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捨てられた王子たち  作者: ふたぎ おっと
第1章 おとぎの国からこんにちは
31/112

30.櫛恐怖症?



30.くし恐怖症?


 翌日は入学式で新入生以外は全講義休講。

 なので朝は部屋でゆっくり過ごしていたのだが、ドアを破らんかと言うほどのノックが聞こえてきた。

 開けるとカールがスーツ姿で立っていた。その後ろには呆れ顔のフリード。


 カールは年相応ににかって笑う。


「どう? これこっちの世界の正装なんだろー? 俺なかなか似合うと思うんだけど」


 と、ブレザーの襟元を両手で正す。

 どうやら初めて着たスーツを見せに来たらしい。


 普通の大学1年生が着るような黒のリクルートスーツではなく、濃いブルーをベースにしたスーツはうっすらとストライプが入っていて、近くで見ると良い素材を使っていると言うことが分かる。遠目で見たら光沢を放つだろう。

 それに包まれたカールはというと、やはり元がかっこいいので当然似合っているのだが、昨日一昨日と見たあどけなさはすっかりなりを潜め、精悍で美しい男性に見える。「馬子にも衣装」とかいうレベルではない。

 これで英国王室とかにいても違和感がない。


 口は悪くて生意気だけど、こうして嬉しそうに見せに来るところを見ると、なんだか弟が出来たみたいで可愛い。

 きっと初めて結んだであろうネクタイが歪んでいたので、私は直してあげた。


「似合ってる似合ってる」

「む。梅乃思ってないだろー」

「思ってるって」


 疑うように顔をしかめてきたのだが、私はカールの頭を見て「あ」と思いだして部屋に物を取りに行く。

 取りに行った物は櫛だ。

 カールのショコラ色の髪はかなり癖が強いけど、少しそれが絡まっているように見えたので直してあげることにする。


 櫛を取ってドアの前で待っていたカールのもとへ戻ると、何故かカールは後ずさった。


「? どうしたの?」

「なっ何しようとしてるんだよ?」

「え? 髪絡まってるから直そうと」

「いっいらないよっ。あ、俺、もう行くから、じゃあなっ」


 カールは、さっきまでの嬉しそうな様子はどこへやら、少し青ざめた顔をしながら徐々に後ずさる。キョリがある程度開いたところで、ばばっと階段に向かって走っていった。


 私とフリードはぽつんとその場に残されてしまった。


「…………えーと、あれは何? どうしたの?」


 フリードはため息を吐くと前髪をかき上げる。


「カールは櫛恐怖症なんだって」

「は?」

「だから櫛恐怖症」


 櫛恐怖症? そんな恐怖症があるのか?

 櫛を怖がるだなんて、こども以下じゃないか。


「あんた、一緒に暮らすんだから覚えといた方が良いよ。カールの苦手な物」

「苦手な物? なに?」

「櫛とリボンとリンゴだ」


 櫛とリボンとリンゴ? どこかで聞いたことのある3単語だな。

 ん? リンゴ?

 そういえばカールって「白雪姫」の王子だったよね?


「ねね、それってカールの捨てられたエピソードに関わるの?」

「関わるというかそれが原因らしい。というか捨てられたって言ってやんないでよ」

「ふーん。じゃあ何でカール捨てられたの?」


 フリードは再びため息を吐くと、呆れた目で私を見る。


「そんな野暮なこと僕に聞かないでくれる? 知りたいならアサドにでも聞けば?」


 と言うと、フリードは肩をそびやかしながら自分の部屋に入っていく。

 まぁ、確かに人の失恋話を安易に聞くのは野暮だよね。それを話すのも野暮だ。人のそう言う話を安易にしないところは、フリードは本当に人間が出来ていると思う。


 ま、私はそんなこと気にしないので、アサドに聞きに行くが。




 階下に降りると、クリスもハンスもスーツ姿で出かけるところだった。


「あれ? 二人とも入学式だっけ?」


 問いかけると、クリスがにっこり笑って答えてくれる。


「うん、僕たちは留学生枠だけど一応大学院の1年生だからね」


 と相変わらずの王子様スマイル。


 クリスはグレーのスーツに黒の無地のネクタイを締めている。となりのハンスは黒のスーツに白のストライプのネクタイを締めている。どちらも光沢を放ち、やはり高い素材であることが分かる。きっとどこかのブランド物なんだろうけど、どこのブランドかも知らずに着てそうだな。

 すらーっと背の高いクリスとハンスは、その辺にいそうなサラリーマンという感じではなく、若い社長とか成功者といった感じだ。

 だが二人の違いは顔つき。甘くて優しそうな王子様顔のクリスは、それだけで穏和な社長といった感じだが、笑顔だけどまったく目の笑わない得体の知れないハンスは、切り捨てを繰り返してのし上がった成功者のようだ。


 と、そんな観察をしていると、ハンスが口端を片方上げる。


「何? そんなに見つめて。見とれたの?」


 当然のように言ってくるので、思わず「どこが」と言ってしまいそうになったが、ここは自分を押さえる。


「そ。あまりにもかっこよくて見とれちゃった」

「ふん。相変わらずで。じゃ、歓迎会でね」


 ハンスはひらりと手を挙げると、クリスと一緒に出かけていく。


 あぁ、そういえば今日は新入生歓迎会だった。その前に演奏会もある。

 本当は入学式もオーケストラの演奏会があるのだが、ここは人数を絞って2年生だけなので、私はお役ご免。

 …………はぁ、新入生歓迎会で何も起こらないと良いけど。出来るだけハンスから遠い席に座ることにしよう。




 ダイニングに行くとカリムとテオとハインさんが席について、紅茶を飲みながらそれぞれ自分のことをしていた。


「おーおはよう。お前、俺より遅いぞ」


 と、新聞を読んでいたカリム。いつから新聞を取っていたのか疑問だが、突っ込みだしたらきりがないのでやめておこう。


「ん? お、やっと降りてきたか」


 と、何か本を読んでいたテオ。よく見ると経済系の本?論文関係かな?


「おはようございます」


 と、これはいつものように涼しい顔でお茶を飲んでいるだけのハインさん。


「飯食うか? 食うならアサド呼んでくるが」

「いや、大丈夫。レンチンすればいいんでしょ?」


 昨日までと同じようなら、きっと朝ご飯自体は作られていてキッチンに置かれているのだろう。だからあとは温めるだけだろうし、最悪温めなくても平気だ。

 すると、初めて聞くワードにテオが反応する。


「何だ?”レンチン”て」

「え、電子レンジでチンのことだよ」

「電子レンジとは何のことだ?」


 あ、そうだった。電子レンジ自体は文明の機器ですものね。おとぎの国にあるはずがないし、こっちの世界で知ったとしてもそれにはテオは省かれる。


「電熱板を利用したご飯を温めるための機械だよ」

「飯を温めるための機械……? 何でそんな物が必要なんだ?」

「え、だってわざわざガス付けるのとかめんどくさいし、フライパンとか洗い物増えるじゃない?」

「なるほど」


 適当にテオの質問に答えてキッチンに行くと、テオもついてきた。やたらと眼をきらきら輝かせて。


「それで、その電子レンジというのはどこだ?」

「んーと、あれ? ここには電子レンジないの?」


 そういえば、ここのキッチンて皿洗い以外はまともに使ったことなかったけど、火の元ってどうなってるんだろう。アサドもクリスも普通に使っていたけれど、もしかしてガスとかIHヒーターとかそういうのではなく、一から火を起こしてやってるのかな?

 と思ったけど、ちゃんとコンロはあった。となると、電子レンジがないだけか。


「電子レンジないね」

「ないのか」


 すると非常に分かりやすくテオはしょんぼりする。なんとなくテオが犬だったら、今頃しっぽが下がっている気がする。


「私の部屋にはあるから今度見せてあげるよ」

「! 本当か」


 あ、しっぽが上がった。

 テオは本当にこっちの世界にある機械や物に興味津々なんだな。あれこれと次々聞いてくるのは、なんだか大きい子供がいるみたいだ。

 テオは電子レンジを近々見れることが分かると、それで上機嫌になってダイニングに戻る。


 さて、キッチンテーブルの上に私用の朝食が布にかかって置かれていた。今日の朝食はなんと和食だった。私用の少し小さめのお茶碗に盛られた白いご飯、豆腐と揚げとわかめのお味噌汁。小鉢にはひじきが入っていて、長皿には鯖の塩焼きとその横に漬け物が乗っていた。だが、降りてきた時間が遅かったからか、ご飯と味噌汁は少し冷めていた。


 味噌汁の場合、作っていた鍋にまだ味噌汁が入っていたらそのまま戻して温められるのだが、コンロの上には鍋はなく、棚の上に綺麗になって片付けられていた。


 うーん、折角洗った後を見ると汚すのは忍びない。



「梅乃ちゃん、起きたんだね。ボクがやるよ」



 もう冷めたままでも良いかと思っていたら、ダイニングの扉からアサドが入ってきた。


「え、いいよ。だって洗い終わった後でしょ?」

「気にしない気にしない」


 そう言うとアサドは味噌汁の入った器に人差し指を当てる。一体何をしているんだと見ていたら、次第に味噌汁から湯気が上がり始める。

 アサドは同じことをご飯の茶碗と鯖の塩焼きにした。


「ほら、これでもう温かい。あ、でも運ぶの熱いよね」


 更にアサドはお盆を引き寄せ、その上に魔法で朝食を乗せていく。全部乗せ終わると、お盆の両端を持ちそれをダイニングへ運んでくれる。


 このキッチンに電子レンジが入らない理由はそういうことだったのね。さすが魔神だと感心。


 アサドはダイニングの私の席までお盆を運ぶと、再び魔法でテーブルに料理を移した。


「はい、召し上がれ」

「ありがとう」


 アサドはそのままお盆をキッチンへ片付けると、戻ってきていつも定位置に座る。

 私も朝食を食べることにする。


 味噌汁がハンパなく美味しい。出汁は昆布のようだが、昆布の味が無駄なく出ていて、しかもその昆布がその辺の安物ではなく、まるで獲れたての高級品かのようだった。

 鯖の塩焼きも絶品。鯖に脂が結構乗っていて、塩も控えめ。もともとの鯖の塩気らしい。こういう誰が作ってもあまり味に違いがなさそうな料理で、いつもより美味しく感じるのはやはり作り手の腕だろう。さすが、クリスだ。






「あ、そういえばアサド、カールの櫛恐怖症って何?」


 朝食を食べ終わり、私もみんなと同じようにお茶を飲んでいると、さっきとのフリードの会話を思い出してアサドに質問する。

 聞かれたアサドは一瞬目を丸くすると、すぐに金色の瞳を歪ませて、いつものように愉快そうな顔をする。


「梅乃ちゃん、その話聞いちゃったの?」

「うん。フリードにだけどね」

「フリードがカールの失恋話をしたのか?」


 と、横からテオが意外そうな顔を向けてくる。


「いや、フリードが言ってたのは櫛恐怖症ってことだけ。あとリボンとリンゴ」

「本当に情けないことですよね」


 と、左側からハインさん。


「梅乃ちゃん、『白雪姫』の話、ちゃんと全部知ってる?」

「えーと、リンゴを囓って死ぬんだよね? それがカールのリンゴ恐怖症とどうつながるのか分からないけど」




 するとアサドは指を3本立てる。





「カールは白雪姫を城に連れ帰った後、3回殺されかけたんだ。それが櫛とリボンとリンゴなんだ」



次はカールのエピソード

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