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捨てられた王子たち  作者: ふたぎ おっと
第1章 おとぎの国からこんにちは
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1.夏海からのプレゼント

1.夏海からのプレゼント


 話は6時間前に遡る。




 

 4月に入り、新学期になって今日から学校が始まった。


 とは言ってももう大学3年目なので、そわそわすることもないし、びっしりと授業が詰められているわけではないので、今日は昼過ぎで終わり。サークルまでの時間に余裕があったので、休み明けで久々に会った夏海なつみと構内にあるカフェテラスでお茶をしていた。


「んー、日本は涼しいね。いかにも春って感じ!」

「いや、春だしね。それは暑い国に行ってたから当然だよ。自慢かこのやろう」

「ふふん、自慢だ、いいだろう」


 大学の中央通りを走る桜並木が一番よく見える席で、夏海は春の風をいっぱい吸い込んでいた。私からすると昨日まで15度以下でいたのが今日になっていきなり20度を上回るから、暖かいを通り越して少々暑いくらいなのだが、夏海からするとだいぶ涼しいらしい。


 私と同じ農学部の塩谷夏海しおやなつみは、サークルも同じ大学オーケストラ。

 だけど他にも旅行やスキューバダイビングなど非常に多趣味で、この春休みはスキューバ仲間でドバイとその周辺国に行っていたらしい。そしてつい昨日帰ってきたばかりで、時差ぼけやら気温やら、まだこっちの気候に順応できてないようだ。肌も行く前に会ったときより若干焼けている。



「それにしてもドバイって危なくないの?」

「うん、結構不安だったけどね、すっかりリゾート地だったし観光客で溢れてたよ。もう街並みがアラブっていうかスターウォーズだったね! 謎な建物めちゃくちゃあったし」

「あれ上ったの? あの世界で一番高いビル」

「バージュカリファ? 行かない行かない。あれは高すぎていけないよ。まぁなんだかんだ言ってメインは潜る方だったしね。そんなに海は透明ではなかったけど、綺麗だったよー」


 帰国が昨日の今日なのもあって、まだまだ夏海の興奮は醒め止まない様子。

 夏海は鞄からデジカメを取り出すと、撮った写真を見せてくれた。ドバイの街中と思われるスターウォーズ調の建物の写真から、白い砂浜の綺麗な海の写真、スキューバ仲間とのふざけた写真や現地の人と撮った写真など、見るだけでもこっちもかなり楽しくなるし、夏海が楽しんできたのが分かる。あ、この縞模様の魚きれい。


「はぁ、いいなぁ。私もアラブでセレブ気分味わいたいよ」

「えー、梅はそのうちすばる先輩と行くんじゃないの? だって入った会社石油会社でしょ?」

「あー……うん」

「何その反応。ケンカでもしたの?」

「実は別れた」

「え、この半月の間に?」


 私は頷きだけ返す。今日は夏海のおみやげ話を聞くつもりでいたから、あまりこの話で盛り下げたくなかったんだけど、夏海の柔らかい目つきが一気に鋭くなる。


「あぁもう、そんな顔しないで。別に隠すつもりはないけど、今はまだしらふじゃしたくないの」


 すると夏海は眉毛を少し下げながら問い返してくる。


「それじゃあ今日、練習の後に飲みに行く?」

「いや、明日1限あるし、夏海だって帰ってきたばっかでしょ? 時差ぼけとか体疲れてるんだから、また今度。別にそこまで落ち込んでもないから気にしないで」


 少しおどけながらも念押し気味に言うと、夏海はそっと息をつく。


「分かった。今日は聞かない。けど、理由はひとまず置いておくとして、そのこと恭介に話した?」

「恭介? まだ話してないよ。ってか言いづらい」

「まぁ、それは分からなくはないけど、恭介も気にしてたから。梅の気が落ち着いてからでも恭介には報告してあげてね」


 何でやたらと夏海が恭介のことを気にするのかは、二人が高校からの付き合いだからなのか、それとも昴先輩を紹介してくれたのが恭介だからなのか、どちらにせよ恭介にはそのうち報告することにしよう。




「じゃあ、まぁその話は後日聞くとして、梅乃さんよ。あなたに渡したいものがあります」


 しんみりした空気を元に戻すためか、一口カフェオレを呷ると、夏海は出していたデジカメを鞄にしまいつつ、何かを取り出そうとしていた。


「えーなになに? ドバイのお土産? 夏海ちゃんは私のためにヴィトンのバッグでも買ってきてくれたのかな?」

「愚か者め。そんなものが買えるわけがないでしょう。まぁ土産もだけど、誕生日」

 

 そう言ってテーブルの上に置かれたのは、アラベスク模様の袋に包まれた何か。置いたときのゴトって音と大きさから察するに、お皿とかマグカップとかだろうか。


「ほら、あんた誕生日3月21日でしょ? お土産も兼ねてってことになっちゃうけど、はい、おめでとう。やっとのご成人」

「え、そんな旅行の最中にわざわざ……ありがとう。早速開けてもいい?」


 私の誕生日は春休みのまっただ中なので、周りの人は帰省やら旅行やらで人がいなくてその日に祝ってもらうことは多くはない。忘れられていることもよくあることだ。だけど、その間にも旅行に行っていた友達が、こうして私の誕生日を覚えてくれていて、後日ではあるけれども祝ってくれるというのは、純粋に嬉しい。


 私はどこか心が温まる気持ちで受け取ったプレゼントを開けた。

 中から出てきたのは、急須? いや、これはランプ?


「これ、結構したんじゃないの?」

「いやいや、こう言うのもあれだけど、お土産コーナーにいっぱいあったし、ぴんきりだよ」

「うん、でも嬉しい。すごいね、ぴかぴかだ」


 いかにも「アラジン」に出てきそうな背の低めの水差しのような形をしたランプ。ぴかぴかに磨かれた金色の胴体の両側を赤色の帯が走り、その上に緑色や紫、黄色などの花や蛇などが散りばめられている。

 よく絵本や映画で見るような金色のシンプルなランプに、装飾をいくつか施したような可愛いデザインだ。


 私はそれを色んな角度から見たあと、ランプのフタを開けてみた。すると中から青色の石を付けた指輪が出てきた。


「あれ、これは?」


 私はそれを中から取り出し、夏海に確認する。


「あぁ、それは、ランプ買うときにお店の人に値切り交渉をしたんだけど、なかなかどっちも引かなくてね。そしたらお店の人が奥にこれ取りに行って、これとセットで同じ値段ならどうだって聞いてきたもんだから、ついでにそれも買っちゃった。だけどあたし金属アレルギーだから梅にあげるよ。サファイアだって、それ」

「えーと? 色々つっこみどころあるんだけど……そんなに高かったの?」


 確かに、ぴかぴかに磨かれた金色は金箔が付いているとかそういうレベルじゃなさそう。飾り細工だってそれなりにしそうだ。

 すると夏海はばっと手のひらを私の目の前に出してくる。


「いや、それは気にしないで。だってこういうの梅好きじゃない。見た瞬間これは絶対梅用だと思ったもん。あ、ちなみにあたしも別のデザインだけど、ランプ買っるからね?」

「そんな無理しなくていいのに。でもせっかく選んでくれたから、喜んで受け取るよ。夏海の愛情感じた」

「えぇ、今更?」

「それにしても、サファイアとセットって、これも結構するんじゃないの? よくお店の人出したね」

「そこ流すかこのやろう」


 夏海がつっこむのを聞き流しながら、私はサファイアの指輪をいろんな角度から観察した。

 

 セレブとほど遠い平凡な生活をしている一学生にとってみれば、こんな間近で宝石を見るなんてことがそうそうないことなので、なんだかとても不思議な気分だ。

 私の指ならどれでもちょうどよく収まりそうな金色のリングに付いた青色のサファイア。カボチャの種ほどの大きさのあるそれは、私が想像してた青みよりもずっと深く、深層水を思わせるような紺に近い蒼色。

 じっくり見れば見るほど吸い込まれそうで、その反面なんだか落ち着かせてくれるような感覚を感じさせる。



「本当にありがと」

「どういたしまして」


 改めて夏海の好意にお礼を言うと、夏海はどこか気恥ずかしげに返事した。


 テーブルの上に出したランプとサファイアの指輪を再び袋にしまいながら、もう一度夏海に深くお礼を言っていると、中央通りの向こう側から人が流れてくる。どうやら4時限目の授業が終わったようだ。


 あっちの方向は文系棟かな? 

 人の流れから小さめの女の子がこちらに向かって走ってきた。


「梅乃、夏海! ごめーん、待たせたね!」


 やってきたのは、大学オケで同期の森山由希。彼女は教育学部で私たちと学部が異なるが、何だかんだで気が合うため、よくこうして3人で喋っている。


「てか夏海帰ってきたんだね! お帰り! ってかあぁ、そろそろ音出し始めないと」


 身長が150cm弱の由希は、いつもやたらとテンションが高めだが、同じくらい落ち着きがない。なんとなくチワワ飼ってるような気分になる。


「そうだね、んじゃ練習行きますか。あ、由希、後でお土産渡すね」


 夏海は飲んでたカフェオレを飲み干すと、ぱんと膝を叩いて立ち上がる。私も抹茶ラテを飲みきり、夏海にもらったプレゼントを鞄の中にしまい込んで、二人に続く。


「?」


 プレゼントを入れた鞄は、当然入れる前より重くなるはずなのだが、何故か入れる前よりも軽くなっていた。不思議に思って鞄を見てみると、中に入れていたものは何一つ減っていない。


 ……私の気のせいか? 

 いや、でも……。


 夏海に疲れてる云々言う前に、疲れてるのは私の方なのか?

 夕べはちゃんと寝たのにな。まぁ春眠暁を覚えずとか言うもんね。きっと体がまだ寝ぼけてるのだろう。


 何とかこの違和感を納得させようと色々考え込んでいたら、先に歩いていた夏海と由希が振り返って呼んできた。



 うん、気のせいだ。

 とりあえず考えないようにして、二人を追いかけた。



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