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捨てられた王子たち  作者: ふたぎ おっと
第1章 おとぎの国からこんにちは
21/112

20.カエル姿だから(フリードリヒ)

フリード視点です

20.カエル姿だから



「よし、じゃあ私はとりあえずお風呂入るけど、フリードどうする?」

「――っえ!? あんた何言ってんの?」


 布団にシーツを掛け終わると、その女はぱんと膝を叩いて立ち上がる。


 他の女と違う気がすると、少しこの女に対する見方を変えかけていたのに、いきなり何を言い出すんだ!? 僕を風呂に誘っているのか1? いくら僕がカエル姿だからって何考えているんだ!?


 だけどこの女の言うことは僕が考えていたのと違っていた。

 どうやら「いつ入るのか?」という意味の質問だったらしい。ありえない考えをしてしまった自分に恥ずかしい。当然といえば当然じゃないか。


 だけどよくよく考えてみると、この女も他の女と似通う部分がある。

 さっきのリビングでのやりとりを見ている限りじゃ、アサドとカリムに言い寄られて嫌々言いながらも、この女は喜んでいるように見えた。

 結局、この女も他の女と一緒か――――と、さっきまで違うように見えていたのにその考えに至ると、どこかしらがっかりした自分がいる。

 何考えているんだ、結局女なんて顔だけで男を選んでいるんだ。一体僕は何を期待していたというのか――。


 だけど、他の女が嘘っぽく白々しく否定してくるのとは違い、この女はそれを真っ向から肯定してくる。それだけでなくこう言った。


「やっぱり男も女も中身だよ中身。顔が良くても中身が最悪な人にさっきのようなことされても、ドキドキはしても本質的なところでは惹かれないし、ドキドキするような人でなくても惹かれる人には惹かれたりするもんだよ」


 その言葉を僕なりに解釈するとすれば、見目麗しいヤツに恋とか愛とか囁かれていい気にはなるが、恋にまでは発展しないということか?

 つまり、見た目だけじゃ人に恋したりしないということか?


 確かにこの女はちやほやされていい気にはなっているようではあるが、そこまでだ。

 何かが発展しそうなほどではない。

 だからきっと、僕と一緒の部屋で寝るというのも、気にしていないのだろうか。

 …………僕の場合はカエル姿だからか?


 そうこうしているうちに、女は風呂に入っていった。


 …………って、一応男がいる前で風呂場に行くっておかしくないか?

 どれだけ気にされていないんだ。そっちからすると、ただカエルがいるだけだと思っているようだけど、僕からすると女と同じ空間にいるってだけでいつもと違うというのに!


 …………はぁ、きっと僕がカエル姿だから気にされないのだろう。

 まるで女の恥じらいがない。それは女としてどうなんだ。

 まぁ、僕としては女の表裏あるよりはその方がいいけど。


 考えたところで無駄な気がしたので、僕は明日から始まる実験の資料に目を通すことにする。明日の実験は土壌調査だそうだ。



 女の風呂っていうと、よくは知らないけど、1時間以上かかるものだと僕は思っている。だからその間集中して実験の予習をしようと思っていたのに、20分という早さでその女は風呂から出てきた。

 彼女の身の丈には合っていないようなぶかぶかのすっぽりかぶるタイプの長袖服に、ぶかぶかのズボン姿で出てきた。彼女は肩まである濡れた髪をがしがしとタオルで拭いている。

 ……女らしくない。


 そして女はベッドの上に座って体操を始める。

 ズボン穿いているとは言え、足を大きく広げて体を左右に曲げるその姿は、おとぎの国にいるような女たちは絶対しないだろう。

 少なくとも男の前では。


 言ってやると案の定これだ。


「え? あー……ごめん。なんかフリードその姿だと、男って感じがしなくって」


 本当に腹が立つ。僕は目のやり場に困るって言うのに、この女は気にした様子がなさげ。

 そこまで考えて、どうして僕がこの女に腹を立てているのか疑問に思った。

 別にどうだっていいじゃないか? わざわざこの女を凝視することもない。なのに何故いちいち気にしてしまうんだ。


 それはきっと僕と同じ空間にいる以上、僕の居心地を良くするために気にしてしまっているに違いない。僕はそう言い聞かせた。


 女は胸の下にクッションを敷いて、ベッドの上で寝転がる。


「なんだかんだいって、フリードが一番まともだよね。カエルだけど」

「一言余計。というか、あの人らと一緒にしないでほしいんだけど」


 まったく心外だ。他のやつらに比べると、僕のエピソードが一番まともだ。というか、カエルじゃなければわざわざこの世界に来ることもなかったのだ。

 テオデリックもクリスティアンも、無事に心優しい女と結ばれたって言うのに逃げられているから世話がない。その挙げ句に他の男についていったって言うんだから、女ってやつもどうしようもない。

 アサドは悪戯が過ぎるし、カリムは普段はいいヤツなのに実は女を結構囲っているっておとぎの国では有名だ。

 ハインリヒは言うまでもない。


 それにまともでないというのなら、この女だってそうだ。他の女とは違うところがかなり多い。僕を掴む手にせよ、布団のことにせよ、理解できないところが多い。

 だから言ってやろうと思った


「大体、まともじゃないと言えばあんたもそうなんだけど」


だけど、さっきまではぴんぴん楽しそうに喋ってたこの女は、いつの間にかクッションを抱いた腕の上に頭を乗せて眠っていた。


「…………なんだよ、寝てるんじゃないか」


 …………勝手なヤツ。

 話したいだけ一方的に話し尽くして勝手に寝る。

 こういうところは他の女と一緒だ。


 僕は改めてベッドにうつぶせになって寝ている女に目をやる。

 クッションを胸に敷いたまま布団の上に眠ってしまったその顔は、無垢なのかなんなのか、とにかく害のない顔だ。


 他の女と同じで、他の女と違うこの女。


 さっきはあれだけ甲斐甲斐しく人に布団を用意していたというのに、自分は布団をかぶらないまま寝るとは、どれだけずぼらなんだ?

 僕はため息をついて自分の布団を見やる。シーツはすぐに外せるので、シーツだけ外して布団をこいつに掛けてやれる。だが、シーツはともかくとして、布団を持つのは今の僕には無理だろう。


 僕は再び女に目をやる。


 他の女と同じで、他の女とまったく違う――――。


 言うほど僕は女を沢山知っているわけでもないけれど、この女は僕を色眼鏡で見ているような気はしなかった。

 

 変な女。


 だけど、なんだかんだ言って昨日は僕を助けてくれたし、今だってカエル相手に気を遣ってくれた。

 だからこのまま放置して風邪引かせたら、なんとなく申し訳ない気がする。ハインにも勘当されるだろう。


 どうすればいいかを考えると、この女を起こしてちゃんと布団の中に入れることが一番手っ取り早いと考えた。一度寝入った女を起こすのは気が引けたが、まだ起こすことは可能だろう。


「おい、あんた起きなよ。人に風邪引くとか言っておきながら頭悪いんじゃないの?」


 などと、ベッドの下から呼びかける。

 だけどもはや眠りは深くなってしまったのか、女が起きる気配はない。規則正しい寝息が聞こえてくるばかりだ。


 僕は盛大にため息をつくと、近くにあったティッシュペーパーで手足を拭いて、ベッドに飛び上がった。少々気が引けたがしょうがない。そして寝ている彼女の腕を揺すった。


「ねえ、ほら。起きなって。あんたが風邪引くよ」


 すると彼女は寝返りを打って仰向けに寝る。

 …………はぁ、これでも起きないってわけ?


 僕は仰向けになったそいつを見てため息をつく。

 片膝立てて片手でクッションを抱いたその姿は、なんだか色気に欠ける。それはきっとぶかぶかの寝間着姿なのも関係しているだろうが。


 と、そこで僕は気がついた。このベッドの掛け布団が、床に敷かれている掛け布団よりも質がいいということを。

 質がいいと言っても、僕がいつも寝るようなベッドの寝具はもっといいもの使っているため、どちらも大きな違いはないのだが、微妙に違うのが分かった。


 …………やっぱりカエル相手だと粗末な方を用意するのか?


 そんな考えに至ったが、僕はすぐに考えを改めた。床の布団もこっちも大差ないじゃないか。そもそもカエルに布団を用意する時点で、他の女と違うというのに。


 何故ベッドの布団の方が質がいいかというと、きっと「自分が寝る用」だからだ。他意はないだろう。

 僕はカエルと言えども王子だ。普通、王子相手に布団やら何やらを用意するときは、自分が使っているものよりも質のいいものを用意する。

 だけどこの女は王子とか関係なく、きっと他の客にするように、自分のよりも質が低い客用布団を用意してきた。

 …………素直なヤツだ。


 別に、こんなことを些細なことを気にするのは、布団の質が違うからだけではない。というか、布団のことはほとんどどうでもいい。とにかくこの女は偽善というわけでもなく、裏があるわけでもない。とにかく素直だ。


 最初、僕を掴み上げた時だってそうだった。ハインのように両手で包み込む、なんてことはしなくても、普通に掴み上げてきたことに驚きはしたが、その手は素直だと言うことはすぐに感じた。首根っこを掴む手は、他の虫やネコなどを掴む手と同じ。嫌悪感はないが好きでもない。ただ動かすだけ。そんな感じだった。

 移動させる前だって、他の女なら「可哀想」なんて思ってもないことを表面的に繕うというのに、この女はそれすらもせず「危ないから移動させる」だ。


 さっき魔神たちに言い寄られて喜んでいると、指摘したときもそうだった。別に恋に発展するとかそういうわけではないと言っていたが、まんざらでもないことには否定しなかった。これが他の女なら白々しく嘘をついてくると言うのに。


 布団を敷いたときたっで、偽善の素振りもない。

 男の前だと指摘しても、カエル姿だと無意識になってしまうと、素直に言う。


 それはどうなの?と思うところも少なくはないが、この女は至って素直だ。

 それに若干むっと思いはしても、嫌な気がしない。


 …………不思議な女だ。


 一緒の部屋で過ごすというのはどうかとは思うけど、この女が僕らの世話役というのは、悪くはないのかもしれない。




「ほら、起きなよ。布団から出てるよ」


 僕は改めてその女の腕を揺すり、何とか起こそうとする。



「――――!?」



 すると今度は寝返りを打ち、壁側にあった腕が回ってきて、僕の体ごとクッションを抱き寄せる。


 …………え? 何この状況。


 女は更に少しクッションと僕を抱き寄せる。

 僕の目の前には彼女の寝顔が間近にある。

 目を泳がせれば、彼女の腕が背中に当たっている。

 僕の体の下にも彼女の二の腕。



「!!」



 何この状況!? え、ちょっと、やばいから!


 ふんわりと香る石けんの匂いとか、服越しにも分かる腕の柔らかさとか!


 もう少し緊張感とか持ちなよ、この女!


 何とか女の腕の中から出ようとするが、カエルの力では人間には叶わない。たとえ女だとしても。

 もう、ありえない。何でこんなことになってるの?


 すべてはあの側近のせい。人間に戻ったらあいつを殴ってやらないと気が済まない。




 ……………………。


 だけどこの女の腕の中、なんだか温かい。やっぱり人の体温が近くにあるからか?

 一人で布団に寝るよりも、池の近くで草をかき集めて寝るよりも、ずっとちょうどいい温度。

 いきなり抱き込まれてびっくりしたけど、案外これは悪くないのかも。


 なんて、うとうとしかけていたから、腕から逃げようともがくこともしなくなり、そのまま僕は眠ってしまった。




 この姿が夜の間だけであるということをすっかり忘れて――――。











 チュンチュン………チュンチュン……。


 朝日が顔にさしかかる。

 朝か……。


 いつも見るはずの嫌な夢を見ることなく、穏やかな気持ちで朝を迎えることが出来た。

 こんな朝はいつぶりだろう。


 だが、いつもよりも質が劣る布団の感触がする。ベッドもいつもより狭い。というか、後ろに寝返れば僕は落ちそうだ。


 ……? 何かが腕の中にある。抱き心地のいい何かが。


 うっすらと目を開けると、女の寝顔。


 ……………………。



「!?」



 僕は一気に覚醒した。


 何で狭いベッドの上に女と二人で寝てるんだ!? しかも腕に抱いて!!


 勢いよく上体を起こしたところで、夕べのことを思い出す。

 そうだった。不覚ながらこいつの腕に抱かれて寝たんだった。

 僕は顔を片手で覆いながら色々と複雑な思いに駆られる。


 というか、どうして僕の僕の腕の中にいたんだ? どうして僕は抱いていたんだ?

 腕の中に入ってきた? 僕が抱いた?

 ありえないありえないありえない!

 

 僕は複雑な気持ちになりながらも、横で寝ている件の女を見下ろす。


 ……………………。


 僕の身長は、他のやつらに比べると低い方の172cm。ニッポン地方の友人曰く、日本人の平均はこれくらいらしいけど、欧米系の方では低い方らしい。そんな僕の腕にすっぽり収まるほどの大きさのこの女。


 …………抱き心地が良かった。


 …………抱き心地が良い!? 何を馬鹿なことを言っているんだ僕は!


 再び手に顔を埋めてうなだれていると、廊下からこっちに向かう足音が聞こえてくる。


 コンコン。


「梅乃ちゃん、朝だよ」


 アサドだ。やばい。この状況を見られたら、あいつはずっとそれをネタに僕をからかうだろう。

 とにかくベッドから降りないと。


 そう思って焦りながらも軋むベッドから降りようとした。


 ――――が。


 女は僕の腕を掴んできた。



 おいいっ。寝ぼけてやってるのか!? 放せよっ。



 内心一人で焦りながらあたふたしていると、再びノックの音が聞こえる。



 コンコン。



「梅乃ちゃんー? カエルくんも起きてないの?」


 間延びした声が外から聞こえる。


 やばいやばい! 早くベッド下の布団に潜らないと!

 だが、女の手が案外強くて無理にはほどけなかった。


 おいいいっ放せ、バカ!



 ――――ガチャ。


 ……………………。



 扉から入ってきたアサドと目があった。


 アサドは目を丸くして部屋の中を眺めている。


 そしてゆっくりと、それはもうゆっくりと、口角を上げる。

 だがしかし、あの金色の目は少しも笑っていない。



「カエルくん、愉快だね」



 僕はその瞬間、赤髪の魔神にカエルに変えられてしまった。



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