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捨てられた王子たち  作者: ふたぎ おっと
第2章 落とし物はこれですか
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10.なくしてたもの

評価、お気に入り登録ありがとうございます!!

第3者視点

10.なくしてたもの


 翌日日曜日。

 楠葉をクリスに託した梅乃は、バレーボール大会の朝練のため、いつもよりも早い時間に学校へ出かけていった。それと一緒にフリードもいなくなる。


 梅乃の話によれば、兄桐夜は朝9時半にはここに着くらしいが、現在まだ8時。

 まだ時間はあるので、楠葉は姉のいないダイニングで食事をしながら、兄の迎えを待った。

 当然同じ空間には、他のおとぎメンバーが食卓を囲んでいる。

 10人用のダイニングテーブルは、アサドとカリムの間が唯一空いていたが、そんなけだものの間に妹を座らせるわけにはいかないと、梅乃が自分の席に楠葉を座らせた。


 その結果、楠葉はクリスとテオに囲まれて朝食をとっている。

 当然、楠葉は緊張状態である。その上姉はもういないので、心細い。



「しっかし、梅乃に妹いたんだなー。あんな姉でいいのか?」


 昨日の夜は梅乃の部屋にいたため今朝初めて会ったカールが感心したように言う。

 その言い方には少しばかり梅乃に対する嫌みが混じっていたが。


「はい、やっぱり姉は姉ですから」


 と、堅い表情で答える。

 するとそれに気がついたアサドがにこにこしながら言う。


「楠葉ちゃん、そーんなにかしこまらなくても大丈夫だよ? 別に取って食おうってんじゃないんだから」

「お前が言うと何も説得力ないな」

「お前が言えることでもないぞ」


 アサドの発言にカリムがつっこむが、そういうカリムも人のことを言えないので、テオがそれを突っ込む。


「だけど、楠葉ちゃんはとっても女の子らしいね。梅ちゃんにもその一欠片でもあればいいのに」


 と言うのはハンス。言っている内容は結局ただの梅乃への悪口である。

 しかし楠葉は梅乃への悪口に気がつかず、言われた内容にただ顔を赤くするばかり。


「そ、そんなこと、ないです……」


 その仕草に右斜め前のアサドがにーっこり笑う。


「顔赤くしちゃって、楠葉ちゃんかわいー。照れるところは梅乃ちゃんと同じだね」


 楠葉はもはや、頭の中がパニック状態だった。

 ただでさえ褒め言葉はどう返せばいいか分からないのに、それを(顔だけは)かっこいい人たちに言われている。

 緊張と動揺とパニックで、なんと言えばいいのか全く分からなくて、楠葉は顔が真っ赤だった。


 それを見かねてテオが声をかける。


「あいつらは反応見て楽しんでるだけだから適当に流した方がいいぞ」


 それに対してアサドが反論する。


「何テオくん、そんなキミこそ褒め言葉が欲しいんじゃないのかい? 昨日のバイトでさんざん罵倒されたんでしょ?」


 その言葉に、テオがばんっとテーブルを叩く。

 それがあまりに急だったので、隣に座っていた楠葉はドキッとする。


「そ、それは言うな…! 頼むから言わないでくれ……!!」


 テオは情けなくもアサドに懇願。昨日のバイトでコールセンターというものをイヤというほど知ったらしい。

 その様子にカールも爆笑。もはやテオはこの二人に頭が上がらない。


「楠葉ちゃん、スープおかわりいる?」


 テオと反対側の隣に座るクリスが話しかけてきた。

 クリスの作る野菜スープはおいしかったので、おかわりを貰うことにする。



 そんなこんなで賑やかな朝食が過ぎ、兄が来るまでの間、そのままダイニングでゆっくりすることにする。

 ちなみにハインはフリードの試合をこっそり見に行くために出かけ、カールもハンスもどこかへ出かけていった。



 「あの、手伝います……」



 楠葉は朝食の皿洗いをするクリスに申し出る。

 流しで手を動かしながら、クリスは楠葉を振り向く。


「そんな、気を遣わなくても大丈夫だよ」

「いえ、いきなり押し掛けて、いろいろとお世話になりましたから……」


 と、楠葉は流しの横に立つ。

 クリスは目を丸くしたが、すぐにいつもの柔らかい顔になり、その申し出を受け取る。


「それじゃあ、そこの布巾で洗った食器を拭いてくれるかな」


 楠葉は言われるとおりにクリスが洗う食器を受け取って、それを布で拭いていく。

 こんな王子さまみたいな人と一緒に作業している、というのが楠葉をどきどきさせた。


「みっみなさん、賑やかですね」


 そんなかっこいい人と何を話せばいいのか分からず、とりあえず思いついたことを口に出す。

 クリスはふふっと笑うと、それに答える。


「そうだね、とても賑やかで退屈しないよ」

「……いいなぁ」


 と、ポロッとこぼしてしまう。

 その言葉に、クリスは疑問を感じた。


「楠葉ちゃんはお兄さんと一緒に住んでいるんじゃないの?」


 クリスの質問に楠葉はふぅと息を吐く。


「お兄ちゃん、夜は会社の付き合いとか残業とかで、夜ご飯一緒に食べれる日も多くはないんです。朝は一緒ですけど……」


 兄桐夜は梅乃の5歳上、楠葉の8歳上の24歳。バリバリのサラリーマンである。

 なるべく夕食を家で摂るようにはしているのだが、どうしても叶わない日も多く、楠葉はひとりで食べることが多い。

 そうは言っても、桐夜も妹が可愛いため、家に帰ってからのコミュニケーションはきちんと取っているが。


 その話を受けてクリスは少し考えると、楠葉に食器を渡しながら言う。


「それじゃあ、そういう日はここかおどけたサンチョにおいで。ここならみんな優しく接してくれるし、おどけたサンチョなら梅乃さんも僕もいるし、ご馳走するよ」


 クリスの言葉に、楠葉は胸が高鳴るのを感じる。


「え! いいんですか?」


 クリスは極上の王子さまスマイルで言う。


「もちろん」







 そうこうしているうちに9時半近くなり、楠葉の携帯電話が鳴る。

 兄桐夜の車が着いたという連絡だ。


 桐夜はマンション下にいるので、クリスと楠葉は一緒に降りる。

 そこでクリスを見た桐夜は一瞬後ずさる。



「梅乃さんの隣に住むクリスティアン・ビュシエールです」

「は……はい……」



 桐夜はどぎまぎして楠葉を引き寄せて小声で尋ねる。


「お…おい、あのめちゃくちゃイケメンな欧米人は梅乃とどういう関係なんだ!?」


 とにかく桐夜は動揺していた。

 末の妹を迎えに来ただけなのに、どうやって怒らせた妹と仲直りできるか来る道でずっと考えていたのに、それより上の妹の彼氏(と思われる人)と会うとは予想していなかったからだ。しかもそれがこんなイケメンで外人で、兄心に焦っていた。

 焦りすぎて楠葉と気まずい状態だったのを忘れてしまうほどだ。


「お姉ちゃんのお隣さんなだけだよ…?」


 楠葉は梅乃に言われていたとおりに答える。 

 何とかそれで誤魔化せたようだ。


 桐夜は改めて佇まいを正すと、クリスの前に立つ。


「この度はこいつが失礼したな。それから梅乃も。兄妹ケンカに巻き込んでしまって済まない」


 桐夜はそう言うとクリスに向かって頭を下げる。

 それと一緒に横に立っていた楠葉の頭を掴んで下げさせる。


「ありがとうございました」


 しかし、礼や詫びを言われるほどのことをしたつもりのないクリスは、頭を下げる二人に少し焦る。


「あぁ、いえいえ。こちらの方は何もしていませんからお気になさらず」


 クリスは両手を振って、二人の頭を上げさせる。


「いや、本当にありがとう。楠葉、お前ちょっと車乗ってろ」

「何で」

「いいから」


 桐夜に言われて楠葉は不満げだったが、渋々車の後部座席に乗る。

 助手席でないのは桐夜に対するささやかな反抗だ。


 厄介払いのように楠葉を車に追いやると、桐夜はため息をついて尋ねる。


「ビュシエールさん、楠葉が何か言っていたか?」

「いえ、梅乃さんには話していたようですが……あ、ただ」

「ん?」

「部外者の僕が言うことではありませんが、楠葉さん、どうやら一人での食事が寂しいようです」


 クリスがそう言うと、桐夜は罰の悪そうな顔をして頭を掻く。


「あぁーやっぱりそうかぁ。難しい年頃だしな、なるべく一緒に食べるようにはしてるんだが、これがなかなかな」

「そこで一つ提案があるのですが」

「ん?」


 クリスはにっこりと柔らかい笑顔になる。


「お兄さんが早く帰れない日はこちらに来ていただくというのはどうでしょう? 梅乃さんもいますし、寂しくはならないと思います」


 初めて会った男の提案に、妹を預ける不安がよぎったが、男が言うように梅乃もいるし、少なくとも梅乃がこの男を信頼しているようなので、桐夜はふっと笑い、それに乗る。


「ああ、梅乃も楠葉も、妹たちをよろしくお願いします」




 クリスへの挨拶が終わり、桐夜は別れを言って車に乗り込む。

 そのときクリスは一つ忘れていたことを思い出し、車を出すのを待ってもらい、家にそれを取りに行く。


 ほどなくしてクリスが戻り、後部座席の窓を開けてもらう。


「楠葉ちゃん、そう言えば先週これ、落としていたでしょう?」


 と言い、クリスは手に持ってきた物を差し出す。




 それはジャックオランタンの頭をしたぬいぐるみのキーホルダー。




 楠葉は出された物を見て目を見開く。

 それは先週の金曜日、梅乃に会いにおどけたサンチョに行った後から行方不明になっていた物だった。


 クリスはそれを渡しながら、申し訳なさそうに言う。


「これ、汚れていたから綺麗に洗ったんだけど、ここの焦げてしまっているところはどうにも落ちなくてね」

「いえ……」


 そう、先週まで持っていたそれは、顔の部分から体の先までだいぶ汚れてたのだが、それはすっかり綺麗になっている。

 ただ、顔の左半分の焼き焦げは、その跡をまだ残していた。


「? 焦げ? ぬいぐるみ焦がすって何やったんだ?」


 と、桐夜がルームミラーで後ろを見ながら尋ねてくる。

 その質問に楠葉は焦ったように返す。


「ちょっ調理実習でやっちゃったの!」

「ふーん」


 楠葉の回答にどこか疑わしげに相槌を返すが。


 車内でそんなやりとりをしていると、クリスがもう片方の手をすっと差し出した。

 その手の上には、楠葉が今受け取ったキーホルダーのぬいぐるみと同じ物が乗っていた。



「それ、綺麗にしたとは言っても、少し形が崩れてきてたし、焦げも落ちないから、同じような物を作ったんだ。若干それとは違うかもしれないけど、それの代わりにはなるかなと思って」



 その言葉に楠葉は更に目を見開く。

 確かにもとのぬいぐるみに比べると、ジャックオランタンの目の部分が若干違っていたり、着ている服も色が微妙に違うのだが、それは完璧にもとのぬいぐるみを再現していた。


 楠葉はクリスをまっすぐ見上げて、お礼を言う。



「新しいのも古いのも大事にします!!」



 楠葉がそう言うと、クリスはにっこりと微笑んだ。


 運転席に座る桐夜は二人のやりとりを複雑な心境で眺めていた。

ようやくプロローグに繋がりました。

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