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捨てられた王子たち  作者: ふたぎ おっと
第1章 おとぎの国からこんにちは
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2.倒れた「このお方」

2.倒れた「このお方」



 オケの練習場に向かう途中で、ちらほらとキャンパス探検に来た子たちが見えた。入学式がまだなので、新入生の授業もまだ始まってないのだが、中がどんな様子か気になってきたのだろう。


 その中にはこの春から来たのだろう留学生の何人かが集まっていた。


 ……なんだか、今まで留学生とか気にしたこともなかったが、やたらとスタイルが良く、遠目からでも分かるほど綺麗な顔立ちの人たちばかりだった。知ってか知らずか、やたらと女の子たちの注目を浴びている。

 と、そんなことを視界に入れつつも、正直私には無縁の人たちだと思い、練習場へ急ぐ。



「うわわっ何これ!?」


 よそ見しながら歩いていたら二人から5歩くらい遅れていたので、小走りで駆け寄ると、由希がいきなり後ろに飛び退く。それがぶつかりそうになったが、寸で左に避ける。

 ……ふぅ、由希よ、危ないじゃないか。

 そっと内心で胸をなで下ろしつつ、由希が何に悲鳴を上げたのか確認する。


 そこには、日本では珍しいであろう金緑の光沢を放つリンゴ大のカエルが倒れていた。


 あまりカエルの種類を知ってるわけではないけれども、この色とこの大きさって、全く擬態できてないし、むしろ目立ちすぎじゃないか? 見つかっても食べられないほど最強なのだろうか。あ、今倒れてるか。


「なんか不思議な色してるねーこのカエル」

「夏海もそう思う? あ、こいつ目半開きだ。かわいそうに、目立ちすぎたんだよ」

「えっそれ動かないの? 大丈夫なの? てかあたしあとちょっとで踏むところだったぁ」


 私がしゃがんで眺めてる上から夏海が屈んで観察する。それを夏海の後ろからおそるおそる様子をうかがう。生物系の学部学科にいる私や夏海と違い、文系の由希はこういう両生・爬虫類が苦手なようだ。


 私は由希とカエルを交互に見やる。


 由希じゃなくても、こういうの苦手な女の子は沢山いるだろうし、何より倒れているカエルを誤って踏んでしまったとなると、踏んだ方も嫌だろうし、カエルも死ぬだろう。こいつは弱って死ぬ運命なのかもしれないけど、このままとどめを刺されるまで放っておくこともないだろう。


 私はカエルの首根っこを片手で掴み上げる。


「!?」


 その瞬間、カエルがビクッと覚醒し手の中で暴れる。それを見た由希がヒッと小さく悲鳴を上げた。だが、それもほんの一瞬で、カエルは再びぐったりする。


「あぁ、もうダメそうだね、こいつ」

「うん、せめて垣根のところにでも避難させとこう」


 果たしてそれがカエルにとっていいのか悪いのかは分からないが、このまま道路で倒れているのはよろしくない。


「二人は先に行ってなよ。私こいつ避難させた後手洗いに行くから遅くなるだろうし」


 カエルを掴んだまま二人を振り返ると、再び由希がヒッと体を仰け反らせる。由希の早くそれどっかに置いてきなよという目が痛いため、先に二人を行かせることにする。夏海は私の言いたいことが読めたのか、苦笑を漏らしながら由希を促して行ってくれた。



 ――さて、ここから歩いて5分くらいのところに池がある。5分もカエルをわしづかみ、という状況がいいのかどうかは怪しいが、水辺が近いところの方が何となくいいんじゃないか。


「すぐ着くから、それまで辛抱してよ」


 ほとんど私の願望を言い聞かせるように一人つぶやく。断じてカエル相手に喋っているわけではない。


 しかしこのカエル、こんなに綺麗な色してるし、珍しいくらいの大きさだし、きっとあの人が捕まえたくて仕方ないような種類なんだろうな。と、ぼんやりと熱狂的にカエル好きの農学の先輩を思い浮かべる。きっとあの人に捕まっては気の毒だろう。




「すみません、お嬢さん」




 そんなことをぼんやりと考えていたからか、後ろからかけられた声が自分に向けたものだと気づかなかった。


「すみません!」


 再び声がかけられたかと思うと、カエルを掴んでない方の片手を後ろに引っ張られた。

 少し強めに引っ張られたので、思わず不審人物を見る目で振り返ってしまった。だが後ろにいた人物を見た瞬間、たじろいでしまった。


 「すみません」という言葉が違和感なく流暢だったので、失礼な日本人に捕まったと思っていたが、そこにいたのはきっちりと後ろで結ばれたピンクベージュブラウンの髪と少し薄めの茶色の瞳をもち、色白だが鼻梁が高く彫りの深い顔立ちの、要するに欧米人の男の人だったのだ。


 この人も留学生なのかなと思うが、よく見る留学生に比べるとどことなく着ているものの素材が良さそうだ。雰囲気も同期に比べると幾分落ち着いて見える。院の方の留学生なのかな?


 そんなことをつらつら考えていたが、彼は眉間に眉根を寄せて私の手の中のカエルを見つめる。


「すみません、お嬢さん。このカエルはわたくしのなのです」


 私はぱちくりと瞬きをした。そして手の中のカエルと目の前の男性を見比べると、すぐに合点が行った。


「あ、そうだったんですね。そっか、飼い主がいたんだね」


 その男性がかなり切実な眼差しをカエルに送っていたので、彼の手の中にカエルを移す。そうすると、心底安心したように深く息をつく。

 いや、安心するのは早いですよ?


「でもそのカエル、私が気がついたときにはもうぐったりした状態で。見たところ外傷はないようですけど」


 そう言うと、自分の手に帰ったことで満足してしまっているのか、ケロッと動揺もせずにその男性は答える。


「あぁ、それは心配なさらなくても大丈夫です。この方は今、相当お腹がすいているだけでございますから」



 ……「この方」って言った? 聞き間違え? いや言ったよね?



 何だ、この人。カエル教の何かか? それともそのカエルは本当はこの人のじゃなくて、もっと偉い人のペットだったりするのか? しゃべり方もかなり丁寧だし、どことなく上品な服装だし、手の中のカエルを両手で優しく包んでるし、きっとそのカエルはお偉いさんのペットなのだろう。うん。この人もそのお偉いさんもきっと変人だ。そうに違いない。


 そんな失礼なことをつらつら考えていたのだが、その男の人はカエルを抱えたまま、私に向かって礼をした。


「あなたはこの方を守ろうとしてくれたのですね、ありがとうございます」


 あ、また「この方」って言った。もう聞き間違いじゃないね、うん。

 

「いや、私はただ、道路に落ちたままだと確実に踏まれると思って、移動させようとしてたところだったんです。もう助からないと思ってましたし」

「それでも結果的には守ってくださいました。ありがとうございます」


 再び男の人は深く礼をした。


「えーと、それにしても日本語がお上手ですね。留学生ですか? どこから来たんですか?」

「いえ、わたくしの主が留学生で、一緒にグリ――ぐぉっ」


 男の人が私の質問に答えているところを、彼の腕の中で弱っていたはずのカエルがいきなり足を振り上げ、男の人の顎を蹴り上げた。

 そしてまたすぐに果てた。

 たかがカエルの蹴りだと思うのだが、男の人には命中したらしく、少し前屈みで顎を押さえて悶絶している。


 えーと? なにをつっこめばいいの?


 男の人は顎を押さえつつ体制を戻すと、何事もなかったかのような表情で言う。


「どうやらお腹がすきすぎて腹が立ってるようですので、話途中ですが失礼します」

「あー……はい、カエルもお腹がすくと八つ当たりするんですね。はい」

「わがままなカエルですので」


 そう言うと、くるりと来た道を引き返し、颯爽と去っていった。


 ……「このお方」と言う割には、ひどいことを言うんだな。


 とりあえず、変な留学生の世話役というか秘書というか補佐官ぽい人がいて、変なカエルを連れてったってことでいいのかな?

 カエルの奇行については見なかったことにしよう。







 そのまま呆然と突っ立っていると、男の人が去っていったのと違う方向からこちらに向かってくる足音が聞こえてきた。


「佐倉さん!」


 私の名を呼びやってきたのは、虫取り網と虫かごを両手に持った浅虫天道あさむしてんとう

 あぁ、めんどくさい人に捕まった。


「佐倉さん、ここら辺で金色のカエル見なかった? さっき農学棟で見つけて捕まえようとしたら、こっちの方に逃げたんだ!」


 ……あのカエルが弱ってたのはあなたが原因だったんですね。


「……さっき持ち主の人が連れて行きましたけど」

「え、なんだ、ヒトのもんだったのか。どこで手に入れたんだろう? あんなに珍しいカエル。佐倉さん、その人の名前とか聞かなかった? 是非とも間近で観察させてくれないかな」

「いや、てかあっちの方に行ったのでまだいると……」

「そうか! 分かった。ありがとう、じゃあな!」


 男の人が去っていった方向を指差すと、浅虫さんは風が巻き上がる勢いで走り去っていった。


 あの変人な格好をした浅虫さんは、農学院の修士1年の先輩で、無類のカエル好きらしい。今回も見たことのないような珍しいカエルだったため、誰よりもいち早く捕まえようとしていたのだろう。若干目が血走っていた。


 カエルさん、ちゃんと飼い主なのか持ち主なのか知らないけれど、知ってる人に見つかってよかったね。



 なんだか無駄な脱力感を覚えながら、オーケストラの練習場に向かった。



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