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捨てられた王子たち  作者: ふたぎ おっと
第2章 落とし物はこれですか
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18.重なる彼女とこの子 (クリスティアン)

最近亀スピードになってきました。

クリスティアン視点です

18.重なる彼女とこの子

 


 1階のエレベータでフリードくんと梅乃さんを別れると、僕はひとりで図書館の一般書架コーナーに向かう。


 ここの図書館はとても大きい。

 「とても大きい」だけじゃ中がどれだけ大きいかは表せていないけれど、少なくともペロー地方にある一番大きな図書館の3倍はあるのではないかと思うほどだ。

 入り口から入ると、放射状にいくつもの本棚が伸びていて、1階の左の3分の1が児童書、真ん中の3分の1が文庫本、右の3分の1と2階が各種専門書と単行本コーナーとなっている。


 僕はちょうど2階に上がったところにある教育関連の専門書コーナーに来た。


 「教育」と一言に言っても、基礎教育から教育心理学、身体教育や社会教育、比較教育学など、その中には沢山の分野が分かれている。

 特に僕が修士過程の2年間で行おうとしている研究は、学校施設と図書館・博物館などの生涯学習施設における社会教育の比較である。

 しかし「社会教育」と一言で言ってもこれまた色んな意味合いが含まれてくるわけで、先日の研究室のセミナーで強く指摘されたところはそこだ。


 一体何に対して「社会教育」と言う言葉を使っているのかと。


 「社会教育」というと、一般的には生涯学習施設などの「社会」において行われる教育のことを広く指すことが多く、学校教育とは区別されることが多い。しかし、学問において学校も家庭も社会の一部であるとして総合的な教育の概念とされる場合もある。更に生涯学習施設においても学校においても「教育」の指すところは多種多様で、つまり「社会教育」という言葉が指す範囲はかなり広い。

 僕としてはそれぞれの多種多様を含めた社会教育の比較を行いたいのだが、修士2年間、実質研究に費やせるのが1年半だとすると、その期間はあっという間で、多種多様な比較を行うには時間がなさ過ぎるらしい。そのため、学校施設と生涯学習施設での教育の何を「社会教育」と呼ぶのかはっきりすること、また何を比較するのか絞れと指導教官の教授から言われてしまった。

 確かに教授の仰るとおりで、僕が研究計画で用いた用語の一つ一つが漠然としすぎていて、とてつもなく膨大なことを行いかねない計画を立ててしまっていた。だから改めて練り直さなければならない。

 とは言え、教育学の色んな分野に興味がありすぎて、まず修士の2年間で何を対象にするかはかなり迷うところではあった。


 そんなことを考えて調べ物をしていたら、ある3文字の言葉をタイトルに使った本が、ある縦の列を埋め尽くしていた。



 いじめ。



 その言葉は、もちろんペロー地方にいたときから聞いていたから知っている。

 いや、聞いていたというか、まことに不甲斐ないことに、身近で起こっていたことに僕が気がつけずにいてしまった。



 僕の20歳の誕生日の夜にガラスの靴を落として去っていったシンデレラは、触れば壊れてしまうのではないかと思うほど儚げで、僕の庇護欲をかき立てた。

 聞けば実家にいるときにはボロの服しか与えられず寒い屋根裏部屋で過ごし、朝早くから夜遅くまでひたすら家事をさせられていたみたいで、城に向かい入れてから改めて見た彼女の顔色はとても青く、手もボロボロだった。その上少しでも継母たちの要望に合わなかったら食べるものも与えられず、ひどいときには乗馬用の鞭で叩かれたようだ。


 だから僕は誓ったんだ。

 何ものからも彼女を守り、彼女を幸せにすると――――。


 彼女は今まで苦労した分、幸せになるべきだと強く思っていた。だから僕はそう誓ったんだ。そしてその通りに振る舞っていたつもりだった。


 まず彼女を家事から遠ざけた。何もかもをも使用人に任せた。手がボロボロになるくらい、今までさんざんやってきたんだ。だからもうやらせたくないと思った。

 それから彼女に沢山のドレスや靴、飾り物などの服飾や本や茶器などの趣味のものまで、色んなものをプレゼントした。実家にいたときは何もかもを取り上げられてきたんだ。だからもっと贅沢をするべきだと考えた。

 さらにはプレゼントしたドレスを着させて沢山夜会に連れて行った。彼女はもともと貴族なのだし、今まで苦労してつまらないことばかりさせられていたはずだ。だから沢山楽しいことを覚えるべきだと思った。


 どれも彼女のためを思ってやっていたことだった。


 だけどそのどれもは、貴族社会しか知らない僕の単なるエゴで、単なるひとりよがりだった。


 最初、彼女は使用人の世話を断った。さすがに身の回りのことは自分で出来るからと。僕も彼女が過ごしやすくするのが一番だと思ったから、使用人の数は最低限にした。当然掃除や洗濯・炊事などはやらせなかったけど。

 それから夜会の度にドレスを新調させていたら、途中からそれも断った。贅沢に慣れてない彼女は、一度着たものをまた着ていけばいいと主張した。それにそのお金が税金だから無駄遣いは良くないと。そう言われてしまえば確かにその通りで、僕は王子であるのにそういうところをないがしろにしてしまっていたから、彼女の倹約な部分はとても感心した。


 だけどそれが原因で、彼女は社交界で貴族の令嬢達の非難の的になってしまった。

 

 最初はそれに気がつかず、夜会後の彼女の浮かない顔が緊張と気疲れから来ているのだとばかり思って、たまに枕元で零す言葉は王太子妃になる心の不安だとばかり思って、少しでも彼女の気が安まるように彼女を優しく包み込んでいた。

 「君は心優しく美しい人なのだから、緊張することも気を遣うことも不安に思うこともないんだよ」と言って。

 だけどそんな軽い話ではなかった。

 彼女は少しでも僕に合わせようと必死なのに、夜会に行けば後ろ指指されてしまう。


 言葉の暴力。


 当然僕の婚約者だったから直接手を出されたわけではなかったらしいけど、浴びた言葉は彼女の心をひどく抉るものばかりだったらしい。

 それでいて唯一の拠り所である僕に相談しても何も変わらなかった。


 確かにSOSのサインは出ていた。

 

 僕はそれを優しく包み込むことで彼女を励ましていたつもりだったけれど、ただ彼女をそれから遠ざけていただけであって、何の解決にもなっていなかった。

 僕は後ろ指を指される経験なんかなかったし、非難の言葉を浴びた経験もない。だからそれ以外にどうすれば良かったのか分からなかった。


 結局のところ彼女の気持ちを何一つ理解してやれなかったんだ。





 僕は本棚に並んだ”いじめ”に関する本を一冊手に取る。




 この世界で教育学を学び始めて最初に抱いた印象は、この世界では色んなところに問題意識を向けているということだった。

 おとぎの国、少なくともペロー地方ではいじめに対する問題意識が低い。こうして本になることなんて滅多になかったし、実際間近で起こっていると知るまでは僕も問題意識を持っていなかった。


 だけどこの世界では違うらしい。というか、それで人が死ぬほど深刻な問題らしい。

 そのことにも当然驚いたけれど、そのほとんどがハイスクール生だというのも驚きだった。

 でも何に一番驚きかというと、その手口だった。

 まぁこれもすべて座学でしか知らないことだけれど、例えば物がなくなったりだとかシューズボックスに入れてある靴にピンを仕込んだり、ひどいときには教室の机がなくなっていたりすることもあるらしい。仲間はずれや暴力はおとぎの国でも起こっていたことだったけれど。


 そこまで考えて、僕は最近よく会う女の子を思い出す。



 楠葉ちゃん。



 ようやく彼女に対して感じていた違和感が、形になりつつある。



 焼き焦げの痕が残ったぬいぐるみのキーホルダー。

 教科書に書かれた「キモイ」の文字。

 先週のあの雨の日の待ちぼうけ――――。



 そうとしか考えられなかったしそれ以外に考えられなかった。

 僕が見たものだけでもひどい仕打ちを受けているのだと感じ取れる。


 だけど彼女はSOSを出そうとはしない。

 あの取り繕うような笑顔もそうだし、教科書を隠したときの表情もそう。

 あの雨の日だってそうだった。

 必死で隠したがっている。知られたくないと。


 どうやらそれはいじめを受けている人の心理で、学校で自分がそういう目に遭っているということを学校以外の人には隠したがるらしい。

 そういうことを踏まえてもこの考えに間違いはないと思う。




 僕は手にした一冊の本を睨めっこする。




 そもそもいじめが起こる心理って一体何なのだろう。

 それ自体に解決策は見出せないのだろうか。いや、それが出来ていたら今日こんな風に「解けない問題」になっていない。


 でも目の前でそれに苦しんでいる人がいたら?


 SOSのサインが出ていないからと知らんぷりするのか?

 よく理解できないことだからと、とりあえず真綿でくるむのか?


 果たして何が良いのかは今でも分からない。 

 

 だけど僕は同じ過ちは犯したくない。

 少なくとも身近で起こっていることなら、出来る限りその解決に手助けしたいと思う。



 正直のところ、このことはまったく研究とは関わらないだろうが、僕は取った一冊を腕に乗せた本の山に積む。



 入り口側から本棚を挟んだ対側は窓側で、窓に沿って横に伸びている一人用の閲覧机と、その手前に4人座りの閲覧机がいくつか点在している。それは2階も同様で、僕は腕に4冊の本を持ったまま窓側の方へと向かった。


 ゴールデンウィークという名の休日であるのに、本を読むためだけではなく、僕のように作業しに来ている人も結構いるし、勉強熱心なハイスクール生の姿も多くあった。


 そういう人たちでほとんどの閲覧机が埋まっていたが、少し離れたところにある4人机の一つが空いているのに気がつき、僕はそこへ向かう。



 そして見知った女の子がその向かいにうつむいて座っているのに気がついた。



「楠葉ちゃん」



 図書館なので僕は控えめに声をかけた。

 すると楠葉ちゃんはばっと顔を上げ、机の下に入れていた手をばっと机の上に出した。

 顔を上げた楠葉ちゃんは、かなり目を大きく見開いて、気まずげだった。


「こ、こんにちは」


 そして彼女は不自然にも机の上に置いていたシャープペンシルを手に持ち、広げていた教科書をずっと読んでいたような素振りを見せる。


「偉いね、勉強?」

「はい、クリスさんは?」

「ちょっと調べ物をね」


 またもや違和感を感じだけれど、僕はそのことには特に触れず、そう言って彼女の向かいに座った。

 楠葉ちゃんは少し気恥ずかしげにしながら、手元のノートに何かを書き始めた。

 見れば数学を解いているようだった。


 こうして不自然な態度を取られると、またもや何かあるのではないかと詮索してしまう。と同時にこのように熱心に勉強しているところを見ると、何かご褒美をあげたくなる。

 こういう考えがひとりよがりなのかもしれない。

 だけどすぐに泣きそうな顔を見せるこの子の儚さを見ていると、どうにも僕の庇護欲がかき立てられるらしい。

 いけないな、そんなことをしても何の解決にもならないというのに、ついつい甘やかしたくなる。


 そんなことを考えながら、僕もその向かいで教育学の本をいくつか広げて用意してきたノートに色々と書き込む。





 しばらくしてふと顔をあげると、楠葉ちゃんの手が止まっているのに気がついた。

 見れば彼女の目線は教科書よりも手前に向いているような気がする。


 膝の上?


 さっき隠していた物なのかもしれない。

 その目はどこか悲しげで泣きそうでもあった。

 さっきの不自然な態度と関係しているのだろうか。



 僕は少し気になって、彼女がそちらに目を向けている隙にわざと消しゴムを落とした。



 そして少し屈んでそれを取ろうとする。




「―――!?」




 すると楠葉ちゃんは突然立ち上がった。

 その顔はこの前の教科書の件よりも驚愕した顔で、同時にショックを受けたような顔だった。

 そして慌てて机に広げていた物を鞄にしまってその場から走り去る。



「まっ―――」



 僕は追いかけようとしたが、そこで彼女が慌てすぎたあまりに落としていった物に気がついてしまった。





 二つの落とし物。



 一つは焦げ痕の付いてる、僕が洗って楠葉ちゃんに返したジャックオランタンのぬいぐるみのキーホルダー。



 もう一つは、僕が新しく縫って楠葉ちゃんに贈ったぬいぐるみのキーホルダー。





 それは無惨にもあちこちが切り刻まれ、中に詰めた綿が外に出ていた――――――。




なかなか話が進まなくて済みません><

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