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捨てられた王子たち  作者: ふたぎ おっと
第2章 落とし物はこれですか
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8.桂、桜、桐、梅、楠

8.桂、桜、桐、梅、楠



「えーと、私の妹の楠葉くずは、高校二年生」

「佐倉楠葉です」



 先ほどまでホラーを映していたスクリーンもなりを潜め、鑑賞するために閉じていたカーテンも開き、クリスが淹れたお茶でふぅと一息ついてから、リビングの入り口側の3人掛けソファに二人並んで楠葉を紹介した。


 さっきはホラー映画を見ていたため、突然扉が開いて現れた楠葉に悲鳴を上げていたが、それもスクリーンが扉の横にでかでかと備えられているためと、楠葉がずぶ濡れ状態だったからだと思っている。

 はぁーまったく、縮み上がりそうになったよ。


 その楠葉はクリスにもらったタオルで髪や身体を拭いていた。服もずぶ濡れで風邪引くといけないので、私の服に着替えさせた。


 どうやら雨が止んでるときにおどけたサンチョに来て、その軒先で私を探していたみたいなんだけど、いくら連絡してもちょうどホラー上映中だったため私が出られず、そうこうしているうちにまた雨が降ってきてずぶ濡れになっているところを、ちょうどシフトだったクリスが見つけたらしい。

 それで家に連れてきたというわけなんだけど。



「あんた、妹なんていたんだね。少なくとも姉っぽくないと思ってたんだけど」



 と、いつものように嫌味をかましてくるのはフリード。


「あんた、本当にいちいちいちいち嫌味だね。その口何とかなんないの? ミミズ入れてやろうか?」

「でも俺もフリードに同感。お前結構自由だもんな」


 と、意外そうに言うのはカリム。


「待て、自由という言葉はあんたたちだけには言われたくないんだけど?」

「ふふふ、可愛いね、楠葉ちゃん」


 とにこにこしながら言うのはアサド。


「あったり前じゃない、私の妹なんだから!」


 と私は楠葉を抱き寄せる。

 しかし腕の中の楠葉は若干身体を固くしていた。


 楠葉は私の服の袖を引っ張ると、戸惑いながら聞いてきた。



「お……お姉ちゃん、いつの間にあんなかっこいい人と同棲してたの!? てかこの空間は何?」



 あぁ、そうだった。

 マンションの私の一室がこの洋館につながってから一度も来客がいなかったから油断していたけれど、楠葉はしっかりと見てしまっている。ワンルームにありはしないはずの広々とした玄関や階段、沢山の扉を。

 クリスも連れてくるときに色々と悩んだらしいけどね。


 しかし、なんて説明しよう……。

 いきなり妹をこっちの世界に引き込むのもな。


 などと考えていたら、別の人物に先手を取られた。




「楠葉お嬢様、常識でお考えになってはいけません。桃の中から桃太郎が出てくると同じように、竹の中からかぐや姫が出てくると同じように、梅乃お嬢様の小さな小さなお部屋も大きな洋館へと変わるのです」




 いや、変わんねーよ!

 常識とっぱらっても変わんねーよ!!

 てか例えが全部おとぎ話じゃないか!!

 何も説得力がなさ過ぎる…………!!


 しかしまた別のところから援護射撃が上がる。




「そうなんだよ。常識で考えちゃダメだ。この世の中は不思議で満ちあふれているからね。例えるならそう、楠葉ちゃんは今、扉を開けて不思議空間に来てしまったアリスになってしまったんだよ」




 くすっとアサドは笑う。


 いや、だから何も説明になってないよね!?

 この世の中の不思議は生態の謎とか物理の謎とか心理学の謎とか、そういう実体のある物の謎であって、8畳部屋しかないはずの空間が大きな洋館に変わっている不思議じゃないから!

 何アリスとか言って誤魔化そうとしてるんだこの人は!


 アサドとハインさん揃うとろくな事を言わないな。

 彼らがしたり顔で言い切った説明の後に、もう何を言ったらいいか分からない。

 見渡せばフリードもカリムも同じ事を思ったようで呆れ顔。

 クリスは苦笑いしている。



「そ……そうなんですね。分かりました……」



 ええええ!?

 こんな説得力皆無というか非科学的すぎる説明で納得しちゃったの!?

 それはあまりにも純粋すぎるよ! いくら私の妹でも!!


 と思って楠葉を見やれば、別にそれを100%信じているわけでもなさそうで(10%でも信じてたらすごいとは思うけど)、なんとなく触れてはいけない話だと理解したようだ。

 うむ、我が妹ながら出来た子だ。



「ていうか楠葉、いきなりどうしたの?」



 それが一番の疑問だ。

 今日は土曜日で学校もお休みなので、楠葉が私のところへ遊びに来るのはおかしな事ではないけれど、それなら連絡してくるはずだ。どうしていきなり訪ねてきたのだろう? 少なくともここまでは電車を使うキョリなのに。





 ――――ピロリロリン。





 そこでテーブルに置いていた私のスマホが突然鳴り出した。

 見れば「佐倉桐夜」。私の兄からの電話だ。


 私はその場で電話をとる。



「もしもしお兄ちゃん?」

『――梅乃? そっちに楠葉行ってるか?』

「うん、来てるけど」


 電話口で喋りながら楠葉を見遣る

 楠葉はどこか不安げに私を見てきた。

 すると、電話口から兄のため息が聞こえてきた。


『ならいいんだが、今日一晩泊めてやってくれないか? 明日朝一で迎えに行くから』

「それは構わないけれど……」

『助かる。じゃあまた明日』


 ――――ツーッツーッツー。


 それだけ言うと、兄は電話を切ってきた。





「梅乃ちゃん、お兄ちゃんもいるんだねー。なんて名前?」





 電話のやりとりを見ていたアサドが、切って早々聞いてきた。


「え、桐夜。桐に夜で」


 どうして兄の名前なんか気になるんだろう。

 と思っていたら、再びハインさんが口を開いた。


「梅乃お嬢様のお家は、皆様木へんの名前なのですね」

「名字も”サクラ”だしな」


 あ、突っ込まれたくないところを突っ込まれた。


 前のお花見のときに河童の沼男さんから”佐倉梅乃”の”サクラウメ”を聞いて、撫子な名前だと言われたが、実はうちの家族は皆、木に関する名前ばかりなのだ。


 私の”梅乃”という名前は、私が3月生まれでちょうど梅の花が咲く季節なので”梅乃”になったらしい。

 同じように兄の”桐夜”も、5月頭に生まれて、その時期がちょうど桐の花が咲く頃で、しかも夜に生まれたから”桐夜”なんだって。

 妹の”楠葉”も5月生まれで、同じように楠木の花が咲いていて、周りに葉が生い茂っていたから”楠葉”なんだと。



 そのことを話せば、一同はへえ~と口を揃えた。


「梅乃の親は自然が好きなんだな」


 と、カリムが感心したように言ってきた。


「いや、名前の由来だけを聞いたらそう思うかもしれないけれど、ここには両親の嫌がらせもあったらしい」

「嫌がらせ?」

「うちのお父さんの名前は”桂”でお母さんの名前は”桜”なんです」



 そう、私の父の名前は”かつら”で、名字と合わせれば”サクラカツラ”と、何だこの音のリズムはといった名前で、人前で言いにくいらしい。せめておじいちゃん、”ケイ”にしといてあげたらよかったのに、と思う。

 しかし、もっとかわいそうなのが母の方。何という巡り合わせなのか因縁なのか、奇しくも母の名前は”桜”。読み方も”サクラ”だ。当然名字と合わせて”サクラサクラ”になる。猫型ロボットのアニメの○び○びたよりも名前がひどいのである。旧姓は山崎で、結婚するときに”ヤマザキサクラ”から”サクラサクラ”に変わることにひどく躊躇したらしいけれど、それよりも愛が勝って”サクラサクラ”になったらしい。

 でも妊娠時の通院とかで”サクラ、サクラさんー”と看護師が呼ぶようになってからひどく後悔したらしい。


 だから子供にも木々の名前を付けたんだと。



「くすくすくすくす。人の名前だから笑っちゃダメなんだけど、梅乃ちゃんちって面白いね! 梅乃ちゃんたちがまだ語呂的にマシで良かったね」


と、アサドが口に手を当て笑いを堪えながら言う。

 この人、少なくとも楠葉がいなければいつもみたいに「あーはははっっはは」とか笑うんだろうな。



 まぁ、確かに親二人に比べれば語呂は良いかもしれないが、実際名前の語呂で何もバカにされたことがないのは兄の”サクラキリ”くらい。


 兄の”サクラキリ”は何だか聞こえがかっこいいため、よく小さい頃、「必殺、佐倉桐夜の桜斬り」なんて言って遊んでたっけ。

 しかし”桐夜”なんてイケメンネームな割にそんなイケメンでもないので、名前負けしてるーとよく言われるそうだ。


 私の”サクラウメ”は、幼稚園の時の年長組のクラスにさくら組とうめ組があって、私はそのどっちでもないつばき組だったのだけれども、ガキ大将的な男の子にそのことを散々バカにされた。

 小学校に上がった後も”サクラウメ”と聞くと、風流だ撫子だと言われるが、サクラウメから連想されるイメージと私がかけ離れていたため、よくそれもバカにされた。


 一方の楠葉の場合、”サクラクズ”になってしまうため、それだけでバカにされたようだ。

まぁ、そんないじめも小学生レベルのところで終わっていたらしいけど。





「……それで、お兄ちゃん何て言ってたの?」



 名前の話で本題を忘れそうになっていたが、楠葉がおそるおそるといった感じで尋ねてきた。


「今日ここに泊まっていきなだって」

「そう……」


 私が質問に答えると、楠葉は手の中のティーカップに目を落とした。

 さっきから様子を見ていると、楠葉は肩を落としているし眉尻も下がっているしと、どこか気落ちしているようだ。

 兄の電話もどこか様子がおかしかった。


「ねぇ、お兄ちゃんと何かあったの? お兄ちゃんもなんか変だったけど」

「……お兄ちゃんとケンカしたの。だから今日は家出」

「家出ってあんた……」


 楠葉は今、兄の桐夜と一緒に住んでいる。

 というのも、通っている高校が実家から2時間以上もかかり、兄の住んでいる辺りの方が近いため、そこから通っているのだ。楠葉が受験合格する前は当然兄もワンルームに住んでいたらしいけど、楠葉が住めるようにわざわざ2LDKの部屋に引っ越したのだ。

 その二人が住む場所からうちまでは電車を使って30分。

 普段から会えなくはないけど、何もなければ会わない距離感である。


 当然、兄妹だから同じ空間にいればケンカも起こるし、そのたびにどっちかが私に電話をよこしてきたことは少なくないが、家出をするというのは今までに起こらなかった。


 一体どんなケンカをしてきたのだろう……?



「ま、そういうわけなら、今日はゆっくりしていきなよ。一応客間もあるし、久々に姉妹で話したいこともあるだろうしね」


 と、様子を見ていたアサドがしんみりしかけた空気を払拭するようにその場をまとめた。



「そうだね。じゃあ楠葉、とりあえず私の部屋に行こう?」

「うん」



 飲んだカップをそのままクリスに任せて、私は楠葉と一緒に自分の部屋に帰った。

 その間も楠葉はどこか浮かない顔を浮かべていた。



名前の語呂は大切ですね!

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