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捨てられた王子たち  作者: ふたぎ おっと
第1章 おとぎの国からこんにちは
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3.更に軽くなった?

3.更に軽くなった?



 楽器を弾いている時間はあっという間に過ぎていく。


 2時間半も設けている全体練習の時間は、先ほど時間押し気味で終わった。本当にあっという間だ。

 それもそのはず、7月に控えている定期演奏会では、ストラヴィンスキーの「火の鳥」をやるっていうんだから、練習も一筋縄ではいかない。これは相当難しい曲なのである。


 ちなみにオーケストラというと、バイオリンとかトランペットとかフルートなどが華々しく美味しいと思われがちであるが、私はそのどの楽器でもなく、チェロを弾いている。

 というのも、チェロはここぞと言うときに単独でメロディを弾いたりもするし、伴奏としてはなくてはならないときもある臨機応変型の楽器で幅が広く、色んなポジションを楽しめるからだ。

 そんなこと、現在のコンサートミストレスの彼女には理解されないが。


「梅乃、チェロもっとどうにかしてくれない? あなたは文句ないんだけれど、後ろが揃ってないわ」


 練習が終わって片付け始めているところに、バイオリン片手で美麗が言いに来た。


「確かにそれは感じたけど、休み明けにしては揃ってた方だと思うよ」

「そんな、あれで揃ってると思っちゃダメよ。もっとちゃんと揃えてくれないと、私が折角コンミスするっていうのに、意識が足りないのよ」

 

 じゃあ意識させるようなコンミスになりなさいよ。とはさすがに言えない。



 現在のコンサートミストレス、藤原美麗ふじわらみれいは私たちと同期で、法学部のお嬢様。身長は163cmですらっとしていて、背の中ほどまで伸ばされたストレートな黒髪は、艶と潤いが素晴らしい。目もぱっちりの猫目で、いわゆる眉目秀麗ってやつ。これが頭もよくて家もお金持ちだから、端から見れば完璧な人間なのである。性格を除けば。

 恵まれた家庭に育ったためか、あらゆる競争に勝ち続けてきたからか、かなりの自信家で負けず嫌い。自分がわざわざ周りに合わせる必要がないと心の底で思っていそうで、さっきの発言もそこから来ているのだろう。



 美麗は言いたいだけ言って、優雅な足取りでバイオリンを片付けに戻った。私の左でそれを見ていた夏海が「コンミスの意義をはき違えてるけどね」と呟く。ちなみに夏海はヴィオラを弾いている。


「はぁ、コンミス何で美麗になったんだろう。ちょっとでも音がもたつくと、睨まれてるような気がしてあたし最近吹くのいやなんだよね」


 と、私の右で由希がクラリネットを片付ける。人数いる弦楽器はともかくとして、一人二人ずつしかいない管楽器の人からすれば、美麗のやり方はまずいんだろう。



「おーお前ら」



 美麗への不満で、3人してあまりよろしくない雰囲気を放っているところに、それを払拭してくれそうな声が聞こえる。振り向けば自分の楽器を片付け終わったトロンボーンの4年生の柳さんだ。


「今日このあと飲みに行くけど、お前らいくか?」


 私たちはお互いに顔を見合わせる。

 

「あたしさすがに昨日の今日で疲れてるんで、やめておきます」


 と夏海。時差ぼけの頭にお酒となると、ますます生活リズムが崩れそうだ。


「すみません、柳さん。私、新歓演奏会のプログラムの追加を任されてて、今日中にやっちゃいたいんです」


 と、私。新歓演奏会はもう今週末なのだ。できる仕事は早いうちに終わらせたい。


「なんだよつれねーな。よし、森山は行こうな」

「え? 決定なんですか? いいですけどね?」


 と、有無を言わさず由希は行くことになった。どことなく由希の頬はほんのり赤い。密かに柳さんに恋してるのだ。これは私も夏海も邪魔しちゃいけない。


「よし、じゃあ他のやつらが揃ったら行くか。森山先に行ってろ」

「はーい。梅乃、夏海、またね!」


 と、由希はいつもの明るさに嬉しさを交えながら、他のメンバーと一緒に先に練習場の講堂を出る。


 私と夏海もさて外に出ようと鞄を背負う。



 ――?

 やっぱり気のせいじゃない?


 昼過ぎカフェテラスを出るときに感じた違和感を再び覚える。やっぱり軽くなってる? それも昼よりも明らかに軽いのだ。


 私は鞄の中をもう一度確認する。


 いきなり立ち止まって鞄を漁るものだから、まだ残ってた夏海も柳さんも様子をうかがってくる。


「梅、どうしたの?」

「なんかなくしたのか?」


 私は首を横に振る。何一つなくしてないし、中身は変わってない。だが、この違和感をどう説明しようか。

 私は二人に自分の鞄を差し出す。


「ちょっとこれ持ってみて」


 そう言うと、まず夏海が私の鞄を受け取る。すると受け取った瞬間、夏海の腕ががくっと下がる。

 あれ? その反応は……。


「ごめん、梅。今日こんなに重い荷物だと知らずに更に重いプレゼント渡しちゃったね」


 ……え? 重いの?


「どれ、貸してみろ。あぁ、ホントだ。佐倉、お前いつもこんな荷物なのか?」


 ……え? え? 二人の反応が、予想してたものと違っていたため、私は更に疑問に包まれる。


「えっと、それ重く感じますか? 私にはめちゃくちゃ軽く感じるんですけど…」


 私がそう言うと、二人は顔を見合わせて、変な顔になる。こいつ大丈夫かという色合いが瞳に浮かぶ。

 あれ? 私がおかしいの?


「それは梅、あんたいつもチェロなんて重いの背負ってるからじゃないの? 何無駄に力自慢しようとしてんのよ」

「佐倉、今日そんなに顔色良くないぞ。何か悪いもんでも食べたか? 無理して今日プログラム作りやらずに早く寝た方がいいぞ」


 と夏海は少しからかい気味に、柳さんは真剣な面持ちで言ってきた。なんだかこのままこの違和感を訴えようとしても、二人には伝わらない気がする。


 そうだ、きっと今日何かがおかしいんだろう。春休みボケをしているのかもしれない。案外こういうのは無自覚に起こるものなのかな。


 無理矢理にでも自分にそう納得させないと、この現象が説明できない気がした。


 もういいや早く帰って寝よう。

 そう思って私は帰路についた。


 この後、更に不可解な出来事が起こるとは知らずに――。



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