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捨てられた王子たち  作者: ふたぎ おっと
第1章 おとぎの国からこんにちは
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32.新入生歓迎会

32.新入生歓迎会


 入学式が終わった後は、入学式会場は帰る新入生とそのご父兄、「入学式」の看板の前で写真を撮ろうとする人混みでいっぱいになるが、サークルのビラ配りをする人も負けていない。

 通路の端と端によって新入生にビラを配るが、大概そのビラ配りの犠牲者となるのは、適当にどこかのサークルの1枚目をもらってしまった子たち。

 大学のサークルと言えども、道をふさがるようにビラを配る人に対して、それを無視する子も結構いるため、ある一人がある1枚をもらうと、他のサークルの人たちもその人なら受け取ってくれると思い、何枚も何枚もその手にビラを重ねる。

 去年、オケのビラ配りをした身ではあるが、正直ああいうのって新入生からすると家に帰ってゴミ箱行きなんだよね。

 でも、当然中にはきちんと読んでくれている新入生もいて、そういう子たちの何人かがサークル説明会や新入生歓迎会に来てくれたりする。


 我が、大学オーケストラも例外ではない。

 

 夕方から始まった新入生歓迎演奏会には10人を超える子たちが聞きに来た。日頃の美麗のスパルタな練習のためか新入生に良いところを見せたいがためか、今日はなかなかの出来映えだった。


 その後は歓迎飲み会。と言っても、新入生のほとんどは未成年なので、彼らにはジュースを飲んでもらう。こっそりお酒も入れたりもするけれど。

 さすがに今日入学式があったばかりなので、今日は演奏会だけで帰る新入生が多く、飲み会に残った新入生は5人。

 そのうちの一人はお酒が飲めない未成年な新入生ではなく、落ち着いた大人の雰囲気を醸し出すその辺ではお目にかかれないほどの美形のハンスだ。

 そして歓迎飲み会会場では、ハンスが主役となってしまっていた。


「前の練習でも思いましたけど、ハンスさんフルート上手ですよね~」

「ありがとう。これでも結構長くやってるんだ」

「ハンスさんてデンマークから来たんですよね? コペンハーゲン一回行きました! 人魚の像見ましたよ」

「あぁ、あれいいよね。ロマンを感じる」

「ハンスさんてスカウトとかされなかったんですか~? こんなにイケメンさんなのに」

「あはは、大げさだよ」


 学生が宴会するのによく使われる居酒屋の2階の奥の和室。

 そこには左右に2列の長机が並べられていて、その左側でハンスとオケの女の子たちによるこんな会話が繰り広げられていた。

 それに興味がない上の人、男性陣、それからハンスのせいで居場所をなくしてしまったかのように身を縮こませる他の新入生4人は、右側の机に固まってそれを眺めていた。


「はー、やっぱりすげーな。女の子独り占めだ」

「まぁあれだけイケメンさんだと仕方ないよね」

「仕方なくなんてないですよ。ごめんね、上の人たちがあんまり相手しなくって」

「あ……いえ」


 当然私はハンスの取り巻きになるつもりは毛頭ないので、右側の机を囲んでいる。視界に入らないように左側に背を向けながら。

 私が囲っている机には、左右と向かいに新入生、斜め右側に柳さん、左側に曜子さんが座っている。残念なことに夏海も由希もあっち側に行ってしまっている。

 左側にも一応新入生がいるのだが、あの女の先輩たちのミーハーっぷりに若干引いている。


 本当に折角新入生が来てくれているというのに、このもてなしの温度差。私の隣にいる新入生も若干引き気味。無理はないと思う。

 まったく、これで新入生たちの中でのオケの評価が下がったらどうするんだ。

 私は若干いらいらしていた。


 というか、みんなハンスの顔に惑わされすぎだ。そいつは顔だけの冷徹野郎なんだぞ。

 ハンスもハンスでちやほやされてしまって、この会が何のためのものか思い出してほしい。

 あくまで「新入生」歓迎会なのだ。

 それをまったく歓迎できていない現状をちゃんと見ろ。そして歓迎できてない原因が自分だと言うことを知れ。


 なーにがロマン感じるだ? なーにが大げさだ?

 コペンハーゲンどころかデンマーク自体どこにあるのかすら知らないくせに。

 そもそも人魚にロマンなんて微塵も感じてないくせに。てか嫌ってるくせに。

 自分が女の子からどう思われてるかは分かってるくらい、自分の顔が美しいと分かっているくせに。

 少し微笑めば女の子はいちころだ、なんて思ってるくせに。


 すると、私の左側で引き気味だった新入生は徐に机に出していたスマートフォンを鞄にしまい出す。


「あ、私、親が待ってるので、そろそろ帰ります」


 と、帰る準備をする。すると私の右の子も向かいの子も、「じゃあ私も」と言って帰り仕度をする。


「あー、こんな会でごめんな。本当はもっとちゃんともてなすつもりだったんだけど、こんなことになるとは思ってなくて。もし興味あるなら、ここに連絡してくれ」


 と、柳瀬さんが新入生たちに自分のLINEのアドレスを教える。新入生たちもその場で柳瀬さんのアドレスを登録する。

 「お会計は大丈夫だよ」と曜子さんが手をひらりとふると、新入生3人は揃いも揃って出て行ってしまった。

 一人はまだ犠牲中。



「はぁ、呆れるわね。私、今日ここに来た意味がないように思えるんだけれど」


 と、美麗。

 美麗は左側ではなく、右側の机で曜子さんの向かいに座っていた。

 オーケストラの大きい演奏会後の打ち上げ以外の飲み会では、美麗はめったに飲み会に姿を現さないのだが、今はコンサートミストレスであるため、新入生に色々と説明する要因として今日は参加している。


「私は美麗があっち側じゃないのが意外」

「失礼ね。確かに彼、素敵だとは思うけれど、貼り付けましたっていう様な笑顔とあの口ぶりがうさんくさいじゃない」

「美麗、あんた意外とちゃんと人を見てるのね」

「あなた、本当に失礼よね」


 オケに入って3年も月日が経つのだが、今日初めて美麗と分かり合えた気がする。

 ハンスの笑顔が偽物だということに気がつく女子って言うのはなかなかいないのかもしれない。というのも、ハンスが美しすぎるから。

 だけどそれをたった数回で見抜いた美麗は、案外観察眼があるんだな。

 …………いや、実は美麗が笑顔を貼り付けて人と対峙するのを見たことがあるのだが、これは同族嫌悪ってヤツなのか?

 でも美麗の場合、口調はきついけど言いたいことをストレートに言うため、まだいい。

 ハンスはその笑顔に色々と隠していたりするからな。




「ハンスさんって彼女いないんですか~?」



 私が右側の席でそんなやりとりをしていると、左側の女の子の中からそんな質問が飛ぶ。

 これには柳さんも曜子さんも少し興味津々といった様子だ。


「彼女っていうのは恋人ってこと? うん、いないよ」

「じゃあ募集中なんですよね? ハンスさんの彼女立候補してもいいですか?」

「あ、私も」「あたしも」

「ははは、そう言ってもらえると嬉しいよ」





「なんか本当に王子様みたい」

「――ぶほっ」


 ハンスと取り巻き隊の会話を眺めていた曜子さんがぼそっと呟く。それが本当のことなので、思わず飲んでいたクーニャンを吹きこぼしそうになった。それを美麗が怪訝な顔で見つめる。


「だってあんな爽やかにさらりとあんなこと言えるのって、本当に王子様みたいだよね」

「完成されてるよな」


 と、柳さんと二人で感心しているので、私は思わず言ってやった。


「二人とも、騙されてはいけませんよ。あの男、実はバツイチなんですから!」

「「「え!!??」」」


 私が右側の人たちに向かって、いかにハンスが見た目通りのイケメンではないことを語ろうと最初にバツイチであることを言うと、それに反応したのは右側の人ではなくハンスの取り巻き女子の方だった。


 後ろにいた女の子たちが、私の肩を掴んで振り返らせる。


「ねえ梅乃、それどういうこと?」

「梅乃さん、それどこで聞いたんですか?」

「佐倉さん、それ本当なんですか?」


 と、私に質問してくる。

 いやいやいや、本人目の前にいるんだから本人に聞きなよ?


 そんな私の心の声が聞こえたのか、ハンスがにっこり笑顔のまま答える。


「バツイチって、なんのこと?」


 前言撤回。私の心の声はきちんとは届いていなかったようだ。

 確かに”バツイチ”なんてワードはおとぎの国にはないよね。


 それに対して周りの女の子たちが説明すると、再びにっこり笑顔のまま答える。


「うん、本当の話だよ」


 すると一同は「「えええ~~~~」」という声を上げる。

 「「えええ~~~~~」」じゃないから。ホントにホントの話だから!

 そしてサイテー野郎なんだから!


「何で奥さんと別れちゃったんですか~?」

「あ、奥さんが浮気とか?」

「どんな人だったんですか?」


 非常に女の子って言うのはそういう話を根掘り葉掘り聞こうとする。(私も人のこと言えないが)。しかし、ハンスの離婚話を聞くというのは、その分ハンスのイメージをだだ下げることと同じだ。

 私は心の中でほくそ笑んだ。


 しかし、私の予想通りにはいかなかった。


「俺の命の恩人で、とても優しい人だったんだけれど、なんだか手に負えないくらい心を病んでしまってね。俺も参っちゃって」


 と、笑顔のままだけれど、眉を少し寄せて目尻を少し下げ、遠くを見つめるような瞳を作れば、それだけで哀愁を感じさせた。そんな悲しげな表情を作るハンスに女の子たちは「はぁあ」と同情のため息。


「それは大変でしたね」

「世の中には女の人は沢山いますよ」

「次はきっといい人に巡り会えます」


 なんて、上っ面だけの言葉をハンスに投げかける。

 するとハンスは再びにっこりと笑う。


「そういう人に会えるのが待ち遠しいよ」


 と、言葉を添えて。



 ああ、もう、なんて野郎なんだ。

 なーにが手に負えないくらいだ?

 なーにが俺も参っちゃって、だ?

 手に負えないくらいに奥さんを追い詰めた原因はそもそもハンスだし、俺も参っちゃってなんて自分ではどうにも出来なかったかのように言うけれど、実際のところ呪いにかかった奥さんを不愉快に思って切り捨てたのもハンスだ。

 それできっといい出会い? 巡り会えるのが待ち遠しい?

 人魚の呪いについて深く考えもせずに?

 人魚姫や奥様が気の毒すぎる。


 ハンスは自分さえ良ければそれでいいという考えの持ち主だ。

 だから仮に新しい出会いがあったとして、その相手が呪いにかかってしまっても、自分に関係ないと思い続けるだろう。

 夏海だってありえないわけではない。

 確かにアサドの言うように人魚はこちらに来れないので、私に思いすぎなのかもしれないが。


 そんなことを考えていると、一昨日のやりとりを思い出して沸々といらいらが募る。

 ああいうやつには一発かまさないといけない。



「ハンスさん、次何飲みますか~?」

「んー、君たちのオススメは何かな?」

「え~っとぉ…………」




「せーっかく日本に来たんですから、日本酒飲まなくっちゃあいけませんよね?」


 女の子たちがメニューを悩んでいる間に、私が日本酒と猪口二つを持ってハンスの向かい側に割り込む。

 割り込まれた女の子たちは一瞬怪訝な顔をし、夏海と由希に至ってはぎょっとした顔をしていた。右側の人たちはどんな顔をしていたのか知らない。


 ハンスは向かいに座った私を見て目を丸くすると、再び爽やかなニセスマイルになる。ほらほら、綺麗な顔で目を細めているけれど、目はまったく笑ってないんだよ、この人。


「梅ちゃんが言うなら、それもらおうかな?」

「あ、ホントですかぁ? これ飲みます~?」


 さらりとハンスが手をこちらにかざしてきたので、私も若干猫撫で声で日本酒をハンスに見せる。

 周りにいる女の子たちは何故か黙ってそれを見守る。


「うん、もらえるかな?」

「分かりました。でも一つ条件があるんです」

「条件? 何かな?」


 それまでにっこり笑顔でハンスに向かっていた私は、口元をニヤリと歪ませて、睨んでいると周りに分からないようにハンスを睨む。






「――――私と勝負しませんか?」



まだまだ歓迎会続きます

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