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捨てられた王子たち  作者: ふたぎ おっと
第1章 おとぎの国からこんにちは
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16.なんだかんだで優しい

16.なんだかんだで優しい


 あの後、とんでも発言を繰り返すハインさんにフリードと一緒になって抗議していたが、「分かりました、そんなに嫌ならフリードは池に寝床を作りましょう」とか「梅乃お嬢様も魔神方にわいせつなことされて困っているのでしょう?」とか、有無も言わさずにこにこしながら言うものだからきりがなく、バイトの時間も迫っていたため私は早々に失礼した。

 あの側近、にこにこしながら結構腹黒い! 主人の魔法を解きたいのは分かるけど、何で私とフリードを無理矢理くっつけようとか考えてるわけ?

 ……まったく、おとぎの国から来た人っていうのは難ありな人たちばかりなのだろうか。あ、難ありだからこっちの世界に送り込まれたのか。



 若干脱力気味になりながらも、私はバイト先へと向かった。



 私のバイト先は、大学から自転車で15分ほどのところにあるファミリーレストラン「おどけたサンチョ」。ここのホール担当である。ちなみに「サンチョ」というのは「ドン・キホーテ」の登場人物”サンチョ・パンサ”からとっているらしい。


 おどけたサンチョの裏口から入り事務所に向かうが、途中の廊下や厨房に違和感を覚えた。

 ……なんか、いつもよりぴかぴか輝いていない?

 昨日、もしくは今朝のスタッフが念入りに掃除でもしたのだろうか?にしては、いつもよりくすみがなさ過ぎた。


 事務所に入ると、棚の前で店長が分厚いファイルを眺めて立っていた。

「おー佐倉さん、今日は来るの早いね。助かるよ」

「学校が早く終わったものですから……今日どうしたんですか?店内がいつもよりやたらと綺麗ですが」

「あぁ、それなんだけど、今日面接に来た子がやってくれていったんだよー。なんだかやたらと気が利く子でね。ほら、そこに置いてあるお菓子もその子が作ってきたんだって」


 店長が指差した先にあったのは、テーブルの上にある大きな紙袋。その中には一つ一つビニールのラッピング袋に包まれたマドレーヌやクッキー、シフォンケーキやマカロンなど、可愛い形をした焼き菓子が山になって入っていた。

 ……バイトの面接に来ただけなのに、掃除とお菓子って、なんだか気が利くというかちょっとずれてないか?


「佐倉さんもそれ、食べてみなよ。とても美味しいよ」

「じゃあお一つ」


 私はそのお菓子の山からマカロンが入った包みをとった。マカロンを作るとは、なかなかにレベルが高い気がする。相当お菓子作りが好きな子が来たんだな。

 それを口に放り込むと、マカロンの皮の部分がしゅわーっと口の中で溶けて、中に挟まれているクリームと絶妙なバランスでマッチする。正直市販で売っているマカロンよりも段違いな気がした。


「それでその人、入るんですか?」

「うーん、ちょっと悩んでいてね。なんせ相当綺麗な顔した子でね、なんていうの? イケメンって言うんだっけ? とにかくすごいハンサムな子で、おまけに掃除も料理もできるから、絶対入れてほしいってホールの子がきゃーきゃー騒いでてね」


 なるほど。掃除も料理もできるのなら、是非とも厨房担当にほしい人材ではあるものの、あまりにも顔が良すぎる人だから、そのせいでバイトの女の子たちの秩序が乱れかねない。結構ここのホールの女の子たちはミーハーな子が多いから、そういう人が入ると仕事にならなくなりそう。


「あぁ、そうそう。佐倉さんと同じ大学の留学生だって」


 ――――!?


「店長、それってどんな人でした? 少なくとも変な発言した傲慢な人ではなかったですよね?」


 魔神どもは留学生ではないし、フリードリヒとハインさんはさっきまで一緒だったからありえない。もしかすると午後一でテオデリックが来たとすると、それはそれはもう恥ずかしいことを散々しつくして帰ったに違いない。まぁきっとヤツは掃除とかお菓子以前に、電光板とか厨房の電子レンジとかに目を輝かせるだろうが。


「いや、物腰の柔らかそうな好青年だったよ。日本語がとても綺麗で驚いたけど」


 と、いうことは、テオデリックでもないと言うことか。それは少し安心――いや、安心なのか? 今の情報だけだと、おそらくその面接に来た人は王子じゃないのか? 3人目……一体誰だろう? もしかして、今日夏海が話してた人かな?


「もしその子が入ったら佐倉さんに指導お願いするからよろしくね」


 店長がにっこり笑って私に言う。

 はい、もう、否が応でも彼らに深く関わる運命なのですね。







 私のバイトのシフトは、火曜と木曜の週2日。時間は夕方4時半から夜10時まで。実家からの仕送りもあるから生活に困ることはないけど、自分で遊ぶお金くらいは自分で稼がないと、と思ってやっている。


 夜9時40分。仕事上がりまであとちょっと、というところでちょうど裏に回っていたとき、店長に呼び止められた。


「佐倉さん、もう上がっていいよ」

「え? まだ上がる時間じゃないですよね?」

「そうなんだけど、あれ」


 店長が指差した先は飲食ホールなのだが、厨房とホールの間のところでバイトの女の子たちがそわそわとある一点を見つめていた。その見つめている先を見ると、窓際のボックス席に、長い足を投げ出した若いアラブ人がいた。肌の色がいくら浅黒くとも暑苦しさを感じさせないさわやかなその青年は、カリムだった。

 カリムは、昨日や今朝見たようなアラビアンナイトの格好ではなく、胸元が広く開いたVネックのTシャツに黒のジーンズという、よりさわやかさを引き立てた格好で、優雅にコーヒーを飲んでいた。


「あの人、佐倉さんの彼氏なの? 佐倉さんに待ってるって伝えてって言われたんだけど、他の子がこんな状態じゃずっと待っててもらうわけにもいかないし」


 店長が少し疲れた感じで言ってくる。口には出さないが、「彼氏を見せに連れてこられちゃあ困るよー」なんて顔が言っている。

 私は一つため息をつくと、仕方なしに今日は上がることにした。


 途中、女の子たちが寄ってきて、「佐倉さん、あの人彼氏なんですか?」「彼氏じゃないなら紹介してください」「連絡先とか教えてもらってもいいですか?」とか口々に言うもんだから、これは本当に早々に上がるのが正解だと言うことが分かる。

 こんな状態じゃあ、今日面接に来たって言う彼が入ったらどうなることやら。




 更衣室で着替えて帰り支度をしてからホールに向かう。

 あぁ、顔はやっぱりその辺にいるようなのと段違いにいいから、スタッフだけでなくお客さんの目も集めてるよー。イケメンってすごいな。


 私がカリムの席へ近づくと、カリムは顔を上げてこちらに気づく。


「どうしたの、こんなところまで来て。冷やかし?」


 今朝のこともあるので、少しつっけんどんに言ってしまう。

 するとカリムは少し眉を下げつつさわやかに笑って返してくる。


「何だよ、まだ怒ってたのか。悪かったって。夜も遅いし、迎えに来てやった」


 なんて、こんな公衆の面前で頭を撫でてくるので、周りの目が痛い。女の子たちの中から「何だよ、あの子か。大したことない」なんて声が聞こえてくるが、気にしちゃダメだ。

 とりあえずカリムを引っ張って外に出る。


「迎えに来てくれたって、別に今日が初めてじゃないからいいのに」


 きっと何か裏があるに違いないと思いながら、観察するようにカリムを見上げる。185cmの高身長は、私にとっては首が痛いほど高い。


 だがカリムはがしがしと私の頭をかき混ぜると、その気がなさそうに答える。


「なんだよ、こういうのは素直に受け取っておけって。まだ10時だと思ってるだろうが、夜道は何があるか分からないんだぞ。少なくとも女の一人歩きは危ないだろうって、今日は俺が迎えに来た」


 カリムは今朝のことなど関係なしに当然といった感じで言ってくる。いたって普通だ。


 今朝のことがあったから少し過敏になってしまっていたが、なんだかんだでカリムは面倒見がいい。昨日指輪から登場したときに殺虫スプレーでむせたときも、すぐに気がついて空気を入れ換えてくれたりお茶を飲ませてくれたし、今朝だって追加プログラムを作っておいてくれていた。セクハラなのは少々困るが、こういう面倒見がいいところは頼りがいがあっていい。


「それにしても、よくバイト先がここだって分かったね」

「ん? あぁ、なんせ魔神だからな」

「何それ」


 くすくす二人して笑いながら夜道を歩く。

 春になって暖かくなったといえども、夜の春風は少し冷たい。途中の並木通りでは桜が満開で、その下をかっこいい男の人と歩くって言うのは、なんだか落ち着かない気もする。

 カリムも横で桜を見上げながら、「おー、これがニッポンの桜か」と珍しいものを見るような目で呟く。おとぎの国のニッポン地方とやらに行ったことないのかと聞くと、桜の時期に行ったことはないらしい。


「そういえば、どうして王子たちの監視役がカリムたちなの? アラビアンナイトとヨーロッパの童話って、あんまり関わりがなさそうだけど」

「あぁそれは、アラジンと姫様が何のトラブルもなく、無事に夫婦生活円満してるからな。お役ご免ってことで、ちょうど仕事が空いていたのが俺らだから、こっちに派遣されたんだ」

「ふーん」


 確かに、フリードリヒとかテオデリックとかみたいに、うまくいかなかったカップルの面倒を見なくちゃいけないから、ハインリヒさんみたいな脇役はその役を解放されないのだろう。一方で、主人たちが無事結ばれた脇役たちの方が、こういったことを全体見渡せるため、適任なのだろう。



「――梅乃?」


 大学の構内を横切りながら二人で歩いていると、後ろから声をかけられた。

 振り向くと、そこにいたのは恭介だった。部活帰りなのだろう、布に包まれた竹刀を肩に担いでいた。


「恭介、こんな時間まで部活なんだね」

「あぁ、そうだけど……誰?」


 恭介は近くまで寄ってくると、私の横にいるカリムを見て少し眉を寄せる。恭介も十分背が高いのだが、カリムには及ばず見上げる形となる。


「ええっと、最近知り合ったアラブ人。こっちにワーキングホリデーで来ているみたい」


 一瞬どう説明したものかと頭を働かせたが、何とかそれっぽい設定にできた気がする。

 だが、恭介はそれを訝しく思ったのか、カリムを睨むように見る。


「あ、あの、恭介? 大丈夫だから。こんなうさんくさそうな顔してるけど、怪しい人じゃないから」

「ふーん、ま、気をつけて帰れよ。じゃあな」


 カリムに何か不審なところでもあったのか、何か一言言いたそうにしていたが、特に恭介は何も言わず、いつもよりも素っ気なく踵を返し去っていく。

 確かに不審なところはあるけれども、今の格好ではぱっと見ただのアラブ人のイケメンに過ぎない。あの素っ気ない態度も何かひっかかるが、きっと練習で疲れていたのだろう。それで機嫌も悪かったに違いない。


 と思うようにして、恭介がいる間一言も喋らなかったカリムを振り向くと、カリムは琥珀色の目を細めて何か考えるような顔をしていた。


「カリム? どうしたの?」

「ん? ああ、いや、お前モテモテだな」

「は?」


 私が呼びかけると、カリムはにやっと笑ってそう言う。

 今のやりとりで何故そう思ったのか、是非とも聞きたい。


「さっきのあいつ、終始俺を睨んできたぜ。きっと俺に妬いていた」

「何それ、顔がいいとそんな自意識過剰になるの?」


 第一、恭介が私に妬く理由が分からない。私に前の彼氏を紹介してきたのは恭介だ。妬くくらいなら普通は薦めてこないだろう。なのでこれはカリムの冷やかしととっておこう。


「それにしても、こんなちんたら歩いていると、家に着くのが遅くなりそうだな。ちょっと梅乃、自転車にまたがれ」

「へ? どういうこと?」

「いいから」


 遅くなりそうといっても、ここからうちまで歩いて20分ほどのキョリだ。そんなに掛からないのに。

 そう思いながらも、言われたとおりに自転車にまたがる。

 すると、カリムが後ろに回って自転車の後輪を押す体勢になる。


「え? 何するの?」

「いいからちゃんとハンドル捕まってろよ――――飛ばすから」

「へ? ってうああああっっ」


 カリムが勢いを付けたかと思うと、いきなり後ろから風がばばばって吹いてきて、周りの景色が3倍速の早回しのように消えていく。すさまじい勢いで風を切って前に進んでいた。


「――ほら、着いたぞ」


 あまりの勢いに呑まれてぎゅっと目をつむっていたが、カリムの声と共にゆっくり目を開けたら、そこは私のマンションの下だった。

 あまりのことに驚愕して、私はいっぱい開いた目をカリムに向けると、カリムはにかっと笑う。


「ただの瞬間移動だ」


 とあっけらかんと言うけれども、私は突然のことで心臓がばくばくしていた。それがただの瞬間移動だと聞いて、気が抜けてへなへなと自転車のハンドルに突っ伏す。


「あ、おい、大丈夫か?」


 カリムが右側から私の顔を覗き込む。


「瞬間移動……はぁーあせったぁ」


 未だに心臓がばくばく鳴っている。ジェットコースターよりも速い勢いの瞬間移動は、心の準備もできないまま行われたため、心臓が縮み上がりそうだった。

 若干、涙目でもある。


 するとカリムが左手で私の頭を自分の胸へと抱き込む。まだ心臓がうるさくて肩で息をしていたが、カリムの腕の中の温かさのせいか、私の頭を撫でる手の大きさのせいか、次第に気持ちが落ち着いてくる。


「今朝のことといい今といい、お前なんだかんだ言って可愛いのな」

「……うるさい」


 一体誰のせいでこんなことになったのかと言ってやりたいが、そんな気力もなかったので、黙っておく。


 カリムはぽんぽんと背中を叩きながら「ごめんな」と耳元で謝ってくる。それから私の気が落ち着くまで、カリムはずっとそうしてくれていた――。






 咄嗟のことで自分のことでいっぱいいっぱいになっていたが、まさかさっきのことを誰かに見られているとは微塵も思っていなかった。



「なんだったんだ……今のは……?」


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