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捨てられた王子たち  作者: ふたぎ おっと
第2章 落とし物はこれですか
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25.頼もしげなクリス?

梅乃視点です

25.頼もしげなクリス?


 それから少し話して、クリスは帰ることにした。

 ついでに私も帰りなさいとお母さんに言われたので、お兄ちゃんの部屋に持ってきていたお泊まりセットをまとめて帰り支度をする。

 お兄ちゃんに送っていくと言われたが、時間はまだ21時半で電車もまだ本数はある。お兄ちゃんも明日朝から会社なので、それを断った。



「お母さん、明日楠葉と一緒に家に帰るけど、梅乃も近いうちいらっしゃい」



 帰り際にお母さんが玄関先で話しかけてくる。

 どこか寂しげな表情を浮かべている。

 久々に会ったというのに、なんだかんだで半日も一緒に過ごしていないから、少し物足りなさ気だ。


「あー、そうだね。そうだけど、なんだかんだでオケやら生物学科の方やらで忙しいから、当分は時間とれないかも」

「はぁ、あんたそんなこと言って、成人式の時以来来てないじゃない。しかもあのときはまだ誕生日来てなかったし、ちゃんと成人のお祝いしないとって思ってるのよ」


 実家には帰りたいとは思っているものの、結構予定が詰まってることを言うと、お母さんは唇を尖らせて少し拗ねた様子になる。

 そしてため息混じりに言った。


「そんなに遠い距離でもないんだし、どこか空いている土日にでも帰ってきなさい。ついでに彼氏も連れてきていいから」


 と、クリスをチラ見する。それまで拗ねた様子だったお母さんの目は、どことなく楽しげに歪ませている。

 うーん、イケメンに会いたいというのと、娘の彼氏を見てニヤニヤしたい気持ちが滲んでいるぞ。


 ちらりと目が合ったクリスは一瞬目を瞠るが、にこっといつもの完璧王子様スマイルを作る。

 それがあまりにもキラキラ輝きすぎたので、お母さんは簡単に破顔した。





 それから少し話して私とクリスはお兄ちゃんたちの部屋を後にした。





「ねぇクリス。さっきどうしてあんな話いきなり始めたの?」


 お兄ちゃんちの最寄りの駅に着いたとき、私はふと気になっていたことをクリスに尋ねた。

 クリスは何のことかと一瞬目を見開くが、すぐあとに一気に悲しげな顔になる。


「そうだよね、まだそんなに色々と整理がついていないのにあんな話、するべきじゃなかったよね。そういうところがやっぱり僕はダメだよね」


 と、ネガティブモードが発動される。

 それを見た瞬間、私はあーやってしまったという気持になるが、さっき楠葉の部屋でいた時みたいに放置する気にもなれなかった。

 なんとなく、さっきのクリスに何かちゃんとした意図があったように思えたから。


「はあ、確かにいきなり何言い出すのかと思ったし今でも思ってるけれど、一回言っちゃったもんは仕方ないって。それより何であんなこと言い出したかの方が気になるんだけど」


 私が少しため息混じりに質問の答えを催促すると、クリスは相変わらず気弱な顔のまま少し考える素振りを見せる。


「何でっていうか、うーん、なんでなんだろう。最初はただ様子見に来たつもりだったんだけど、実家に帰ると聞いたら何かに急かされてしまったようで……」


 クリスは自分でも分からない様子で、眉尻を下げたまま首を傾げる。

 まるでさっきとは全然別人かのようにいつも通りで、さっきのクリスが違和感ありすぎたのだと改めて納得する。


「なんだかクリスもよく分からないね。急かされるって一体何に? って聞きたいところだけれど、さっきのクリスは何かを知っているようだったし」


 私がため息混じりにそう言うと、クリスは一瞬身体を揺らし目を見開く。

 ん? 何か図星だったのだろうか?


「ちっ違うよ? 僕は何も知らないけれど」


 なんて目を横に逸らす。

 明らかに怪しい反応だ。

 これは絶対何かあるに違いない。じゃなきゃ、クリスがあんな風にさっき自分の話をしなかっただろう。


「ふーん? じゃあ何でさっきの話をし始めたの?」


 私がクリスの目を追いかけて下からのぞき込もうとすると、それに気がついてクリスはまた私から目を逸らす。こんな分かりやすい反応、図星に決まってる。

 何度かそういうことを繰り返すと、さすがにこれ以上は誤魔化せないと思ったのか、クリスは観念したようにため息を吐く。


「梅乃さんの言うとおり、僕は少し知ってしまっていることがある。それが何かは言えないけれど……」


 そこで一度言葉を句切ると、クリスはまた何か思案げに首を傾げる。

 クリスの言葉を待っていると、ちょうどホームに電車が滑り込んでくる。

 とりあえず電車に乗り込むと、さすがに21時過ぎなので席はがらがらだった。

 一番ドア寄りのシートに二人並んで腰掛けると、ほどなくしてクリスは顔を上げる。


「梅乃さんたちは楠葉ちゃんを他の学校に転校させた方がいいのではと言っていたよね。それはまぁ楠葉ちゃんがさんざんひどい目に遭ってきたし、学校の先生たちも不誠実な人ばかりだったから、そう思うのは当然だと思うし僕も家族の一員だったらそれを薦めていたと思う」


 そこまで言うと、少し目線を私からずらして窓の外を見る。

 それはどこか遠くを見ているようでどこか難しげな表情だ。


「だけどそれを知ってしまってから、僕は少し思ったんだ。もしかしてこれは楠葉ちゃんを真綿にくるんでいるに過ぎないんじゃないかって。僕の意見が間違っているのかもしれないけれど、でも守られてるだけじゃダメなんじゃないかって」

「何それ、自分の教訓?」

「うーん、どうなのかな」


 「守られてるだけじゃダメ」って思ったのは一体どういう考えで思ったんだろう。

 確かに真綿にくるんでるだけじゃ当人自身は自分で問題を切り抜く力はつかない。きっとそれはおとぎの国でクリスがしてしまったからそう思ったのではないかと思う。

 かと言って今の状況のまま更に楠葉を瀬佐美女子に通わせるのも限界なんじゃないかと思ってしまう。

 それは果たして姉心だからだろうか?


「でももう少し様子を見るのも大事じゃないかと思うんだ。だからせめて何かヒントになることを伝えておこうと思って……ね。こんなことが果たして役に立つのか分からないけれど」


 それだけ言うと、クリスは自信なさげにふっと笑う。

 確かにクリスは根拠のないことを無責任にも言ったりはしないし、やっぱりこうして自分の意見をきちんと言うあたり何かしら根拠があるのだろう。

 だからクリスの言うことも一理あるのかもしれない。


「それにしたってあの教頭とか母親とかは許せないけどね」


 私がクリスから視線を外していらっとした感じで言うと、隣からふっと笑う音が聞こえてきた。


「僕も昨日梅乃さんたちの話を聞いてびっくりした。これが教育現場で起こってることなのかって。あくまで又聞きだから推測の域を超えないけれど、学生たちのいじめも大人が関わってると思うと、なんだかやりきれない感じがするよね」

「まったくよ。父兄に媚を売ることしか考えない教師なんかダメ! あんなの学校として間違ってる」

「そうだよね。そう考えると、いじめって色んなことが絡み合って起こるんだなっと思った。今まであまりそこまで考えたことがなかったけれど、とても勉強になってる」


 クリスは少し情けなさそうに言う。

 これまで王子でいたからこそ見えなかった部分がこっちに来てなんとなく理解できたということなんだろうか。


「でもその勉強に私の妹が関わっているっていうのがとてもいただけないけれどね」

「あ、うん、それは本当に申し訳ないし、よくないことなんだけれどね。でも、だからこそ力になりたいとは思っているよ。まぁ、あとは楠葉ちゃん次第だけれどね」


 そう言ったクリスの表情はどこか自信なさげで情けなさも垣間見えているけれど、やっぱり今日はどこか頼もしさが見えているような気がした。

 それと同時に楠葉の力を信じているところを見ると、どことなく私やお兄ちゃんよりもお兄ちゃんのような感じがして、なんだかこっちが恥ずかしくなった。


 まぁそんなこと言っても楠葉のことは心配だし、クリスの意見も酷な気がしているのは否めない。



 ちょうどクリスがそこまで話し終えると、私たちの降りる駅に電車が停止する。

 駅を出てからうちまでの間を世間話しながら歩く。

 すると5分ほど歩いたところで急にクリスが立ち止まった。


 一体どうしたかと思ってクリスを見上げれば、どことなく真っ青な顔をしていた。


「あれあれ、クリス。一体どうしたの?」


 私が不審に思って問いかければ、クリスはゆっくりと視線を私に合わせて固まった。


「どうしよう? 研究資料、おどけたサンチョに忘れて来ちゃった」

「え、それ、大丈夫なの?」

「大丈夫じゃない……かも?」


 クリスそれだけ言うと、固まっていた顔から一気に眉尻を下げて情けない一点張りの表情に変わる。

 電車の中ではどことなく頼もしげな顔をしていたというのに、これじゃあいつものネガティブクリスじゃないか。


「あの、大丈夫だよ、クリス。必要ならおどけたサンチョまで付き合うし。だってまだお店やってるし、ね」

「ああぁぁぁ、本当にごめんね。まったく、何で僕忘れて来ちゃったんだろう。あぁ、こんなのに梅乃さんを付き合わせなくてはいけないなんて、あぁあ、本当にダメだよね? 本当に僕はダメだ……」

「いや、だから大丈夫だって? 聞こえてる? 大丈夫だよ?」

「あぁぁぁ、本当に僕はダメだ。だから研究も詰めが悪いって言われるんだ。はぁぁぁ」


 と、もうすっかりネガティブが発動されてしまっている。

 なんとかネガティブの淵に陥る前にクリスにフォローをしてみるも、まったく効果は発揮されず、クリスの思考はネガティブへネガティブへとどんどん落ちていく。

 はぁ、もうこれはどうしようもないじゃないかと思いつつもクリスをフォローしまくっていたら、とにかく一緒におどけたサンチョ行くから気にするなということで落ち着いた。



 こういうところを見ると頼りないクリス。



 でもやっぱりさっきのことで思ったのは、なんだかんだ気弱で自分から意見を余り言わないクリスでも、ちゃんと必要なときには自分の意見を言うんだなということだった。



次回はちょっとクリスの話から逸れます

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