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捨てられた王子たち  作者: ふたぎ おっと
第1章 おとぎの国からこんにちは
23/112

22.新入団員

新たな一人が現れます

22.新入団員


 2時限目の授業は農学部の授業。学科関係なしの選択授業なので、大講義室だ。

 フリードと一緒に大講義室に入ると、右側後ろのブロックに私たちの所属する資源生物学科の男子たちが固まっている。その中に恭介の姿が見えたので、フリードを連れて行く。


「あ、佐倉さんだ」

「梅吉おはよう」

「おはよう」


 声を掛けてきたのは、同じ学科の阿部翔太と神崎こうざき修平。阿部くんは2年後期で学科配属になってからの仲だけど、神崎は恭介と同じで1年からの仲だ。だから私のことを「梅吉」と呼ぶ。


「恭介おはよう」


 恭介にも挨拶をする。二人は挨拶してきたのに、恭介は何か言いたげに私を見てきただけで、挨拶もなかったからだ。


「……あぁ、おはよ」

「どうしたの? 愛想悪いなぁ」


 と返してやると、恭介は眉間にしわを寄せてばつの悪そうな顔をする。何だよもう、感じ悪いな。言いたいことがあるならはっきり言えばいいのに。

 と、私まで機嫌が悪くなりそうなのを見計らってか、神崎が声を掛けてくる。


「梅吉どうしたの? 留学生連れて」

「え、あぁ、そうそう。この子ね、ドイツからの留学生で、フリードリヒ・ヴィルト。来たばっかで何も分からないみたいだし、男子の方が色々と都合が良いかと思って」


 フリードがカエルになるかもしれないという点においては、私が見なくちゃいけないところなのだろうが、いくら私が大丈夫な女子ったって、フリードは女嫌いだし、それよりかは男友達が増えた方が良いだろう。それに、いざというときに女を遠ざけてくれるような出来るヤツが良い。そんなヤツは恭介が一番かと思い、連れてきたのだ。


 だが恭介はじっとフリードを眺めていた。

 今日の恭介はどこかおかしい。


「恭介? どうしたの? 頭働いてる?」

「…………お前、ドイツ語分からないくせに、よく話せたな」


 どこか疑り深い様子で恭介は聞いてくる。そして言われてドキッとした。確かに昨日フリードが話すドイツ語はよく分からなかった。恭介のくせに目ざとい。

 一体どうしたって言うんだ?


「……え、英語も話せるみたいで、それで分かったよ」

「ふーん……」


 フリードが実際英語を話せるかどうかは知らないが、そういうことにしてもらおう。

 恭介がどこか不審な目を私とフリードに向けるため、心なしかフリードもいらっと来ている様子だ。

 あああ、恭介どうしたっていうんだ。


「なるほどねー。フリードリヒ、よろしくー。じゃ、伝わらないか。My name is Shuhei. Nice to meet you!」


 再び不穏な空気を察してか、神崎が明るくフリードに向かって手を差し出す。

 フリードは一瞬虚を突かれた顔をしたが、にっこり笑ってその手を握る。


「Nice to meet you.」


 おお、私には仏頂面しか見せなかったけど、この人笑えばかなり王子様だ。きらきらが笑顔を取り巻いたぞ。さすがだ。

 私が思ったことを阿部くんも感じたのか、


「おおおー、こいつかなりイケメンだな」


と、手を差し出し自己紹介する。


 おっと、授業が始まりそうだ。恭介が変な空気を発しているけれど、他の二人が何とかしてくれるだろう。

 私は彼らにフリードを任せて夏海のところへ向かう。




 夏海や他の農学部の仲の良い女の子たちは、大抵真ん中ブロックの半分より前に座っている。その左側の端から2番目に夏海が座っていて、私もその横に腰を下ろす。

 

 夏海が頬杖をつき、ニヤリとした顔で言ってくる。


「梅、昨日の留学生くんと一緒だったね。もう仲良くなったの?」


 仲良くなったのかな? 1日一緒に過ごしたわけだし、仲良くなったと私は思うけど、フリードは否定してくるだろうな。

 という、何とも言えない気持ちでそれに答えようとしたら、後ろの列に座ってた友達が声を掛けてくる。


「ねぇ、あの留学生超かっこいいよねえ? 昨日の実験の時から思ってたんだ」

「一昨日の授業からいたよね? 終わった後、食品科の女の子たちが囲んでた」

「あんな子いたらうちの男子たちは霞んでしまうよね」

「えーでも草食っぽくない?」


 理系女子であろうと文系女子であろうと、女の子たちは言いたいことを口々に言う。救いなのが、この子たちはそういう男子を眺めるだけで満足できるタイプで、自分から躊躇なく話しかけられるというところ。これが食品科の女の子だと「紹介して」とせがんでくるから少し困る。


 私の大学の農学部には5つの学科があり、生物好きが集まる資源生物学科、田畑関連や農業経営などを学ぶ園芸学科、環境保全系が集まる森林環境学科、食品加工から流通を学ぶ食品学科、獣医学科がある。獣医学科は基本的に別カリキュラムなので、授業が一緒になることは少ない。


 いくら理系女子と言えども、学科の分かれ方になんとなく特徴があって、森林環境学科の女子はジャージや作業着で構内を歩ける様な子が集まり、食品学科の女子は高いヒールとか綺麗な洋服とか、とりあえず農学部の仲でも煌びやかな子が集まる。資源生物学科と園芸学科はその間で、作業着で構内も歩ける子もいれば、ちゃんとおしゃれする子もいる。私も夏海も後ろの列の女の子たちもその中間に位置する資源生物学科だ。


 そして男に対する接し方も微妙に違い、森林環境学科の子はそもそも男子から女の子扱いされないらしい。一方で資源生物学科の女子は、女だから男だから関係なく接する子が多い。園芸はいまいちよく分からないが、食品学科の子も女だ男だ関係なく接する子が多いけど、男癖の悪い子が少々多い。


 まぁ、あくまでみんなさばさば系女子なわけだけど、どうしてこんな違いがあるかというと、フィールド系か否かというところが大きいらしい。フィールド調査が多いとどうしても作業着姿でいることが多くなるのだが、これが実験室だと白衣のままでいい。だから集まる女子にもそういう偏りがあるのだ。



「えーでも、私はなんだかんだ言って、鬼塚が一番な気がするけどなあ」

「そうかな? あの留学生くん相手だったら鬼塚くんも負けちゃう気がするけど」

「ね、梅乃はどう思う?」

「え」


 いきなり話を振られて困った。


 今まで恭介のことに触れてこなかったが、恭介は実は資源生物学科の男子の仲でもイケメンに分類されている。

 50人ほどいる資源生物学科は本当に生物好きが多く、それでいてだらしなくない男子が多い。そのなかでもこいつはイケメン、というのが5~6人ほどいるのだが、さらにその中でも恭介はトップを争うほどらしい。

 剣道をやっているためしっかり鍛え上げられた恭介は、181cmと長身。髪も短く刈り上げられさっぱりとしていて、顔立ちも非常に男らしい精悍な顔つきだ。その上、かなり良いヤツなので、男連中の中でも恭介は一目置かれているらしい。おまけに頭も良いから非の付け所がない。


 正直1年から一緒だと、そんなこと気にもしなくなっていたのだが。

 最近では目に毒なほどのイケメンが身近になってしまったから、ますます気にしなくなっていた。たった2日のことだが。


「早く彼女作ればいいのにね」

「ホントだよね」


 そう、恭介は彼女がいない。というのも、高校から付き合っていた人と1年の夏に別れてからの話だが。

 あれだけ出来る男なら女の子の方が放っておかないのに、としみじみ思う。


「梅、別れた傷、ちゃんと恭介で癒されなさいよ」


 女の子たちの賑やかな世間話に紛れてぼそっと夏海が言う。


「……何でそうなるの?」

「何でだろうね」


 夏海が意味深な顔で笑ってくる。まったく意味が分からない。


 夏海といいハインさんといい、どうして私と誰かを執拗にくっつけようとするのだろうか。






 授業が終わり、心配になって右側後ろのブロックを見ると、始まる前は険悪な空気を出していた恭介だったが、心配も杞憂で、恭介もフリードもにこやかに話していた。一体恭介はどうしたんだと思っていたけど、きっと調子が悪かったのだろう。

 フリードはそのまま恭介たちに託して、私は夏海たちとご飯に行った。


 午後の実験も、特に何も起きず、平和に終わった。咄嗟に吐いたフリードが英語をしゃべれるという嘘も、本当にフリードが英語を流暢に話せたため、怪しまれずに済んだ。


 フリードよ、本当にあなたは出来た王子だ。カエルでさえなければ。


 そして実験の時に気がついたが、フリードは男子相手だと表情が豊かになるらしい。いや、私たち相手でも豊かだが、男子相手の時の方が安心感があるというか、とにかく楽しそうだ。

 私相手だとどうしても女だから何らかの拒絶反応が出てしまっているのかもしれないし、他のおとぎ連中に関しても、つっこみどころが満載過ぎるため、こういう表情は見なかったのだろう。まぁ、おとぎ連中に対しても突っ込んでばっかりだが、それはそれで楽しそうではある。


 実験が予定通りに4時過ぎに終わったので、私と夏海はオーケストラの練習室へ向かった。

 今日、水曜日は弦分奏と管打分奏だ。相変わらず美麗のコンミスには少しうんざりするが、付き合うしかないだろう。




 大学の裏側へ行くとサークル会館があり、その中を入って2階がオケのためのフロアである。

 2階の階段を上がると、右手前から小さい部屋が1つとその2倍くらいの大きさの部屋が2つ並んでいる。一番右手前の部屋は譜面代や椅子、スコアやパート譜が並んだ棚やCDなどが入っている。ここを「片付け部屋」という。真ん中と奥の部屋は普段個人練習するのに開放されている部屋だが、分奏の時は奥側だけ弦分奏に使われるため、奥の部屋は「弦部屋」と呼ばれている。左側は大きな部屋が一つと、奥に小さい部屋が一つある。手前の大きい部屋は「大練習室」といい全体練習用なのだが、打楽器の移動が大変なので、管分奏もそこで行われる。奥の小さい部屋には、コントラバスやチューバなどの持ち運びが大変な楽器が置かれている。いわゆる「楽器庫」だ。私のチェロもそこに置かれている。


 私と夏海が練習場に着いたときにはちらほら練習している団員がいて、私たちもさあ練習しよう、というときに由希が大練習室から出てきた。

 何やら興奮気味だ。


「梅乃、夏海、やばいよ! やばいよ! 新しい人なんだけど、フルートが超上手いの!!」


 クラリネット片手に私と夏海に飛びついてくる。


 私と夏海は顔を見合わせるが、由希がやたらと引っ張ってくるので、大練習室のドアの窓から中を覗き込む。


 中にいたのは、すらっと身長の高いプラチナブロンド髪の男。長すぎず短すぎない髪は、さっぱりとしていて、涼しげだ。窓辺に置かれた譜面代に向かってフルートを吹いているので顔は見えないが、その佇まいは優雅だ。

 中にいる他の団員も彼に注目してしまっている。


 と、観察していると、横から夏海の手が私の服を掴む。


「梅、あの人だよ……」

「え?」

「昨日言ってた王子様」

「!」


 すっかり忘れていたが、昨日夏海が惚けながら言っていた「王子様」のことを思い出す。

 もしや彼が残りの二人のうちのどっちかか――――。



 みんなの視線に気づいたのか、それまで優雅にフルートを吹いていた彼は振り返り、きょとんとした顔で部屋を見渡す。

 そしてドアの外で見ていた私たちに気づくと、にっこりと笑った。


 こっちに向けられたときは冷たさを感じさせるような若草色の切れ長の瞳だったが、それが細められるとふんわりと柔らかい王子様スマイルになった。


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