40.お花見 with おとぎメンバー
40.お花見 with おとぎメンバー
沼男さんの水泡のおかげで人の目を気にしなくて良くなったため、テオたちもこちらに呼んだ。
ハンスは器用に女の子たちを遠ざけて来たが、テオは上手く撒くことが出来ず結局カリムの瞬間移動で助け出された。フリードといえば女の子たちに冷たく接していたので、普通にこっちに来れたけれど、かなり機嫌が悪かった。場所取りの人選のことについて私にぐちぐち言ってきたけれど、無視無視。
とありえずある程度人が揃ったところで、ブルーシートを敷き、バーベキューコンロを置き、それに炭を敷いてチャッカマンで火を付ける。そして火が起こるまでうちわで仰ぐのだが。
「――――うわっちょっとこっちに仰がないでよっ」
「ほらほらー。遠慮するなってー」
「遠慮じゃないからっ」
と、カールがフリードに向かって内輪を仰ぐ。当然仰がれて吹き上がった炭がフリードに降りかかる。と同時に私やテオにもかかっているのだけど。
テオは私の横で嬉々として内輪を仰いでいる。カリムは沼男さんと何やら話し込んでいる。ハンスは舞い上がる炭から避難してブルーシートの端っこに座っている。手伝う気皆無だ。
そうこうしているうちに、切った食材を持ってアサドたちが来た。
「あれ? 沼男じゃーん。おひさー」
と、カリム同様アサドも沼男さんに軽く挨拶をする。それに対し、沼男さんは「ご無沙汰でやんす」とハイタッチをする。
てか、ハイタッチは一体何なんだ、と突っ込みたい。
河童だからもっと古風な感じだと思ってたのに、色々と予想を裏切られたよー。
「よし、みんな揃ったね。じゃあ焼いていくよー」
私はトングを片手に網の上にお肉と野菜を並べる。
食材のことは完全にアサドとクリスとハインさんに任せていたけれど、どの食材もどこで買ったんだ!っていうくらい新鮮すぎるものばかりだった。お肉も牛・豚・鳥と一式揃っていたが、スーパーのバーベキュー用肉とかじゃないあたり、結構いいもの使っている気がする。普段の朝食もスーパーの味って感じがしないしな。
私が食材を焼いていると、アサドとカールとテオが手に焼き肉のたれの入った皿を持って目を輝かせそれを見る。クリスとハインさんはほうほうというようにそれを眺め、フリードは何故か網の上をずっと眺めている。ハンスは相変わらず炭火から離れたところにいる。
「ほらお肉。置いてくよ。あと野菜も乗せるね」
焼けた肉と野菜をみんなの皿に乗せていく。その様子を見計らって、カリムはいったん沼男さんとの話を中断し、こっちに寄って来る。ハンスは「俺のは梅ちゃんがよそってくれるよね?」と言ってきたので、逆らえない私は渋々ハンスの皿に肉を乗せていった。
次の食材を並べていると、アサドが横から私の皿に肉をよそってくれる。
「いただきますはみんなでしないとね」
と、こちらに嬉しそうな笑顔を向けて。
沼男さんにアサドたちが作ってきたおにぎりを渡すと、とりあえず一通り食べる用意は出来た。
まだ次のを焼いてはいるが、一旦みんなブルーシートに腰を下ろす。
「じゃあ梅乃ちゃん」
「おっけい。それじゃあみんな、揃ったかな? それじゃあかん――――」
と、そこで何かが足りないことに気がついた。
お酒だ。
大抵バーベキューするときはお酒もセットで、食べるときは乾杯で始まる。基本中の基本だ。
すっかり忘れていた。だが夕べのこともあるので私の口からは言いにくい。
「どうした? 何か足りないものでもあったのか?」
と、私の左に座っていたカリムが顔を覗いてくる。
ど、どうしよう。私からは言えない。向かいに座る人の目が怖いもの…………!
そんな私の心の声が聞こえたのか否か、沼男さんが手をぽんと叩いた。
「あ、分かりやしたぜ。お酒が足りなんだんすよ」
「「――――酒?」」
沼男さんがお酒のことについて言ってくれたが、一同は再び目を丸くした。
と思ったら、そのうちの一人アサドはやたらとにこにこしていた。
「梅乃ちゃん、ボクのことちゃんと褒めてよ。多分必要なんだろうなって思ってお酒色々持ってきたよ」
と、どこから出てきたのか、瓶ビール5本、ワインボトル3本、缶チューハイが6缶、梅酒1パックとソフトドリンク2本がクーラーボックスごと現れた。もちろん使い捨てカップ付きで。
さすが、アサド。このときばかりはアサドの察しの良いところに感謝する。
だがしかし、私にはそんな流暢なことを言う権利はなかった。
「…………あんた、夕べ粗相したのに本人いる前で飲むの?」
「お前は控えた方が良いぞ」
「てかやめとけ」
と、白い目を向けるフリードと普通に制してくるテオとやれやれ顔のカリム。
そうですよね、私はさすがに今日は自重した方が良いよね。
だけどこれには反対の声もあった。
「えー梅乃ちゃんのために缶チューハイと梅酒用意したのにー」
「梅乃飲まないのかー? 飲めよー」
「私も別にいいのではないかと思います。酔った梅乃お嬢様をフリードが介抱すればいいだけの話ですから」
「ハイン黙ってくれる?」
と、唇と尖らせるアサドと明らかに不満顔のカール。最後の一人はおかしなことを言っていたのでスルー。
クリスははらはらしながら私とハンスを交互に見ていて、沼男さんに至っては意味不明の状態だ。
一体私はどうすればいいのだ? 飲んだ方が良いの? いやでも自重した方が良いよね?
私はすべての決定権を握る向かいの男、ハンスに目を向けた。
ハンスは私と目が合うと、実に爽やかな笑顔を向けてきた。
「別に、飲みたいなら飲めば良いんじゃない? 勝手に飲んで勝手につぶれてくれる分には俺は構わないよ」
「ただし殴らなければな」と若草色の瞳が言ってきた。
「じゃあ梅乃ちゃん、ちょっとだけでもいいから飲もうよ。せっかくお花見なんだし」
アサドはハンスの言葉を自分の良いように解釈したらしく、私に缶チューハイを持たせてくる。
確かに、缶チューハイ1缶くらいじゃ酔わないけれど、いいのかな?
私はもう一度ハンスをちらと見る。
するとハンスはそれを察して高々とワインの入ったカップを持ち上げる。
「そうだよ。花見だし、昨日のことは考えないようにしよう」
ハンスは目を柔らかく細めてそう言った。どこか、その笑顔には私を見下したものが混じっていたが、今朝の件もあるし、昨日のこと無しにしてくれるという発言自体少々驚きなほど寛容な気もしたので、今日はそれに甘えることにする。
なんだかどんどんヤツに弱みを握られていく気がする。
というわけで、それぞれお酒を持ったところで仕切り直して。
「ではでは、それじゃあ乾杯っ」
「「「かんぱいっ」」」
一口チューハイを飲んだところで、私は再びバーベキューコンロの食材をひっくり返す。
お酒の話をしていたから、若干焦げがついてしまった。
「梅乃ちゃん、もう食べないの?」
「いや、こっち見ないと。本当はみんなでコンロ囲んで各自焼きながら食べるんだよ」
「あ、なるほど。じゃあボクも梅乃ちゃんと一緒にコンロ囲もう」
私がバーベキューとはについて説明すると。アサドがぴょんとブルーシートから立ち上がって私の右横に並ぶ。先ほど私が並べた食材を割り箸でつついている。
「じゃあ俺もそっちに混ぜてくれ」
と、相変わらず初めてのことで目を輝かせた状態のテオが私の前に立つ。テオはその場で焼けた肉を自分で取って食べている。
「おーじゃあ俺もなーらぼっ」
テオが私の前に来ると、今度はカールがその左に立つ。カールはテオが焼いていたお肉を横取りしてテオに殴られていた。
「ああ、僕もそれなら手伝うよ」
クリスがバーベキューコンロの側部に立って、みんなと同じようにその場で焼けたお肉を取って食べている。
「あ、それボクのだよ」
「え、ああああ」
「クリス兄、アサド兄の肉取ってやんのー」
「うああああ、、ごめんなさい。ごめんなさい」
「別にボクはかまわないよ」
「そうですよね。よくないですよね。アサドさんのお肉取るなんて、なんてことを」
お肉くらいでネガティブ発動しないでよー……。
と思ったら、ぺしっとクリスの頭をフリードがはたく。
「まったく、そんなことで凹まないでよ。鬱陶しい」
だが、フリードのいつもの悪態がクリスを更にネガティブにさせた。
「うぅぅ……そうだよね。すぐ凹むからダメだよね」
「えーと……クリス? ほら、アサドも気にしてないし、新しいお肉食べて気を取り直そ?」
ネガティブのどん底にはまる前に、クリスの皿にお肉と野菜を乗せて何とか宥める。
するとクリスはうるうる涙目を私に向けてきた。
そんな甘い王子様顔で目元をうるうるさせないでいただきたい。
「梅乃さん……こんな僕に……ありがとう……!! 君は天使だ……!!!」
なんて、涙目で太陽のように微笑みかけてくるので、もう眩しくて直視できない。
ある程度食の方が落ち着いたら、みんなブルーシートの上に座ってすべて焼いてしまった肉や野菜をつまみにしながらお酒を飲んでいた。
先ほどまではずっとバーベキューに夢中だった一同は、その段階になってようやく満開の桜を見上げた。
「ふぅー食べながら桜は堪能できないんだなー」
「争奪戦だったしな」
「はて、みんな沢山食べるよね……」
カールが缶チューハイを飲みながら桜の木を仰ぐ。テオはふっと鼻で笑いながらつまみを口に運ぶと、肘でクリスの肩をつつく。クリスはバーベキュー争奪戦では完全に弱者だったのだ。
「それにしても皆さん方、とても楽しんでやんすな」
と沼男さんだ。みんなの楽しんでいる姿を見て感心感心といった表情だった。
「まあな。何せ俺ら、初めての花見なんだ。そりゃあ楽しむさ」
池の柵に寄りかかりながら、カリムと沼男さんがビール片手にしみじみとそういう会話をしていた。
その下で、ハインさんとフリードがまたいつもの不毛な会話をしていた。
「ほら、フリード。梅乃お嬢様にもっとお酒を注いで差し上げないと、梅乃お嬢様を酔わすことは出来ませんよ」
「そんなことしないし、それに酔ってるのはハインの方だろ」
と、フリードの手に無理矢理梅酒を持たそうとするが、ハインさんはワイン3杯で大分顔が赤くなっていた。この人は完全に悪酔いだった。
……私も昨日はあんな感じだったのかな?
そんなことを思っていると、右からカップが突き出された。
そっちの方へ顔を向けると、ハンスが目を細めて顎をしゃくった。
「ワインを注げ」だって。
はいはい、従いますよ
私は大人しくハンスのカップにワインを注ぐ。
さっそく「なんでもする」が発動されている。
言い出したのは自分だから仕方ないけど。
「ふ、今日は本当にちゃんと従うね」
とハンスが露骨に皮肉っぽく言ってくる。
「自分で言ったからね」
ハンスに関してはもう色々と諦めようと心の中で思った。
まぁアサドも言ってたことだし、きっと呪いのことは大丈夫だよ、うん。
私はハンスのワインを注ぎ終わると、左に座っているアサドを見上げる。
アサドは私が見上げたのと同時にこっちを見下ろしてきた。
金色の瞳が相変わらず愉快そうだ。
「そういえば、ボクたちと一緒に住み始めて明日でちょうど1週間になるけど、どう? 続けていけそう?」
アサドは手の中のワインを揺らしながら聞いてくる。
続けていけそう?なんて質問してくるけど、きっとアサドにかかったら無理と言ってもこの生活が続くだろうな、と思う。
だけど――――。
私はみんなを見渡した。
今週の月曜日に突然指輪とランプから人が出てきて何事かと思った。
まさかアラジンの魔神が実在するとは思わなかった。
それからというものの、どんどんファンタジーの世界にはまっていくようだった。王様だったのにヒモ男に成り下がった好奇心旺盛なテオデリック、同じ部屋で寝泊まりする仲にまでなった女嫌いのカエル王子フリードリヒ、かなり甘くて美しい美男子なのにネガティブで家事が得意なクリスティアン、相変わらず何を考えているのか分からない腹黒冷徹なハンス、生意気で口は悪いカールハインツ。さらにハインリヒさんはひたすら私とフリードをくっつけようとするし、魔神二人は隙を突いてはセクハラしてくるしで、静かだった一人暮らしが一気にうるさいものに変わった。
だけど、なんだかんだでみんないい人だし(一人を除いて)、朝ご飯を一緒に囲んだり「ただいま」「おかえり」がある生活っていうのは、初めて知り合った人だとしても、なんだか心が温まる気がして悪くない。それに賑やかで寂しくなくて、安心もする。
正直言ってこの1週間、なんだかんだ言いつつも楽しんでいた。
――――まったく、夏海がドバイで指輪とランプを私向けの誕生日プレゼントとして買っていなければ、こんなことにもならなかった――――
そんなもらったものなのに失礼なことを、今週の月曜日には思ってしまっていた。
だけどそれは良い意味で今私の心に広がっている。
――――夏海があのとき買っていなければ、私は彼らに会うこともなかった――――
本当に偶然のめぐり合わせ。
それで出会えた縁なのだから、最後まで見届けようと思う。
私はアサドの金色の瞳を見上げて、大きく頷いた。
これで第1章は終わりです。お付き合いいただきありがとうございました^^
お気に入り登録していただいた方、そうじゃない方も読んでいただきありがとうございます。




