31.一番の大人
最初は「白雪姫」のあらすじが入ります。
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31.一番の大人
<白雪姫>
むかしむかし、白雪姫という美しい女の子がいました。しかし、白雪姫が生まれて間もない頃に母を亡くしてしまい、新たに来た女王がとても意地悪だったため、とても虐げられていました。
その女王様は何でも質問に答えてくれる魔法の鏡を持っており、その鏡に向かってこの世で一番誰が美しいかを尋ねていました。すると魔法の鏡はいつも、女王様が一番美しいと答えていました。
しかし、月日が流れるごとに白雪姫は美しくなり、いつしか魔法の鏡までもが白雪姫がこの世で一番美しいと言うようになってしまいます。
それに怒った女王はなんとか白雪姫を殺そうと画策します。
初めは狩人。狩人に白雪姫を殺し、その心臓を持ち帰るように箱を渡しました。しかし、狩人に可愛い白雪姫を殺すことなど無理でした。そして女王の元から逃げるよう白雪姫に言います。
なんとか森の奥へ逃げた白雪姫は、一軒の小さな家を見つけます。なんとそこは小人のお家でした。帰ってきた小人たちに継母である女王が自分を殺そうとしたことを伝えると、優しい小人たちはここで暮らすといいと言ってくれました。そしてたいそう可愛がられ、幸せに暮らしました。
さて、邪魔者がいなくなったと思った女王様は魔法の鏡に再び尋ねます。しかし、魔法の鏡は死んだはずの白雪姫が一番美しいと言います。
白雪姫が生きていると知った女王は、直接自分が手を下すことを決意しました。女王は魔法の薬を飲んで、自分が女王だとばれない様に老婆へと姿を変えたのです。
老婆は白雪姫を訪ねると、白雪姫に絹糸で編んだリボンを見せました。老婆はうまく言って、白雪姫の髪をそのリボンで結んであげると言い、彼女の首をリボンで強く締め上げました。しかし、帰ってきた7人の小人たちがそのリボンを切ると白雪姫は目を覚ましました。同時に小人たちは白雪姫に家に誰も入れてはいけないと忠告しました。
城に戻って2度目の目論見が失敗に終わったと知った女王は次に毒の塗った櫛を仕掛けます。しかしそれもその場で白雪姫が倒れただけで失敗。
もう次こそ息の根を止めてやると、女王は一目見ると誰でも食べたくなるほど真っ赤に美味しそうに見える毒リンゴを用意しました。そして再び白雪姫を訪ね、うまいことを言って白雪姫にリンゴを囓らせました。すると、一口リンゴを囓ったとたん、白雪姫は倒れてしまいました。
帰った小人たちは白雪姫を助けようとしますが一向に目が覚めません。悲しみに暮れた小人たちは白雪姫をガラスの棺の中に寝かせました。
小人たちがガラスの棺を山に運ぶんでいると、一人の王子が通りかかりました。王子様は棺の中に横たわる白雪姫を見ると恋に落ちてしまい、小人たちにその棺を譲ってほしいと頼みます。小人たち最初拒否していましたが、王子が強く申し出ると、王子はその棺を譲り受けます。
棺を担いで城へ帰る途中、家来の一人が躓いてしいまいました。すると、その棺が揺れた拍子に白雪姫の喉に詰まっていたリンゴの欠片が口からこぼれ落ち、白雪姫は目を覚ましました。
それに喜んだ王子は自分の国へ連れ帰り、王妃として迎えました。めでたしめでたし。
(グリム童話より)
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「梅乃ちゃんは『白雪姫』の王子様についてどう思う?」
「どうって……そりゃあ何もしていないよね」
「むかしむかし」から始まるお姫さま系のおとぎ話では、起承転結の結の部分になってやっと王子様が出てくる話が多い。その最たる例が「白雪姫」だ。
あの世界的人気アニメ映画の長編映画第1作目となった「白雪姫」は、その中では最初に王子様と出会い、恋に落ち、そして最後に王子様のキスで目覚めるなんてロマンチックに描かれている。他にも「白雪姫」というとリメイク版が色んなところで作られているけれど、どれも王子様をある程度活躍させているのが多い。
だけど原作のグリム童話では、王子は最後の最後に出てくる。それまで活躍していた小人が大事に眠らせようとしているのに、死体で良いから譲れと強く申し出る。その上、キスすらせずに勝手に白雪姫が助かってしまう。
実際にこれがおとぎの国であった話であれば、たまたま死んでしまった美しい娘を無理言って譲り受けたらたまたま助かっちゃった、みたいな展開というわけなのだろう。
自分が白雪姫だったらどうだろう。そんな王子様に恋するかな?
「一応カールのために言っておくけど、あいつは生き返った白雪姫を無理矢理連れ帰ろうとしたわけじゃないぞ。ちゃんと目覚めた白雪姫はカールに恋をしたらしいからな」
「刷り込みみたいなものですけどね」
「言ってやるな」
私の疑問を感じ取ったかのように、カリムが一つカールのフォローを挟む。そこにハインがぽろりと毒を混ぜてきたのでテオがそれを窘める。
それにしても刷り込みで恋? 目が覚めたら美しい素敵な王子様がいたからってこと? それは何とも見かけで判断しすぎじゃないだろうか。ある意味「人魚姫」の王子様の勘違いと同じような感じだ。
――――「人魚姫」の王子様の勘違い?
そういえば、「人魚姫」の場合、勘違いしたことによってハンスの妻の座に就いた元奥様を怒り狂った人魚たちが呪いで追い詰めた。それでも人魚を信じないハンスを追い詰めようと、周りから徐々に呪いをかけている。
それじゃあこの「白雪姫」の場合はどうだろう。
たまたま白雪姫をもらい受け、運んでいたらたまたま白雪姫が生き返って刷り込みだけどお互い恋に落ちてカールは夫の座に就いた。
それに対して小人たちはどうだろう。自分たちが何より大事にしていたのに、颯爽と現れて連れ帰り、そしたら生き返って結婚。
「もしかして、そのカールが3回も殺されかけたって言うのは、7人の小人に?」
私が慎重に尋ねると、アサドは元々笑わせていた金色の眼を更に細めた。
その眼が「ご名答」と言っていた。
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最初はカールも白雪姫と結ばれてめでたしめでたしだったんだよ。
二人はお互いに愛し合っていた。
だけど白雪姫のそれはあくまで刷り込みのようなものだったし、カールも青かったから、実際はお互い恋に恋して愛し合っていると思っているような状態だったんだ。
まぁそれでも幸せだったから二人の間に問題はなかったんだ。
だけどね、小人たちには問題だった。
最初は「王子が白雪姫を生き返らせた」と色んなところで噂になっていたんだ。その噂を聞いた当初は小人たちは喜んだものらしい。だけどそれが途中で「キスで恋人を助けた王子」とか「カール王子武勇伝、姫の命を救う」などと世間では盛り上げられていって、仕舞いには「毒リンゴで結ばれた愛」などと二人の結婚が世に知れ渡っていったんだ。
これを聞いた小人たちは腑に落ちない状態。自分たちから無理矢理連れ去ったカールが白雪姫のすべてを守る騎士のように言われていたからだ。
更にその後小人たちは真実に触れてしまったんだ。本当のところ白雪姫が勝手に生き返っただけと言うことを。
白雪姫は王子に出会う前も沢山危ない目に遭っていて、それを自分たちが大事に大事に守り続けていたというのに、カールは特に何もしていないのに白雪姫の命の恩人。
その偽りの事実と嫉妬に、小人たちは7人が7人して怒り狂ってしまったのさ。
そして白雪姫を連れ戻そうと画策した。
怒り狂った小人たちだけど、とりあえずは落ち着いて、平和的に解決しようとして、カールと白雪姫宛てにそれぞれ手紙を書いた。
白雪姫宛に「また会いたい。帰ってきてほしい」と。
カール宛には「白雪姫を僕たちに返して下さい」という内容。
最初の手紙は丁寧な書き方だったので、カールも丁寧な文章で「返すことは出来ないけど、会いに来てくれればいい」という旨の手紙を返した。
思うような結果じゃなかった小人たちは、再び手紙を送る。
白雪姫宛には前回と同じ「会いたい、帰ってきてほしい」。
カール宛には「僕たちの白雪姫を返してほしい」という内容。
2通目もまだ丁寧さが残った文だったので、再びカールも丁寧な文章で「白雪姫はもう君たちのではない。だから返せない」という内容の手紙を返した。
再び思うような結果じゃなかった小人たちは、更に手紙を送りつける。
白雪姫には前回と同じ内容だけど、カール宛には「返せどろぼう。嘘つきの王子様」と、内容も直接的になり、文章も乱暴になる。
これを見たカールはさすがにおかしいと感じ始め、その手紙から返すのをやめた。
だけど、その後もその後も小人たちから手紙が送りつけられる。カールに宛てられる手紙の内容は、だんだんひどさを増していき、いつしかカールは小人からの手紙を受け取らなくなった。
いくらカールにひどい文章を送りつけようとも、白雪姫宛にはいつでも丁寧な文章でどれだけ自分たちが白雪姫に会いたいかを綴っていたので、きっと白雪姫は帰ってくるだろうと小人たちは考えていた。
しかし、白雪姫はいつになっても帰ってこない。
これはきっと王子が白雪姫をお城に閉じこめているのだと、小人たちは思った。
自分たちから白雪姫を奪い、閉じこめているカールを小人たちは完全に悪者と考えた。その悪者を自分たちで倒さなければという正義感にも駆られてしまった。
どうやってカールを倒そうかと考えていたところ、7人のうちの一番頭の良い小人が、かつて白雪姫の継母が白雪姫にしたことを王子にしてやろうと言い出した。そしていかに自分たちが白雪姫の危機一髪のところを助けたかを思い知らせてやろうと考えた。
まずその始めとして、小人たちは城に出入りする行商人になりすまし、王子の服の採寸を計る人のフリをした。
基本的にカールは純粋だからね、わざわざ商人を疑ったりなんかしないんだ。そのときも同じ。
だから油断したところをつかれてしまい、小人たちにリボンで首を絞められかけた。
行商人のふりをした小人たちは一目散に逃げたため、カールが兵士を呼んだときにはもう城から消えていた。そのため、その行商人の正体が小人だと知るものはいなかった。
行商人の正体をカールが知ったのは翌日。小人たちから手紙が届いたから。
小人たちの手紙には「大人しく白雪姫を返せ。でないと次はもっとひどい目に遭わせるぞ」と書かれてあった。
カールはすぐに小人たちを捕らえようと思ったけど、その手紙の下の方に書かれた文章を見て思いとどまる。
書かれてあったのは「僕たちを捕らえたら、お前が白雪姫に嫌われるぞ。なぜなら白雪姫は僕たちのことが好きだから」。
カールは思い悩んだけど、白雪姫に嫌われるのだけは避けたかったため、小人たちを捕らえることはやめた。
だけどそんな小人たちのもとへ白雪姫を送るわけにもいかないし、そもそもそんなつもりもないため、それには応じなかった。
その代わり、自分の警備の数を多くした。
計画が失敗に終わった小人たちは、次の計画に移る。次の計画名は「コーム計画」。コームとは櫛のことね。
小人たちは自分たちを信頼している白雪姫の元に毒を塗りつけた櫛を送った。「その櫛で王子の御髪をといてあげて下さい」と一緒にカードを添えて送ると、白雪姫は自分がその手にかかったにもかかわらず、迷わずカールの髪をその櫛でといた。
するとカールの体に毒が回ったのだが、一応王子教育として毒耐性を付けていたので、カールは何とか生き延びた。
そして白雪姫に櫛のことを問いただすと、小人の仕業だと分かる。
またもやこれは危険だと思ったカールは、小人たちを本気で捕らえようとしたけれど、再び小人からカール宛に手紙が届く。中にはリボンの時と同じような内容。
カールは再び葛藤し、小人たちを逃すことを決めた。それと同時に、白雪姫がこの期に及んで小人たちを信じ続けている事実に打ちのめされていた。
2度目の試みも失敗に終わった小人たちは、再び城へ忍び込み、カールの部屋に置かれているフルーツバスケットの中に真っ赤な色をした毒リンゴを忍び込ませた。それに気がつかず、カール付きの侍女がリンゴを剥きそれをカールに出してしまう。毒リンゴを食べてしまったカールは、毒の耐性があるため即死には至らなかったが、じわじわと体中が痺れだし、立てない状態になってしまった。
そのときカールは目にしてしまった。自分宛のメッセージカードを。
そこには「僕たちの白雪姫を閉じこめるから罰が当たったんだ。ざまーみろ」と書かれてあった。
さすがにカールもこれを放っておくわけにもいかず、瀕死の状態で兵士たちに小人たちを捕らえろと命令した。カールの側近もうすうすおかしいことに気がついていたため 小人を捕らえるのにそんなに時間はかからなかった。
しかし、リンゴの毒はすさまじいもので、死には至らなかったがカールはしばらく寝込むことになってしまった。
そんな折、白雪姫がカールの部屋に入ってきて、なんて言ったと思う?
「あなたは私の大切な友達を牢獄送りにした。そんな人とは知らなかった、失望したわ。私城から出て行くわ」と言ったそうだ。
カールが思い悩んでいる間、白雪姫はずっと小人たちの丁寧で優しい手紙を受け取っていたため、カールを殺そうとしたことを信じなかった。すっかり小人に洗脳されてしまっていたのだ。
白雪姫との愛を守るため、また白雪姫の身を守るために、葛藤に苛まれながらも自分の身を犠牲にしながらも尽くしてきたというのに、その当の本人から離れて行ってしまったため、、結局カールは小人を全員無罪で釈放したらしい。
その後、白雪姫は小人たちの家で幸せに暮らしたそうだけど、カールには深い傷が残ってしまったのだった。
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「――――以来、カールは櫛とリボンに恐怖症を抱いてしまっていて、リンゴに至っちゃ、白雪姫と出会った理由でもあるし、自分を捨てた理由でもあるから、見るのも嫌なんだって」
と、アサドは話を締めくくると、お茶をずずずと啜る。
正直、カールのエピソードはもっと軽いものだと思っていた。最後しか出てこなかったから、白雪姫が愛想を尽かしてしまった、というような。
だけど、今アサドが話してくれたことは、私の想像を超えてしまっていた。
度重なる不愉快な手紙と3回の命の危機、白雪姫と小人の間に知らないうちに挟まれてしまった葛藤、白雪姫の失望。
おそらく18に満たないうちにこれらのことが起こったのだろう。それも短い期間で。
それは一体、カールにどれだけの衝撃を与えたのだろうか。
櫛恐怖症とか、リボン恐怖症とか、そういうレベルでなくカールは打ちのめされてしまったのではないだろうか。
あの生意気な笑顔の下に、そんな過去が隠れているとは思わなかった。
安直にカールに質問した自分を後悔する。
だけど、同時に思ったことがある。
「…………そんなことが起こったのに、カールは明るいよね」
ぼそっと、小さい声で思ったことをこぼした。
正直、それ以外の言葉は、なんだか薄っぺらいものになりそうだったからだ。
横でテオがふっと笑う。
「本当はどん底まで落ち込んでいたみたいだが、そんな折りにこっちへの留学の話が舞い込んできたらしい。傷つき果てた心を癒すためにカールはその話に乗ったそうだが、同時に新しい生活だからとなんとか気持ちを入れ替えたそうだ」
「フリードも一緒だったから乗ったんだってさ。カールはフリードのことを兄のように慕ってるからね」
「まぁ、お隣の領ですから」
それにしても、そんな悲惨な出来事が起きた後だと、それこそ人嫌いとか人間不信とか女嫌いとかになりそうなものだし、ネガティブや自己嫌悪に苛まれそうだが、今朝昨日一昨日と見たカールにはその片鱗は伺えなかった。
というより、人に甘えた素振りがやや目立つのは、そういう過去があったからなのだろうか?
でも、人を拒絶するより甘えてくれる方が、カールとしてもいいだろう。
傷つき果ててしまっても、それで悪い方向に変化したりはせず、人が好きで信じることの出来る、まっすぐで純粋な心を持ち続けていられるカールは、実は誰よりも大人なんじゃないかと思った。
わがままで甘えんぼで口の悪い生意気カール。だけどその裏に隠れたものを、意図的にか無意識にかは分からないけれど、微塵も相手に感じさせない明るさが、カールのいいところだと思う。
せっかくこっちの世界に来たのだから、その心の傷もすっかり癒えて、本当に心から明るく振る舞えるようになってほしいな。
「――――で、梅乃ちゃん、ボクから一つ提案があるんだ」
少し空気を入れ換えるかのようにアサドが切り出してきた。
「提案?」
「そう。というのも、明日土曜日だよね? 予定ある?」
「いや、ないよ」
「そう、じゃあ――――」
アサドはゆっくりと満面の笑みを作る。
「――――明日、お花見しよう」