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捨てられた王子たち  作者: ふたぎ おっと
第1章 おとぎの国からこんにちは
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11.スライド式の椅子

11.スライド式の椅子


 昨日から学校が始まったばかりなので、今週の授業は全て初回。初回の授業は履修するしないに係わらず、どの先生がどんな授業をやっているかの様子見をする生徒も多い。そのため、なるべく前過ぎず、後ろ過ぎない席を確保するには、授業開始の15分前には着いていたい。


 家を出るときに、あの見せかけさわやかアラブにからかわれて少しもたついてしまったが、何とか8時半には講義室に到着できた。


 今から受けようとしている講義は学部の授業ではなくて、1,2年生が受けるような教養の授業。


 『バレエ芸術に楽しむ』


 去年まではなかった講義で、今年から新たにできた科目。文学部の教授や近隣の芸大の講師が行う講義らしい。

 教養の単位はもう既に揃っているけれど、こういった音楽に係わる授業ってのはやってて苦にならないし、授業の時間を使って実際に演奏会や舞台などを見に行ったりもするため、それはそれで勉強になるのだ。

 まぁ、完全に趣味で受けるようなもんだけど。


 大講義室ほど広くはないが、十分広さのある講義室の前の扉から入ると、ちらほら人がいた。授業開始から15分前と言っても、この時間でちゃんと来ている人は交通機関を使ってくるような人がほとんどで、この界隈に住んでる一人暮らしの学生はもっとギリギリに集まるだろう。


 まぁ今日が初回と言っても、まだ新入生が入っていない状態であるから、受けに来るのは2年生以上。今日はまだ本格的な授業ではないらしいが、次回も今日来られなかった新入生のためにガイダンスのようなものを挟むらしい。なので今日はそこまで人は混まないだろう。


 そんな講義室の真ん中にある長机の左端に座る。

 前過ぎず後ろ過ぎず、うん。ベストベスト。


 まだ始業まで時間があるので、私は本を呼んで時間をつぶすことにした。



 本を広げてしばらくすると、人が前後の扉からちらほら入ってくる。

 そんな中、一際目立つ人物が前の扉から入ってきた。その人物に、他の人も注目する。


 入ってきたのは、これまた180cmはあるだろう高身長の欧米人。だが、ただの欧米人って感じじゃない。

 やたらと質の良さそうなグリーンのベストを着こなし、黒のスキニーパンツを穿いて黒の編み上げブーツを履いている姿は、かなりのおしゃれさんでイケメン。でもそれだけじゃなくて、肩口まで伸びた緩いウェーブの栗色に囲まれた角張った輪郭と彼の少し上がり気味の瞳は、気の強さを与えつつもこの人なら導いてくれそうという印象を与える。王子っていうより銃士とか騎士とかにいそうな感じ。


 …………ん? 王子?


 は! もしかして!



 確かにあの人はそんじょそこらにいなさそうな美形だ。あの長めの栗色の髪がなんとなくそういう気がする。


 あれで流暢に日本語話していたらきっとそうなのだろう。

 もっとよく観察しなくては…………!



 その人は注目を浴びながら悠然と歩き、何故か私が座っている長机の右端に腰を下ろそうとした。


 そう、腰を下ろそうとはしたんだよ。


 ただ、座り方が分からなかったんだよ。


 この講義室の椅子は、よく劇場とかであるような座る部分が背もたれにくっついているタイプのアレじゃなくて、座る部分が表に向いていて、そこにお尻を乗せればスライドして座れるタイプの椅子になっている。

 ちょっと前屈みになるとお尻が椅子ごと浮くアレだ。


 劇場タイプの椅子はもしかするとおとぎの国にあるかもしれない。


 でもこのタイプの椅子は初めてなのかな?



 あぁ、劇場タイプだと勘違いして椅子を上げようとしている!




「あの! それ椅子を跳ね上げるのじゃなくて、前にスライドさせるんです」


 もう見てられなくて思わず声をかけてしまう。

 するとその人は灰色の瞳を丸くする。いまいちどういうことか伝わらなかったのだろう。

 頭にはてなが見える。



「えっと、こう座るんです」


 私は一回立ち上がってから実演してみせる。

 すると彼はようやく意味が分かったらしく、私がやったのと同じように椅子に座ってみた。




 ――ズドン。



 ……うん、初めてだと椅子が沈んだ後の衝撃って結構あるよね。


 その人はこっちに向き直るとニカッと笑う。




「教えてくれて助かった」




 その口調はどこか偉そうな素振りを見せたが、見せた笑顔はさわやかなものだったので、一瞬見とれてしまった。

 やはり、そんじょそこらのイケメンではない。

 それに予想通り、彼は流暢な日本語を喋った。



「俺は留学生でまだ来たばかりで知らないことだらけなんだ」



 いや、普通の留学生はそんなにぺらぺら日本語喋ったりしないぞ。留学生の「知らないこと」って言うのは普通、留学先の言語や文化、政治、経済などなどであって、椅子の座り方くらいは普通はみんな知ってるぞ。



「しかし日本という国はすごいな。馬も使わずに勝手に動く車やひとりでに開く扉は初めて見たときびっくりしたぞ。科学というらしいな」



 あぁもう、この人喋らせておくと、勝手に自分からボロ出してくじゃないか。せっかくそんじょそこらじゃいないイケメンなのに、こんな常識知らずのような発言してたらかわいそうな人になっちゃう。



「それは日本じゃなくてもこの世界どこに行ってもそうですよ」



 と、少しため息混じりに左手のサファイアを見せる。

 それを見ると、彼は目を見開く。


「その指輪はカリムの……あぁ、そういうことか」


 彼は私とサファイアを見比べると、どうやら得心がいったように目を細める。



 私は一つ開けていた彼との間を詰めて、声を小さくして言う。


「初めまして、佐倉梅乃です。話は一通り聞いています」


 ひとつ私が会釈すると、彼はゆっくり頷く。

 なんだか王族っぽい仕草だ。


「これから世話になるな。俺はテオデリック・ヨハンネス・ニールセン。テオと呼んでくれ。敬語もいらないぞ」



 …………やたらめったら長い名前だな。それじゃあテオと呼ばせてもらおうか。



「じゃあ、早速質問いい? テオは何の王子様なの?」


 これだけは気になるので真っ先に聞いておく。と言っても、こんな話普通の声ではできないので極力抑えたトーンで。


 聞くとテオは答えたくなさそうな顔になる。でも答えないわけではなく、一つ息をつくと答えを返してくれる。


「まあいい。どうせあの魔神たちに話を聞いてるんだもんな。そもそも俺は王子じゃない。俺はアンデルセン地方のスワン領の王だ」

「王子じゃないってあれ? スワン領? 物語名じゃないの?」

「その一部だ」


 なるほど、全部が全部領地に物語り名が付いてるわけじゃないのね。



 あれ? そしたらこの人は何の物語の人?



 私が考え込んでるのを見てテオはもう一度息をつく。




「俺は『白鳥の王子』に登場する王だ」





 『白鳥の王子』ってどんなのだったっけ――――!?

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