2.迷惑だし最低
第3者視点
2.迷惑だし最低
梅乃がちょうど浅虫天道に追いかけられている間、カールハインツは別のところでまずいことになっていた。
「なぁ、悪かったって」
「さぁみんな、行きましょー。あんな怖い人ほっとこう」
「なぁおい、無視するなって」
ここはホビット公園。梅乃の家から河童公園とは逆方向にあるまぁまぁの広さの公園だ。
ここも桜は咲いていなくはないが、近隣の人たちはみな河童公園の方へ行くので、人がぽつりぽつりいる程度だった。
といっても、ここはここで遊具が充実しており、子供の間では河童派かホビット派かという論争まで生まれるほどらしい。
しかし、そんな子供に愛されるホビット公園の真ん中でケンカをしているのは、子供ではなくカールとその相手の大人だった。
「ねーゆきせんせい。あのひとおうじさまじゃないの?」
「おうじさまはりなたちをきらわないんだよ」
「そうだぞ。こいつがゆきせんせいをいじめるぞっ。みんな、こうげきだっ」
「「「わーーーー」」」
「え!? あ、おいっちょっとやめろって」
カールが子供たちの言う「ゆきせんせい」を止めようとしていたら、彼女の周りにいた一人のガキ大将的な子供が他の子供に指示を出してきて、カールは子供たちから石を投げつけられる。
「みっみんな、人に石投げちゃダメだって! ほら、こうきくんもダメ!」
「えーだってこのひとゆきせんせいいじめてるよー?」
「でもダメなの!」
さすがに子供たちが良くないことをしているので、ゆきせんせいはそれを叱る。叱られた子供たちはそれぞれぶーぶー文句を言いながら渋々石を投げる手を下ろす。
しかし、こうきくんというガキ大将的少年は、それで大人しくするたまではなかった。
「おまえなんてわるいやつ! ばーかばーか! うんこやろー!」
あくまで子供の語彙力のない罵倒文句である。
しかし、”うんこやろー”とまではさすがに言われたことないカールもこれを見過ごすことは出来なかった。
「お前、子供のくせに生意気だぞっ。お前の顔にうんこ塗ってやるからなっ」
仮にも18歳の王子である。これを城の側近や世話係などが聞いたら呆れるだろう。
実際、おとぎの国などまったく無関係のゆきせんせいも、本気になって子供に悪態吐くカールに呆れてしまっていた。
お察しのいい人はもうお分かりかもしれない。
”ゆきせんせい”とは梅乃や夏海と仲の良い友達、森山由希のことである。
由希は大学オーケストラに所属しているが、それとは別にやっている活動があった。
それは幼稚園・保育園の手伝いだった。
教育学部の由希は特に幼児教育や初等教育に興味関心があり、将来もそちらの就職を考えている。そのための準備として、大学の講義がない時間や休日を利用して大学の近くの幼稚園や保育園の手伝いをしていた。それでなくても子供は好きなので、子供に関われるお手伝いやアルバイトは色々やろうと考えていた。
今日は保育園のボランティアの日で、午後の時間としてホビット公園に遊びに来ていた。しかし、一緒に引率していた保育士さんが園に忘れ物をしたらしく、取りに行っている間由希は子供たちの面倒を任されていた。
子供の面倒を任された由希は、公園のベンチの周りに子供を座らせて、持ってきたリンゴを剥きながら絵本を読み聞かせようとしていた。
カールがその場に登場したのはちょうどそんな時だった。
「おい、あんたそれやばいぞっ」
突然聞こえてきた声に、由希も子供たちも何事かとそちらを見る。
まぁ、見れば座った子供たちの後ろにカールが立っていたわけだが、このとき由希とカールは初対面。
最初由希からすれば、なんとなくまだあどけなさが残るかっこいい顔の欧米人に突然話しかけられたドキドキはあったのだが、そのカールの様子が尋常じゃなかったので、すぐに冷静になれた。
「……やばいって何が?」
由希はリンゴの皮を剥く手を休める。
「そっそれだよそれ! そんな危ないもの子供に食わせるのかっ」
カールは由希の手に持つリンゴを指差しながらわなわな震えている。
しかし子供たちはぽっかーん。当然由希もだ。
「あ……危ないって、ただのリンゴだよ?」
「ああああああっ言うなっ口にするのも咎められるっ」
「は……?」
カールは”リンゴ”というワードが聞こえた瞬間、両耳を塞いで喚いた。
さすがに由希はカールを不審に思った。
まったく、いきなり話しかけてきてはリンゴを子供に食わせるなとか、いきなり喚くとか、その美しい見目姿とは一転とんだ迷惑者である。
しかし、いきなりそんな迷惑なことをするのに何のメリットがあるのかと、由希は考えを巡らした。そしてある考えにたどり着いた。
「ねーねーゆきせんせい。このひとなんなんですかー?」
子供の一人がカールを指差して尋ねた。
「多分ね、この人は今からみんなに読むおはなしの人になりすましてるんだよ」
と由希は用意していた絵本の表紙をみんなに見せた。
それは果たして偶然か必然か、「しらゆきひめ」だったのだ。
「うあああああっっそれはもっとだめだっっ」
が、しかし、カールは更に喚きだした。全身が震えていた。
だがそんなカールはお構いなしに、子供たちは盛り上がる。
「じゃああのひとはおうじさま?」
「そうだよきっと! めちゃくちゃかっこいいもん」
と女の子たち。
「いや、あのひとなんかへんだからこびとじゃない?」
「こびとだとだれかな?」
と男の子たち。
「やめてやめてやめてくれーっ小人とか言わないでっ」
と、カールは頭を抱えながらその場にしゃがみ込んだ。不審者以外の何者でもない。
しかし、カールは突然むくっと立ち上がると、無言で由希のところまで来た。
それが真顔だったため、謎の威圧感があって少し恐ろしかった。
そして由希の手の中から「しらゆきひめ」の絵本を取り上げた。
「え、あ、ちょっと!」
いきなり取り上げられて焦った由希だが、カールがその絵本を開いたため、代わりに読んでくれるのかと思いこんでしまった。
しかし、その思いこみを裏切るかのように、カールは忌々しげな顔でその絵本を投げ捨てた。
「ちょっと、何するの!?」
さすがにこの仕打ちはひどいと思って由希は手を張り上げた。
しかしカールが由希の前に手を出して制してきたので、一瞬言葉噤んでしまう。
「なぁ、みんな白雪姫の話知りたいんだろー? 聞きたいだろ? 俺が代わりに話してやるよ」
カールは由希を制したままの状態で、ベンチの周りに座る子供たちに向かって言う。
一連の二人のやりとりを見ていた子供たちは、それこそハラハラする子もぽかんと眺めている子もいたが、カールが子供たちに向けた顔が優しげなお兄さんというような顔だったため、子供たちはきゃっきゃと再び盛り上がった。
由希も、この男を不審に思うものの、この様子を見て不承不承に投げ捨てられた絵本を拾って大人しくベンチに座った。
しかし、カールがした話はまたもや由希の期待を裏切るような内容だった。
「白雪姫っていうと可愛くて優しい女の子って言われているけどな、あれはとんだバカ女なんだ。ちょっとその気になって小人にちやほやされて、そんでもってちょっとその気になって毒リンゴ食っちまって、さらにちょっとその気になって王子と結婚したけど、結局は小人とやり合うビッチ――――」
――――――――ぱんっ。
「あなた最低。いきなり出てきて絵本捨てて、そんな最悪な話を子供に聞かせようとする」
気がつけば、カールは由希に頬を平手打ちされていた。
カールは何が起きたのか分からず、その場で固まる。
子供たちは何が何でこうなったのか分からず、黙りながらその様子を見守ってた。
由希は手早く絵本とリンゴを片付け、子供たちの手を引きその場を離れようとする。
「みんな、怖いね。早く逃げよう」
由希の雰囲気がいつもの優しいゆきせんせいじゃなくなったため、子供たちはきちんと言うことを聞き、そぞろに立ち上がりその場を去っていく。
その時点になってようやくカールは自分のしたことを自覚した。
そもそも、この公園にはカールの恐れているものが溢れていた。
リンゴ、「しらゆきひめ」の絵本もそうだが、幼児たちを見るとあの小人を思い出すのだ。
じゃあ何故この公園に入ったんだという当たりから謎なのだが、そんなカールの恐怖症に何も知らない女の人と子供が振り回されかけたのである。
とんだ迷惑者だった。
見ればまだ彼女たちは公園の入り口までたどり着けていなかった。
カールは謝罪するためにそれを追いかけた。
そして冒頭に戻るのである。