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捨てられた王子たち  作者: ふたぎ おっと
第2章 落とし物はこれですか
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13.三文字の言葉

第三者視点です。

13.三文字の言葉


 日曜の朝に桐夜とクリスに言われて以降、楠葉は毎日放課後梅乃とクリスを訪ねた。

 どちらかがシフトの時はおどけたサンチョにどちらもシフトではない時は梅乃のマンションに訪れていた。


 おどけたサンチョも梅乃のマンションも、桐夜と楠葉が住む場所からは電車で30分ほどだが、通っている瀬佐美女子高校からは15分で来れるため、金銭的にも時間的にも苦痛ではない。

 帰りも会社帰りの桐夜が車で迎えに来てくれる。

 その時間は早い日だと18時くらいだが遅い日だと22時を回るときもあった。

 

 そんな日が続いた5日目の金曜日。

 その日は梅乃は大学オーケストラでいないが、クリスがバイトのシフトが入っているので、楠葉はおどけたサンチョに行った。



「あ、いらっしゃいませ」


 と出迎えてくれるのはクリス。

 2週間前に初めて会ったときに比べれば、ファミレスのウェイターがすっかり板についていた。


「こ、こんにちは。今日も来ちゃいました」


 楠葉は頬をほんのりと赤くしながらもクリスに挨拶する。

 クリスはいつもの見惚れるくらいステキな笑顔で返してくれる。


「もちろん、構わないよ」


 そして自然な仕草で楠葉を席まで案内し、椅子を引いてくれる。

 普通ファミレスのウェイターは席に案内するまでなのだが、ウェイター以前にクリスは王子様であるため、身体に染みついた紳士作法をついついやってしまうのだ。


「じゃあ決まったら呼んでね」

「は、はい」


 クリスは楠葉のテーブルにメニューを広げると、他の客の対応に向かった。

 去っていた銀髪の後ろ姿に、楠葉ははぁーっと息を吐いた。


 先週の土曜日以来、クリスとまともに話すのは今日で7日目なのだが、未だに話すときに緊張するのだ。

 それは6つも年上の外人の男の人、ということもあるが、やはりクリスが普段自分が関わることがなさそうなほど美しい青年だからだ。

 しかし、それでも楠葉は他のおとぎメンバーがいる梅乃のマンションではなく、おどけたサンチョにばかり通っていた。何故ならほとんどの平日にクリスがシフトとして入っていたからだ。


 2週間前に初めて会ったときは、雲の上にいるような人が自分を出迎えてくれることに戸惑いと焦りを感じた。しかし、先週の土曜に会ったときには優しさを感じ、その翌朝ぬいぐるみのキーホルダーを渡してくれたときには、完全に心を鷲掴みされたのを感じた。

 別に付き合おうなんて考えてない、ただ喋れるだけで幸せだから、と次の日から通うことを決めたのだ。


 そんなことを考えていたら、今日のことを思い出してしまった。

 楠葉は肩を落として少し落ち込む。



「楠葉ちゃん、決まったかな?」



 通りがかったクリスが、楠葉の顔を覗きながら尋ねてきた。

 突然視界に入ったクリスに、楠葉はびくっと身体を揺らす。


「あ、すすすみませんっ。まっまだ……っ」

「そっか。急かしちゃってごめんね」


 考え事をしていたのでまだ選べていなかった楠葉は焦ってそう返す。

 それに対して申し訳なさそうにクリスが笑う。

 このときのクリスの顔は、楠葉から見れば優しいお兄さんなのだが、見た目が完璧な王子の中身はヘタレネガティブ。

 内心でクリスは「あぁ、何て僕はダメなんだ。まだ選べていなかったのをちゃんと見なくちゃいけないだろう?」と、笑顔の裏でそんなことを思っていた。最初の1週間で梅乃と店長と戸田ちゃんにさんざん言われたので、それを外には出さなくなってはいた。


 クリスは内心のネガティブを誤魔化すために下がった目線をさまよわせることにしているのだが、ちょうどそのとき、クリスはとあることに気がついてしまった。



「今日は付けてないんだね。あのぬいぐるみ」



 その言葉に楠葉はびくっと肩を揺らした。


 先日の日曜の朝、クリスから受け取った元々自分が持っていたジャックオランタンの頭をしたぬいぐるみのキーホルダーと、汚れが落ちきれなかったからと新しく作ってくれた少し色合いの異なるジャックオランタンのぬいぐるみ。

 どちらも楠葉は特別な物のように気に入り、そのどちらもをスクールカバンに付けていたのだ。

 楠葉がどれだけあれを気に入っていたかは、梅乃も桐夜も他のおとぎメンバーも知っていたし、クリスだってそれを知ったときは喜んでいたのだ。


 しかし、その二つのぬいぐるみは楠葉のカバンの外側を見渡しても、どこにも付いていなかった。


 内心ネガティブモードが発動していたクリスは、更にネガティブの深みにはまっていく。


 (あぁ、やっぱりちゃんと汚れを落とせなかったから嫌になったのかも。それに、そんな理由で新しいのを与えられても、正直いい気しないよね。思い入れがありそうだったし)


 と、頑張って顔には出さないようにしながら、内心でぶつぶつ呟いていた。


 しかし、クリスの笑顔の裏を知らない楠葉は、慌てて言った。


「ち、違うんです! その……今日、かなり汚してしまって……」


 楠葉は目尻と眉を下げながら言う。

 その様子は少し落ち込んでいるようにも見える。


 ネガティブ中層まではまりかけていたクリスは、楠葉の言葉とその様子に、目をきょとんとさせる。


「それならまた僕が洗ってあげるよ?」


 と、クリスは先ほどよりは自然な笑顔で楠葉に言う。

 しかし。


「い、いえ、大丈夫です! そ、その…自分で洗う練習したいので」


 楠葉は必死になりながらもクリスを見上げて言う。

 その言葉にクリスは感心して、ぽんと楠葉の頭に手を乗せた。


「えらいね。もし、うまくいかなかったら、僕に見せてね」


 と、にっこり微笑む。

 その大きな手に、楠葉はドキッとする。そして慌てて付け足した。


「あ、おっオーダー、ホットコーヒーでお願いします!」


 その言葉に再びクリスはきょとんとした顔を帰す。


「いいの? コーヒー、苦手じゃなかったっけ?」

「飲む練習です!」


 楠葉がそう言うと、クリスはふたたび目を和らげ、微笑んだ。


「一杯でも飲み切れたら、僕がパフェおごってあげるよ」


 そう言い残して、クリスはメニューを持ってキッチンの方へと向かっていった。

 楠葉は再びふぅと息を吐いて心を落ち着かせた。





 クリスはキッチンの方へ戻ると、はぁ~とため息を吐く。

 それを見て、シフトに入ったばかりの戸田ちゃんが声を掛けた。


「またため息吐いて、まーた何かやらかしたんですかぁ?」


 と、高校2年生に呆れられる。

 クリスはコーヒーの準備をしながら答える。


「いや、僕、実は嫌われたんじゃないかと思って」

「誰にですか?」

「あの子。梅乃さんの妹の」


 と、そこから覗ける位置に座っている楠葉を目線で指した。

 戸田ちゃんはそっちを見て「あぁ」と言う。


「あの子、今日も来たんですね。こんなファミレスでゴマじょの制服着てたら浮きますね」

「ゴマ女?」

「あぁ、瀬佐美女子のことをここら辺ではゴマじょと呼ぶんですよ。セサミでゴマってこと。ねぇクリスさん、あたしがコーヒー持って行っても良いですか?」

「え、うん、どうぞ」


 戸田ちゃんはクリスからコーヒーを受け取ると、楠葉のところへ持って行った。


「コーヒーお持ちいたしました」


 と、テーブルに乗せようとすると、楠葉はびくっとして戸田ちゃんを見上げるが、その目に若干期待はずれという色が映ったのを戸田ちゃんは見逃さなかった。

 この子もクリス教か、と戸田ちゃんは内心で思う。

 クリスがバイトに入ってからというもの、おどけたサンチョに来る客の半分以上がクリス目当てで来るため、客にこういう反応されるのはもう慣れてしまっていた。


 しかし戸田ちゃんが楠葉にコーヒーを出す役を買って出たのは、その反応を見るためだけではなかった。


「ねぇあなた、佐倉さんの妹で高2なんでしょ? あたし西高の戸田みなみ」


 突然の戸田ちゃんの自己紹介に、楠葉はきょとんとする。 

 だが、すぐににっこり笑ってそれに応える。


「私は佐倉楠葉。よろしく」


 楠葉がそう言うと、戸田ちゃんは少し目を見開いた。

 その様子に楠葉は再びきょとんとするが、戸田ちゃんはすぐにその目を元に戻す。


「ね、ゴマ女なんでしょ? 雲雀透子ひばりとうこって知ってる? あたしの友達なんだけど」


 戸田ちゃんが尋ねると、今度は楠葉がビクッと肩を揺らした。

 それに対して戸田ちゃんは違和感を覚える。

 だが、楠葉は笑顔で返した。


「う……うん、そうなんだ。私も仲良くしてもらってるよ。偶然だね、ここで共通の友達に会えるなんて。ひ……透子ちゃんに伝えておくね」


 楠葉は小首を傾きながら戸田ちゃんに言う。

 しかし、その様子に戸田ちゃんは更に違和感を感じる。

 なんとなく、楠葉の顔が作り笑顔のように見えたから。





 他の人のオーダーを取ってキッチンに戻ってきた戸田ちゃんに、クリスが尋ねる。


「ねぇ、彼女、怒ってた?」


 そんなことを高校2年生に聞く、とことんダメな男である。

 しかし、考え事をしていた戸田ちゃんは、そのダメさに引くことはせず、難しい表情のままクリスに言った。


「いや、クリスさんに怒ってるわけじゃなさそうでしたけど……でもあの子、元気なくないですか?」


 と、ホールとキッチンの間から楠葉の方を見遣った。

 楠葉は慣れないコーヒーを飲みながら、学校の教科書を出して勉強していた。

 その表情は、遠くからでははっきりはしないが、勉強しているだけにしてはどこか苦い顔をしていて、肩もシャーペンを持って何かを書くにしては下がりすぎではないかという印象を持った。


 きっと慣れないコーヒーと、苦手な教科に苦戦しているのだろうと、遠くから見ただけのクリスはそう思った。

 さっきはコーヒーを飲み切れたらご褒美をあげると言ってしまったが、そんな表情を見るとなんとなく甘やかしたい気分に駆られる。


 クリスはキッチンの人に頼んでストロベリーパフェを作ってもらうと、それを楠葉のところへ持って行った。





「勉強、頑張ってるね。ほらご褒美」


 と、クリスは楠葉の座るテーブルの前で声を掛けた。




 すると、それまでテーブルの上に広げた教科書に目を落としていた楠葉が、ばっと勢いよく上半身でその教科書を隠し、驚愕の眼差しをクリスに向けた。




 クリスは楠葉のその反応に目を瞠ったが、すぐに表情を柔らかくして、持ってきたストロベリーパフェをテーブルの上に置いた。


「邪魔しちゃったかな? ほら、勉強に一段落付いたら食べてね」


 それだけ言うと、その笑顔を残したままクリスは他の客の対応へと回っていった。


 何も言わずに去っていったクリスを見て、楠葉はほっと息を吐いた。

 自分が隠した物はどうやら見られていなかったと。


 楠葉はテーブルから上半身を起こして教科書を閉じる。

 そしてクリスが持ってきてくれたストロベリーパフェにスプーンを入れ、その甘酸っぱさを堪能した。







 楠葉に露骨に壁のある反応を示されたクリスだが、いつもは発動しがちなヘタレネガティブは、それでは発動しなかった。

 何故ならクリスは楠葉のさっきの反応の意味を理解してしまっていたから。

 さっき、クリスが何も言わなかったのは、これでも22歳の分別のある大人だからだ。



 そう、クリスはしっかりと楠葉が隠したものを見てしまっていた。



 楠葉の英語の教科書に不自然にもはっきりと書かれた、「キモイ」の三文字を――――。






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