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捨てられた王子たち  作者: ふたぎ おっと
第1章 おとぎの国からこんにちは
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29.初めてのバイト

29.初めてのバイト


 講義室に着くと、昨日と同じく既に夏海が真ん中の方の席に着いていたので、そのとなりの机に座る。

 夏海は真面目にも昨日の実験のレポート作成の準備をしていた。同じ先生の実験はまだあと2回残っていて、レポート〆切も再来週だというのに優等生だ。

 夕べは惚けた様子の夏海だったが、今はすっかり普通だ。


「もうそれやってるの? 偉いね」

「まぁね、忘れないうちに」

「ほほー偉い偉い。偉いついでに後で私に貸してほしいな」


 と、片眼をつぶって舌をぺろっと出したお茶目顔をしてみると、夏海は眼を細めてほっぺをつねってきた。


「梅はいつも恭介に見せてもらってるじゃない」

「それはそれ、これはこれ」

「なにそれ」


 そうなのだ。恭介は頭が良いからいつもレポートではいつもお世話になっている。テスト前の時も色々教えてもらったりする。

 一応言っておくが、別に何から何まで写させてもらったりしているわけではない。今やっているような化学系の実験なんかは特に私が苦手とする分野なため、そういうときに見せてもらっているのだ。他にも数学を使って考えるような生態学などはお世話になっている。こうして無事に3年に上がれているのも恭介様々だ。



「でもあんたもなかなか残酷だよね」


 と、夏海がおもむろに話してくる。


「え? 私が? ひどいなぁ、どこがよ」

「というか、鈍いって言うか……本当は気づいてるの?」

「だから何のことよ」


 果たして夏海が何を差して話しているのか、私にはまったく見当が付かない。そういう謎かけのような話し方はまどろっこしいので断じてやめていただきたい。

 私はそういうのを察するのが良い方ではないのだ。


「まぁ、そのうち分かるよきっと」

「はぁ、なんか一つもやもやが増えた気分。あ、もやもやと言えば夏海」

「ん?」

「夏海、ハンスさんはやめた方が良いと思う!」

「え!」


 そうだ、夏海にハンスのことをやめさせるように言わなくてはいけないことを忘れるところだった。

 別にただの人なら夏海がハンスに恋しようが、付き合おうが、それで失恋してしまおうが構わないのだけれど。(こんなこと言って淡泊だと思われるかもしれないけど、失恋も一つの成長だから第三者が口出しすることじゃないと私は思う。)だけど、あの男には不明の呪いがつきまとっている。アサドの話ではこっちの世界に影響はないらしいけど、万が一がある。その万が一を防ぐためにも、夏海が本気になる前にやめさせないと。


 私がハンスの話題を口にすると、夏海はすぐに顔を赤くした。だめ、これは重症!


「なんで? あの後、何かあったの?」

「えーと」


 何かあったことはあったけれど、その詳細を話すわけにはいかない。というか、おとぎの国とか人魚姫の話とか、それこそ本気にされなさそうだ。やめさせよう効果も激減。

 私は急いで頭を巡らす。


「てかあの人バツイチだよ」


 良いのが思いついたと思った。

 そうだよ、バツイチでイケメンってことは、それだけ中身が軽そうってイメージが付属できるんじゃないかと思った。


 夏海は頬を少し赤くしたまま何とも言えない顔をした。


「えー22とかだよね? 22でバツイチって、一体ヨーロッパの人の結婚事情がどうなってるか、それはそれで気になるよね」

「ほら、ちょっと可愛い子見るとアイラブユーアイラブユー、ジュテームジュテーム、イヒリーベディヒだよ。世界は愛とお菓子で出来てるみたいな」

「……あんた、それヨーロッパの人に失礼じゃない?」


 でも欧米人てそういうところが軽い気がする。軽いというか、さらりとそういうことを言えるみたいな? 日本人が恋人に対して「愛してる」なんて言うのをさらりと言えないのに対して、彼らの「I love you.」はとってもさらりと言えている気がするのだ。クリスティアンとかテオデリックとかハインさんとか簡単に言えそう。


 夏海は赤くなっていると自分でも自覚しているらしい頬をさすると、ふっと笑って言う。


「まぁ、梅が何心配してるのか知らないけど、ああいうのは目の保養であって、別に本気で付き合いたいとか恋してるとかじゃないから」


 そう言って手をひらひらと振る。

 口ではそう言っているけど、頬はまだ赤いし、目元はあきらめの色を宿しているけど、それは”自分では釣り合わないからそれでいい”と言っていた。

 まだ夏海の恋心をなくさせるのは間に合うと思っていたけれど、もはや戻らないところまで落ちているようだった。

 だけど夏海が行動を起こすつもりがないなら、私がとやかく言うことじゃないのだろう。気持ちだけは誰にも揺るがすことは出来ないのだから。








 木曜日はバイトの日。

 いつものようにおどけたサンチョに行くと、一昨日と同じように店内がやたらとぴかぴかしていた。もう2回目なので、これが誰の仕業かは分かる。

 店長に呼び出されていたので、更衣室で制服に着替えてから事務所に向かう。


 事務所には案の定、クリスティアンと店長がいた。

 クリスはウエイターの格好をしていたが、さすがスウィートフェイスの王子様顔。ウエイターというとおとぎの国では執事のようなものなのだろうが、それがかなり様になっている。というか、ファミレスにいるようなウエイターではないというのが、最初に思ったことだった。


 おどけたサンチョのホールスタッフの制服は、女子はうっすらとストライプの入った白いブラウスとエメラルドグリーン色のふくらみのある膝丈スカートである。だが、これは腰でリボンの付いた切り返しがある一体のワンピースなのだ。それにはバイトで入って知ったときに少々驚いた。そして男子も同じようにうっすらとストライプの入ったカッターシャツにエメラルドグリーンのベストに、下は深緑をベースにしたチェックのパンツである。


 男子も女子も、誰が着ても違和感のない様なデザインの制服なのだが、これをクリスが着ると、エメラルドグリーンのベストに彼の銀髪がよく映えいていて、完璧なウエイターを作り出していた。あくまで見た目だけは。あと一応言っておくが、おどけたサンチョの制服は安物である。それをクリスが着ていると言うことがミスマッチな気もするのだが、よく似合っているというのは不思議なものだ。


 しかし、こんな完璧そうに見えるウエイターがいたら、ホールスタッフの女の子やお客さんとかやばいだろうな。

 この人、ただでさえお目にかかれないような王子様なのに、その笑顔と来たら相手を瞬で悩殺するだろう。


「佐倉さん、今日から入ることになったビュシエールくん。佐倉さんとも大学が同じらしいけど、フランス人だそうだ。日本語は大丈夫らしいから、佐倉さん、彼に色々教えてやって」

「よろしくお願いします」


 店長は私とクリスが初対面だと思ってざっくりクリスについて説明してくれる。その横で、クリスも初対面のフリをしてなのかわからないけれど、丁寧にお辞儀した。





「――で、メニューはこうやって取るの」


 と、オーダーを入力する機械を使ってクリスに説明する。

 実際に仕事しながら覚えた方が良いのだろうが、まずは事務所で機械の使い方から説明をする。机の上にはメニューを広げてある。


「じゃあ、おろしジャコバーグとナスとトマトのナポリタンをお客さんが頼んだ場合どうする?」

「えーと……あ、これとこれかな?」


 と、ピッピとボタンを押す。初めて使う機械なのもあるだろうし、今日がバイト初日だからメニューもどこにあるのか分からないのだろう。若干時間がかかる。

 まあでも、クリスはなんだかんだ飲み込みは早いほうのようなので、数回バイトに入れば慣れるだろう。


「んーじゃあ、お客さんが最初にびっくりオムライスを頼んだけど、やっぱりとろけるチーズとマッシュルームのピザに変えたときは?」

「えーと……えーと……」

「佐倉さん、うらやましーい」


 クリスのオーダー取りの練習のために、私が適当にメニューを言ってクリスがそれに対応するということを、事務所の机に座って向かい合わせでやっていると、ホールスタッフの女の子が声を掛けてきた。

 確か高校2年生の戸田ちゃんだ。

 

「佐倉さん、教育係と称してくっつこうとする作戦でしょお」

「何言ってるの。そんなこと目論んでないよ」

「嘘だぁ。もう30分も独占してるじゃないですかぁ」

「いやいや、それは彼がね――」

「そうだよね、僕が遅いからずっと梅乃ちゃん引き留めちゃってるよね」


 冷やかしのつもりか羨望なのか、やたらと戸田ちゃんが絡んでくるのでちゃんと言い聞かせようとしていたら、横から王子の声が入る。


「ごめん、覚えが悪くって。引き留めちゃって、梅乃ちゃんも早く仕事に移りたいよね」


 あぁ、いけない。ネガティブクリスが発動してしまう。


「い、いや、クリスは今日入ったばかりなんだし、当たり前じゃない? それに覚えが悪くなんてないよ」

「そ、そうですよぉ。ビュシエールさんは悪くないですよお。佐倉さんが長引かせてるんですから」

「ちょっと、どさくさに紛れてなんてことを言うの」


 何とか必死で私と戸田ちゃんが励ましていたら、ネガティブのどん底に落ちることはなく、すぐにクリスは気を取り直してくれた。

 はぁ、こんなに王子様なのに重度のネガティブキャラとか、クリスを見て夢を描いた女の子たちの期待を見事に裏切るんだろうな。研究室では果たして上手くやっているのだろうか。少なくともおどけたサンチョではネガティブクリスにならないよう気をつけないと。



 だが、同じことはレジ打ちの練習をさせていたときにも起こった。

 しかもオーダー取りの練習よりも厄介だったのは、それが普通にお客さんやホールスタッフの見えるところで起きていたからだ。

 幸い、彼女たちは彼の顔を見てほぅと感嘆のため息を吐いていただけだったので、彼のネガティブキャラには気がつかず、こちらもこちらでどん底に落ちる前になんとか彼を元通りにさせることが出来た。


 そんなこんなでようやくクリスをお客さんの元に送り出すことが出来た。


 本当にようやくだと、私が一人でげっそりしていると、戸田ちゃんがぼそっと「あの人、あんなにかっこいいのにすごい凹みやすいんですね」と言ってくる。どうやら戸田ちゃんは既に期待を裏切られてしまっていたらしく、クリスを見る目にキラキラがなくなっていた。



 その目の先で、キラキラ笑顔をお客さんに振りまくクリスティアンがいた。

 ところどころミスをしてしまったりしていたようだけど、彼のあまりにも王子様過ぎる顔にお客さんが許すという構図が出来てしまっていた。




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[気になる点] カッターシャツを調べてしまった。 西と東で違うんだと感動です。
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