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捨てられた王子たち  作者: ふたぎ おっと
第2章 落とし物はこれですか
67/112

23.焼き付いた映像は(クリスティアン)

前回にひきつづきクリスティアン視点です

23.焼き付いた映像は


 翌日。

 今日も僕はおどけたサンチョのシフトが入っていた。

 梅乃さんは昨日のことがあるからしばらくお休みになったらしいけれど、夕方お兄さんと一緒にお客として現れた。

 今日はさすがに楠葉ちゃんを休ませて、二人で一緒に瀬佐美学園に行っていたらしいけれど、二人ともだいぶ苛立った様子だ。

 確か梅乃さんは今日はオーケストラの練習があったはずだけれど、それどころではないらしい。



「お二人とも、ご注文は何に致しますか?」


 二人はいつも楠葉ちゃんが座る禁煙コーナーの角の席でなく、喫煙コーナーの奥の席に座って低い声で言った。


「「ホットコーヒーで」」


 それだけ言うと、お兄さんは灰皿を寄せてタバコに火をつける。

 二人の会話が気になるところだけれど、僕は仕事をしなければいけないためその場を離れる。


 僕は急いでコーヒーを淹れに行った。





「本当にむかつくな、あのクソ教頭」

「あぁもう思い出しただけでも腹が立つ」



 僕がコーヒーを淹れて二人のところまで戻ると、二人はぶつぶつと愚痴を言い合っていた。梅乃さんは頬杖をついて何回もため息を吐いているし、お兄さんはすでに6本目のタバコに火をつけようとしている。

 この一角だけものすごくとげとげしい空気を感じた。


「あの、コーヒーお持ちいたしましたよ?」


 あまりにも険悪すぎてその中に飛び込むのに勇気が必要だったけれど、意を決して僕は二人の前にコーヒーを差し出した。

 空気がちくちくと身体を刺さるほどだった。


「お二人とも先ほどからかなり剣幕ですが、楠葉ちゃんの学校で何か揉めたとか……?」


 あまりにも険悪な空気を放つ二人にこの質問は火に油を注ぐようなものかもしれないが、僕も僕で今日の様子を聞きたい気持ちがあったので、尋ねることにした。


 しかし案の定、僕の言葉に二人の眉間のしわは、より深く刻まれてしまった。

 梅乃さんがため息を吐いてからそれに答えてくれる。


「揉めたとかもう、そんなレベルじゃないよ、まったく。瀬佐美女子の教頭が本当にサイテーな先生だったの」

「あぁ、あれが教頭とか本当に終わってるレベルだな」

「ホントだよね。まったく、お金のことしか考えてない。最悪な教頭」


 だが梅乃さんから返ってきたのは、先ほどの瀬佐美女子で話してきたことではなく、教頭先生の愚痴だった。お兄さんもそれに乗っかってひたすら二人で愚痴っている。頭に血が上ったらひたすら愚痴ってしまうのは兄妹似てしまうところなのだろうか、と失礼なことをぼんやりと思ってしまう。


 いやいや、そうじゃなくて、今日のことをきちんと聞かなくては。


「その、教頭先生? と、何か揉めたんですか?」


 僕は改めて質問し直す。

 すると今度はお兄さんがふぅと煙を吹くと、タバコを灰皿に押しつけながら話してくれる。


「楠葉をいじめてたっていう雲雀透子の父親は、ここらじゃ有名な大企業の社長で、瀬佐美女子に多額の寄付金を寄せている。当然学園側としては雲雀さんとこといい関係でありたいわけだ。だから今回の責任を全部、楠葉の担任に押しつけて強引に解決させようとしてきたんだ」


 そこまで言うと、お兄さんは再びタバコを口にくわえる。

 さっき付けたばかりの6本目のタバコは、すでに半分くらい減っている。


「担任の先生に責任を押しつけてって、結局その先生はどうなるのですか?」


 いまいちどうなったかが伝わってこなかったので、僕はお兄さんに尋ねた。

 お兄さんは吸った煙を吐き出すと、呆れた物言いで言った。


「要するにその担任を解雇して丸く収めようとしたんだ」


 それだけ言うとお兄さんはタバコを灰皿に押しつけて、コーヒーをすする。

 その向かいで梅乃さんが何度目になるか分からない盛大なため息を吐いた。


「もちろんそんなの断ったよ。確かに担任に非はあるけれど、それがベストな解決策には到底思えなかったからね。だけどね、今日雲雀さんのお母さんが話し合いに来てたんだけれど、そのお母さんもお母さんで、担任の解雇が気に入らないならいくら払えばいいかって小切手出してきたの。お金で解決しようとしてきたのよ」


 梅乃さんもまたそこまで言うと、コーヒーにミルクと砂糖を入れて口に運ぶ。

 コーヒーカップを持っていない手がテーブルの上で握られている。


「まったく、どいつもこいつも権力や金で解決しようとしやがって……」


 お兄さんがコーヒーカップをソーサーに戻しながらため息混じりにそう言う。



 確かに、二人の話を聞いて僕は少なからず驚きを感じている。

これが教育現場で起きていることなのかと――。

 一人の生徒が校舎の二階から落下するほどのいじめが起きていたというのに、その解決策が担任の解雇かお金かの二択のみ。それは今回の問題をただ丸く収めるだけであって、結局のところ生徒たちの問題解決には何もつながらない。

 「学校」であるからこそ、教師たちはどの生徒にも平和に勉強できる空間を等しく与える必要がある。それは教頭先生だって例外ではない。しかし、これではますます楠葉ちゃんが居づらい環境になるばかりだろう。学園内で格差を作っているようなものだ。

 生徒よりも世間体や寄付金に目がくらむような教頭が当然のようにいるということが、非常に驚きだ。



 僕が胸の内でそんなことを思っていると、梅乃さんが少し遠い目をして言った。


「お兄ちゃん、楠葉を瀬佐美女子から転校させた方がいいんじゃないの?」

「はぁ、それもそうだよな。まぁ母さんとかにも相談してみるべきではあるが」


 と、お兄さんもまた少し遠い目をしながら言った。



 二人の会話に、僕の思考回路は一瞬停止する。


 ――楠葉ちゃんを瀬佐美女子学園から転校させる?


 その言葉に、夕べアサドさんの部屋で見たことを思い出す。

 確かに転校した先で楠葉ちゃんは楽しそうにクラスメートと話していた。 だからその案は妥当なのかもしれない。

 僕が家族だとしたらきっとその案を勧めていただろう。


 だけどあの映像を見てしまった後だと、その選択はよくない気がしてならない。


 放課後、頭を抱えながら勉強する楠葉ちゃん。

 転校した先の先生の申し訳なさそうな顔。

 帰り道に瀬佐美女子学園を物憂げに眺める様子。


 確か瀬佐美女子学園はこの界隈ではトップクラスの進学校だったはず。当然入学するのだって結構な関門だったはずだ。

 それを乗り越えて楠葉ちゃんは入学した。

 将来の夢に近づくため、高度な勉強がしたいため、難関な大学に入りたいためなど、どんな目的があったのかは僕には分からない。

 確かにハイスクール生活を平穏に終えられたら一番ベストではあるし、楠葉ちゃんだってきっとこうなることは予想していなかっただろう。

 しかし、ここで違う学校に転校してしまったら、その目的から遠ざかるのではないだろうか。



「――――クリス?」



 そこまで考えたところで梅乃さんに呼びかけられてはっと我に返る。

 梅乃さんが胡乱げな瞳で僕を見上げている


「クリス、さっきからなんかぼーっとしてるよ?」

「あぁ、いや、少し考え事していて……というか、仕事中だったね。戻るよ」


 と、僕はぎこちなく笑いながらその場を離れる。

 梅乃さんもお兄さんも不思議そうに僕を見ていたが、気づかないふりをする。


 楠葉ちゃんの学校のこと、僕があれこれ考えたところで最終的にどうするかを決めるのは楠葉ちゃんであるというのに。

 

 しかしやっぱり夕べ見た映像が頭を離れなかった。





 さらに翌日。日付でいうと5月9日木曜日。

 この日の昼過ぎ、研究の調べ物をするために僕は隣町の図書館に出かけた。

 結構時間がかかるかと思っていたが、目的の本はすぐに見つかり、知りたい情報もすんなりと手に入れることができたので、30分くらいで僕は図書館を後にした。

 そうして近くの駅で帰りの電車を待っていると、学校を終えたハイスクール生がちらほらと駅に集まってくる。

 その中に見覚えのある制服がちらほらと見えた。


 楠葉ちゃんがいつも着ているのと同じ、瀬佐美女子学園の制服だ。


 その制服を着た女の子たちが何人か束になって駅のホームへとやってくる。その後ろからまた何人か瀬佐美学園の女の子たちがやってくる。

 次々と瀬佐美学園の生徒たちがやってくるところを見て、ようやくこの駅が瀬佐美学園の最寄りの駅だということに僕は気がつく。

 一昨日、楠葉ちゃんを探しに行ったときはカリムさんの魔法で移動したし、あまり意識していなかったからまったく気がつかなかった。


 しかし、だからと言ってこれといった何かがあるわけではないので、僕は借りてきた本を読みながら電車を待っていた。


 すると近くで立ち止まった何人かの話し声が聞こえてきた。


「ねぇ、そういえば今日どうして雲雀さんみんなに無視されてたの?」


 「ヒバリさん」?

 その会話の中で出てきた人物名に、一気に意識がそちらに向けられる。


「あぁ、雲雀さん? なんかあの子いつも家のこと引き合いに出して色々牛耳ってたじゃない? でも実はあそこ、親子仲最悪らしいよ」

「あ、そうそう。それ見たってB組の子が言ってた。B組の佐倉さんのいじめの件で昨日、雲雀さんのお母さんが来たんだって。それで帰り際に校門の前で雲雀さん、お母さんに引っぱたかれてたんだって」

「ってか、佐倉さんのいじめって相当ひどかったんだってね。2階から落ちたとか聞いたけど。それくらいひどいかったらしいのに、家のことは単なる脅しだったってみんな一気に興醒めしたらしくて、それで……」


 会話の中に出てきた「サクラさん」と「ヒバリさん」の二つの人物名で、何のことを指しているのかは容易に分かる。

 楠葉ちゃんのいじめ、一昨日のこと、昨日のこと。

 しかし、昨日のことは梅乃さんたちに聞いた内容しか知らなかったが、梅乃さんたちの知らないところでまた何かが起こっているということだろうか。


 楠葉ちゃんは昨日から学校を休んでるから何もないはずだけれど、その間に透子ちゃんが無視されるようになった――――?


「あ、ねぇあれ……」


 すると、話していたうちの一人が改札の方を見て声を潜めた。

 僕も不自然にならない程度にそちらに目を向ける。



 改札の方から3人の女の子がホームに向かって歩いてきている。

 いや、正確には二人がつかつかと早歩きで前を進み、その後ろからもう一人が小走りで二人を追いかけている。


 前を歩いている二人は、以前透子ちゃんと一緒におどけたサンチョに来た子たち。

 そして後ろから追いかけるのは、透子ちゃん。


 3人がこちらに向かうにつれて少しずつ話し声が聞こえる。



「二人とも待ってってば」


 と透子ちゃん。

 一昨日まで見せていた高慢で落ち着いた雰囲気は何処に行ったのやら、何やら焦った様子で二人を追いかけている。


「はぁ悪いけどついてこないでくれる?」

「こっちは一緒にいたくないからあっち行ってなよ」


 しかし二人は白い目で透子ちゃんを一瞥すると、彼女の制止の声も聞かずにこちらの方へと向かってくる。

 一昨日までの透子ちゃんに対する少し弱気な態度は、一気に落ち着いたものに変わっている。



 どういうことだ?

 一昨日までは少なくとも一緒におどけたサンチョに来るような間柄だったというのに、透子ちゃんが仲間外れされている?


 その様子に僕は一昨日の夜、アサドさんの部屋で見たもう一つの映像を思い出す。

 これはまさか……。


 僕は思わず彼女たちの方を見たまま固まってしまった。



 ちょうどそのとき、ホームに電車が滑り込んでくる。

 それと同じタイミングで彼女たちも僕に気がつく。

 前を歩いていた二人が透子ちゃんと距離を取って僕のところに駆けてくる。

 透子ちゃんはそれを追いかけようとしたが、僕に気がついて途中でとどまる。


「あ、クリスさん、こんにちはー。こんなところで会うなんて、どうしたんですか?」


 と二人のうちの一人が、停車した電車に一緒に乗り込みながら僕に挨拶する。

 透子ちゃんも別の扉から電車に乗ったようだ。


「ここの近くの図書館に用事があってね」

「そうなんですね。あ、そういえば楠葉はどうしてるか聞いてますか? ちょっとその、心配で」


 と、もう一人の子が少し気まずそうな表情を浮かべながら僕に尋ねてくる。

 一昨日のことがあったからだろうか、楠葉ちゃんのことに関してはさすがに気にかけていたのだろう。

 そういう表情を見ると安心させられるような言葉を返したいとは思ったが、昨日から僕は楠葉ちゃんに会ってないから安心させられる材料が何もない。


「怪我に関してはそんなに心配はいらないけれど、ごめんね、昨日から彼女に会ってないんだ。梅乃さん……楠葉ちゃんのお姉さんによれば、まだしばらくは学校を休むみたいだけれど……」


 そんな差し障りのないような返事をする。

 こういうときにさらっと安心させられるような言葉をかけられたらと、内心で自分が嫌になる。

 それと同時に、そういえばこの子たちも透子ちゃんに関与していたことを思い返せば、一概に「気にしなくていい」の言葉はミスマッチじゃないだろうか。


 そこでふと別の車両に乗った透子ちゃんのことを思い出す。


「ねぇ、透子ちゃん別の車両に乗っちゃったけれど、一緒じゃなくていいの?」


 僕は前の車両をつないでいる扉からうっすら見える透子ちゃんに目を向けながら質問する。

 彼女はちらっとこちらを伺うと、ばつの悪そうな顔を浮かべてすぐに逸らす。

 そんな透子ちゃんの様子を知ってか知らずか、二人はため息混じりに言ってきた。


「いいんです、もう友達じゃないんで」

「あ、ていうかもとから友達じゃないんで」


 その言葉に僕は思わず眉をひそめる。


 「友達じゃない」――?


 しかし僕はすぐに表情を戻して彼女たちに更に尋ねる。


「でもそんなこと言ったって、一昨日までは一緒におどけたサンチョに来ていたよね。急に仲間外れはよくないんじゃない?」


 すると今度は二人が眉をひそめて僕を見上げる。

 どこか不審の色が漂っている。


「それ、本気で言っていますか? 一昨日何があったか、クリスさんご存じですよね?」

「あんなことの後だからこそ、もう一緒にいられないんですよ。そんなことより楠葉の様子見に行きたいんですけど、楠葉のお姉さんって今日シフトですか?」

「え、あ、いや……梅乃さんはしばらくバイトをお休みだけれど……」


 二人とも当然の顔をして僕に詰め寄ってきた。

 二人の言うことはもっともで、楠葉ちゃんにさんざんひどいことをしてきた透子ちゃんを気にかけるのも、どこかおかしい気もした。

 しかし、透子ちゃんが楠葉ちゃんをいじめていたことと、二人が透子ちゃんを仲間外れにするのは違うわけで……。

 そんなことを考えていたら反論する言葉が見つからずに、話題を換えられてしまった。



 そうこうしているうちに、前の車両に見えていた透子ちゃんの姿はどこかに消えていた。



 彼女がいなくなった空間を見ながら、僕はぼんやりとアサドさんの部屋で見た映像と今の状況を照らし合わせる。



 一体何が正しいのだろうか。

 これ以上のいじめを回避するために楠葉ちゃんを転校させるべきなのか。

 でもきっと転校させなくても、このままいけば楠葉ちゃんはきっといじめられずに済むだろう。いじめの標的が透子ちゃんに代わったから。


 果たしてこのままでいいのだろうか。

 未来を知っている僕に何かできることがあったはずだと考えを巡らす。


 しかし、いくらそんなことを考えたところで、透子ちゃんが仲間外れにされる未来はもう既に始まってしまっていた――――。

 


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