4.大人な男の人
梅乃視点に戻ります
4.大人な男の人
結局あの後1時間近く浅虫天道に追いかけられて、気がつけば池の周りを一周していた。そして元のブルーシートのところまで戻ったところで恭介がそれに気づき、浅虫さんを追いやってくれた。私はその間に自分の鞄に急いでカエル姿のフリードを隠したが、他のみんながフリードを探し始めたので、やつは気持ち悪くなって帰った、などと薄情者に仕立て上げてしまった。何とかそれでその場はやりこめたが、その夜フリードに「もっといい言い訳があったんじゃないの」などとネチネチ言われてしまった。文化系サークルの私に1時間も走らせておいて、マジでこのカエル、浅虫天道につきだしてやろうかと思った瞬間だった。
そして翌日の月曜日。
月曜日の夜はオケの全体練習日なのだが、今日もオケの新入生歓迎会。
前回と同じ飲み会会場で、私は柳さんと曜子さんにハンスの前で土下座させられていた。
「非常に申し訳ありません。酔った勢いとはいえ、ひどいことを致しました」
本当は土曜日の朝にハンスに謝罪したのだが、みんなは私とハンスの同棲関係など知らないわけで(同棲というとドキドキするけど、この場合はまったくしないわね)、私はみんなの前でハンスに謝罪させられていた。
「お前は今日からゴールデンウィークまで飲酒禁止な」
とハンスの隣で柳さんは腕を組み仁王立ちで言ってきた。
何もそんなことを新入生いる前でやんなくていいじゃんと思ったが、そんなことを口に出すと、シートから降ろすぞなんて言葉がふってきそうなのでやめた。もっとも、柳さんにそんな権限もないし、そんなことをしたら美麗から反発が起こるので、そんなことは決して起きないが。
しかし、何が腹立つかというと(いや、私が悪いんだけどさ)、ハンスが当然だというような見下し調の目で私を見てくることだ。これだけはいただけない。
ハンスは私を叱る柳さんの肩を掴むと、爽やかな笑顔のまま言う。
「柳くん、俺はもう怒ってないから大丈夫だよ。それに彼女にはそれなりのお詫びをしてもらうつもりでいるし」
と、意味ありげに切れ長の瞳を細めて私を見てくる。
柳さんは目をぱちくりさせるとハンスに尋ねた。
「それなりのお詫びって何ですか?」
その質問の答えに、女子一同が息を飲んで見守る。
あぁ、もう。この状況居心地悪くて嫌だな。
ハンスは更ににっこり笑って言ってきた。
「彼女、俺の手となり足となり俺の言うこと何でもしてくれるんだって」
「「「ええええええええーーーーーーーーーーー!」」」」
「梅乃、梅乃どういうこと!?」
「なんでどさくさに紛れてそんな羨ましいこと言っちゃってんのー!?」
「何あんた、殴ったのはそういうつもりだったの!?」
同期の女の子たちが私の服の襟を掴み上げて頭を振ってきた。
あああああああもう、泣きたい、死にたい。
てか何そんな誤解生むような発言しちゃってるのー!?
何が悲しくてこいつの奴隷にならなくちゃいけないんだ、いや言い出したのは自分だけども。
何が悲しくてこいつを狙ってると女の子たちに妬まれなきゃならないんだ。
まったくもって不覚すぎるのに、二日前の自分のうっかり発言を取り消せないのが辛い。
あぁもうやめて、服伸びるから。
そんなわけで、私はこれからゴールデンウィークまでの飲み会ではハンスの酌係と酒を頼む係になってしまった。
他の女の子たちの目が痛いが、あくまで新歓なので彼女たちには新歓に専念してもらおう。
しかし、ハンスの酒頼みというのはひどいものだった。
「梅ちゃん、何かオススメの飲み物頼んでくれる?」
と言うので、適当にハイボールを頼んでやると、
「君はこんなのを俺に飲ませて、どうするつもり?」
などと嘲笑を含ませた笑いを私に向けてくる。
その発言に周りの女子たちが賛同する。
「梅ちゃん次ー」
なんて乱雑に頼んできたので、カシスオレンジを頼んでやると
「ふふ、これはまるでジュースだね」
なんて言ってくる。
周りの女子は「ハンスさんて本当に強いのね」と言うが、こいつのこの発言は私に対する嫌味だろう。まったく性格腐ってやがるぜ。
「――――はぁっまったく、性格悪いったらないわ」
先ほど晴れてお役御免になった私は、由希や夏海、柳さん、曜子さんの仲のいいメンバーがいる席にどかっと座った。
すると、横に座っていた柳さんが私の頭にげんこつを落とした。
「――いだっ何するんですか!?」
「お前、まったく反省してないだろう」
痛いところを突かれたので、私は顔をぶすっとさせたままぷいと顔をそらす。これがしらふの状態なのは辛いぜ。
「でも悪いのは梅乃なんだし、あれだけで済ませてくれるのはハンスさんは大人じゃない」
と、向かいに座っていた由希が言ってきた。
そして「ねぇ」とか言って、夏海に同意を求めた。
同意を求められた夏海は、「え、あ、う、うん」とはっきりしない返事を返していた。
……夏海はどこか浮かない顔をしていたけど、まさか私とハンスのことを誤解しているとかじゃないよね。いや、誤解していたとしても、夏海にはハンスのことを諦めさせなくちゃいけないわけで。
などということを考えていたら、柳さんの愉しそうな声にその思考を遮られた。
「そんなこと言うってこたぁ、森山、お前の彼氏は子供なのか?」
その言葉に私も(おそらく)夏海も止まった。
え? 由希、彼氏いたの?
しかし、私たちがそれを由希に問いただそうとする前に、由希がばんっとテーブルを叩いた。
隣にいた新入生たちがそれにビクッとしていた。
「彼氏なんかじゃありません!! あれは昨日会っただだけの、二度と会わない、不審者なんです!!」
由希の声は飲み会部屋に響いたが、ハンス組の喧噪でかき消されていたため、由希が注目を浴びることはなかった。
しかし、どういうことだ?
「えーでも昨日の子、すっごくかっこよかったじゃない。怪しい人には見えなかったよ」
と、由希の左隣に座っていた曜子さんが尋ねる。
それに対して夏海が乗り出して尋ねる。
「え、曜子さん、どんな人だったんですか?」
曜子さんは上を向きながらそのことを思い出そうとする。
「んーとねぇ、とにかく外人さんだったんだけど、年下かな? 幼いようで大人というか背伸びした少年みたいな感じの男の。めちゃくちゃイケメンだったよ」
なるほどなるほど。由希ったら、なんだかんだ言って外人のイケメン捕まえちゃって。
「道ばたで森山がそいつに掴みかかってたぜ」
「ちょっ――――」
再び由希がテーブルをばんと叩いた。
その由希の様子は顔を真っ赤にして若干涙目のようで、私たち一同はこれ以上由希をからかってはいけないと判断した。
というか確かに、目の前に好きな人がいるのに、その本人に誤解された状態でいるのは由希としても最悪な状況だろう。
しかし、由希は私たちを睨んだかと思うと、勢いよくその場に座って飲んでいたビールを一気飲みした。
――――ダンっ。
「梅乃、次頼んで。ビールねっ」
と、勢いよく私に酒を頼んできた。
「まったく、飲まなきゃやってらんないわよっ」
と由希は口の周りについた泡を手の甲で拭った。
え、え、これはヤケ酒ですか?
私と柳さんと曜子さんが何も言えずにそれを見ていると、思わぬところから参加者が出た。
「――――梅、あたしにもビール。そうよね、飲まなきゃやってらんないよねっ」
と頼んできたのは夏海だった。
「……お前ら、ほどほどにしとけよ……?」
と、柳さんが忠告するものの。
「――――でね、いきなり現れてリンゴ口に出すなとかね、絵本捨てたりね?」
「うんうん、ひどいね、分かるよそれ」
「白雪姫がビッチだとか言い出すの! 本当にひどいの!」
「あぁもうホント、イケメンなんて滅べばいいのにね」
ビールの一気飲みを3杯ほどしたところで、二人は出来上がってしまっていた。
由希は机をばんばん叩きながらひたすら昨日起きたことを夏海に愚痴り、それを聞いてるのか聞いていないのか、夏海が由希の言うことに相づちを打つという構図が出来てしまっていた。
――いや、この二人は言いたいことをお互いに言っているだけだ。
だって会話が噛み合ってないもの。
「おい、この二人帰れるのか?」
柳さんが由希と夏海を指差して引き気味に聞いてくる。
もう、少なくとも由希がこうなったのはあんたのせいだ、と私は言ってやりたかった。
「……さぁ……?」
その後、電車通学のオケの団員に何とかしてお願いして二人を連れて行ってもらった。
そして由希の愚痴の中に出てきた「リンゴが怖い」とか「しらゆきひめの絵本を投げた」とか言う言葉を聞いて、由希が誰に対して怒っているのか分かった。
カール……あんた一体何しちゃってるのさぁ……。
生意気で口が悪いのは外面だけだと思ってたのに、相当子供だな。
この回を書いていて気がつきましたが、第2章は梅乃がいないところで色々起きるので、第3者視点で話を書くことが多くなりそうです




