それとこれとは――」

「あ・や・ま・れ」


 少し反抗的なカールに何度か催促すると、それまで生意気だったカールは少し眉尻を下げて由希の方を向く。

 そして若干肩を落としながら言った。


「あの……その、この前は、ごめん」


 言いながら尻すぼみする。

 ちゃんと最後の大事な部分が由希に届いていたのか心配なところだ。

 しかし当の由希は何の反応もなく、自分が買ってきたうどんを啜っている。

 うーん、これは聞こえたのかもしれないけどもう一度だ。


「てかカール、一応由希も3年生だからね? 分かってる?」


 私はもう一度催促するついでにカールに注意した。

 それに対してカールは一瞬私にむっとした顔を向けるが、すぐに由希の方に視線を戻す。

 そして持っていたどんぶりを一度トレイに戻して、佇まいを正す。


「この前はご迷惑をおかけしてすみませんでした」


 と、ちゃんと頭を下げる。

 なんだかんだ言ってこれでも一国の王子。謝る態度にぎこちなさはあるものの、頭を下げる仕草の丁寧さはやっぱり様になっている。


「ほら、森山。許してやれよ」


 そんなカールの2度目の謝罪に何の反応も返さなかった由希に、柳さんが声をかける。

 それまでまったくカールの方を見向きもしなかった由希は、柳さんの言葉にちらりと目線をカールに向ける。そして柳さんをもう一度見ると、観念したかのように鼻でため息を吐く。


「はぁ、もう分かりましたよ。許すだけ許してあげる」


 それだけ言うと、由希は何とも言えない顔で再びうどんを啜る。

 由希の許しが出たカールは、下げていた頭をゆっくり上げるとまじまじと由希を観察した。私に叱られてるときは眉尻を下げっぱなしだったカールは、由希の顔から怒りの色が消えているのに気がつくと、少し口角を上げて笑った。


「本当に悪かった。ありがとう」


 カールはどことなく嬉しそうな表情を返す。

 それを見て由希は一瞬眉間にしわを寄せるが、再び何とも言えないような顔になった。



 これで仲直りってことでいいのかな?



「それにしても佐倉、お前まるでお母さんか姉貴みたいだな。叱り方がもろそれ」

「え?」

「そうですよね、ただの知り合いっていうより先輩後輩っていうより姉弟みたい。梅乃、あんた何処で知り合ったの?」

「えーっと……」


 由希とカールが仲直りして一段落、と思ったところで柳さんがぶっ込んだ質問をしてくる。それに乗っかって由希も同じようなことを言ってきたので、私は一気に動揺する。

 確かに、由希も柳さんもカールのことがあったから知っていただけで、単なる知り合いでしかなかったけれど、私とカールの接し方は知り合いレベル以上のものだ。

 普通に考えて、私は3年生で農学部、カールは留学生枠の1年生の工学部と、まったく接点なんかないのにこの絡み方は親しすぎたか。


 と、一人内心で焦っていたら、テーブルに置かれていた柳さんのスマホが鳴る。

 思わずそちらに目を向ければ、柳さんと同じくオケの4年の「長谷川曜子」の文字が見えた。

 柳さんは電話に出る。


「もしもし? おーおー……え、あ、ホントだ! やべ、今から行くわ」


 と、途中で何か焦った様子で話を切った。

 そして急いで残っていたご飯を食べきると、席を立った。


「悪い、今日4年生会議だったの忘れてたわ。ってことで、先に失礼するわ」


 それだけ言い残すと、柳さんはトレイを持って返却口の方へ向かい、そのままどこかへ消えていった。


 残されたのは私、由希、カールの3人。

 相変わらず由希とカールはだんまりだし、まったくこの状況どうしてくれよう。

 私は内心で柳さんを呪った。


 すると隣からため息が聞こえてきた。

 由希だ。


「はぁ、またしても曜子さんかぁ」


 それはまるで独り言のように呟かれた。


 なるほど、せっかく柳さんとお昼ご飯一緒だったのに、すぐに別の用事に消えて行ってしまったのは色々ともやもやが広がるのであろう。しかもその相手が曜子さんと来たら。

 まぁ柳さんと曜子さんの様子を見る限りじゃ、あの二人が付き合ってるとかそういう雰囲気になるとかいうのはなさそうなんだけどな。


「あの……さ」

「ん?」


 するとそれまでずっと黙りこくっていたカールが徐に何かを言い出した。

 見れば相変わらず顔は気まずげだが。


「あのさ、お前あいつのこと、好きなんだろ?」


 その一言に、直りかけていた由希の機嫌が再び悪くなる。


「うるさいな。だから何?」

「いや……その」


 カールは再び歯切れが悪くなる。

 まったく、また地雷踏むようなことを言ってまでカールは何を言いたいのだろう。

 カールは少し頭の中で逡巡すると、言葉を見つけたのかピンとした姿勢になってもう一度言う。



「その、お詫びと言ったらあれだけど、俺が協力してやる」



 しかし、再び紡がれた言葉に私と由希は停止する。

 え? 唐突に何を言い出したの?


「きょ……協力するってあんた、柳さんのこと全く知らないじゃない」

「そうだよ。そんな余計なことしてくれなくて結構!」


 私は挙動不審になりながら、由希が少し苛立ちながらカールに言う。

 それに対してカールは私に反応をせず、由希にもう一度向き直る。


「だって色々誤解されたままだし、まったくそういう目で見られてねーじゃん。待ってれば気がついてくれるって感じがかなりするし」

「うるさいわね、ほっといてくれない? っていうかもう喋らないで」

「まったく、またあんたはそういうことを言う……」


 はぁ、まったく何でこうなるんだ。

 ようやく仲直りして平穏な方向に話やら雰囲気やらが変わっていくはずだったのに、カールの歯に衣着せぬ言い方でその場の空気は再悪化。

 まったく、カールは何でこんなことを言い出したのやら。もうため息しか出ない。


 しかし由希の苛立ちの声に反して、カールはあっけらかんと言った。



「だって昔の俺見てるようでなんか見てらんねーんだもん。だから協力するよ」



 思わず私は啜っていたお茶を噴き出しそうになった。

 びっくりした。

いきなり「昔の俺」とか言い出すんだと焦ったけど、よくよく考えればおとぎの国の話は出してないもんね、うん。

いや、それでなくても「昔の俺」と隠す様子もなくさらっと口にしたカールにも驚きだが。


 でもカールのそんな申し出に由希の苛立ちは最高潮に達したようで、がたんと勢いよく席を立つ。


「そんなことしなくって結構! これ以上あたしに関わらないでくれる?」


 それだけ言うと「梅乃、あたし先に帰る」とだけ言い残して、由希はその場を去っていった。

 まぁ、由希の反応も当然ちゃ当然だ。

 カールの言うことは確かにもっともではあるけれど、どストレートな物言いに完全に地雷も踏んでいた。

 あんなの由希が怒って当然だ。


 私は一人ため息を吐くと、正面のカールに目を向ける。

 カールは納得のいかない顔をしていた。


「はぁ、カール、あんた余計なことするのやめなさいよ」


 しかしカールは一つ眉を寄せると唇を尖らせて言った。



「いいよ、俺が勝手に一人でするから」



 そう宣言すると、カールは残っていたとり竜田丼に集中した。

 ここはカールを止めるべきなんだろうけど、きっと言い出したらカールはやるだろうな。

 謝れって言っても謝らなかったし。


 あんまり下手なことしないでくれるといいんだけど。



 きっと何かやらかすカールに私はため息しか出なかった。



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