1.
「神は誰の手によって創られたのか」
「宇宙の外には一体何が在るのだろうか」
「自分は如何して生を受けたのだろうか」
私は、答えの出ない事を自分に問いかけ、考えると何とも言えぬ快感が得る事が出来る。貴方もそういった事はないだろうか。勿論皆が皆自分の様な快感を感じる事は出来るとは限らない。
或る人に似通った答えの無い質問をし、
「快感は得られただろうか。」
と聞いてみても、大した返答がこないかもしれない。しかし、其れこそが自分にとって、最高の快感なのだ。他人には感じる事の出来ない快感を感じる事が出来る。それこそが私が周囲より優れているという、一種のステータスなのである。
真夜中、光る目、笑う口。剥き出した歯は、黄ばんで醜い。呼吸をする度に吐いた息は、気持ち悪そうに窓の外へ消えた。
「気が狂ってる」と皆が口を揃えて僕に言う。何故常人であるべきなのかと私が問うと、皆は何も言わずに私を殴った。気が失って、また目が覚めると、皆は私に「申し訳なかった」と泣いて謝った。如何してこんな事に成ってしまったのだ、と両親は毎日の様に嘆いた。あいつはもう駄目だ、と言う一方で、医者には
「金ならある、金ならあるんだ。」
と、ヒステリックに歪んだ声で助けを請った。
私は自分がおかしいとは思わない。寧ろ私の目には、両親、医者、学校の同級生、私を軽蔑視する人々の方が、大きな精神病を抱え込んでいる様にしか見えなかった。
両親は私に恩着せがましく全てはお前の為なのだ、と話す。
「では、私に優しさを与えずとも宜しいです。何故私の気が狂っていると思ったのでしょうか、私には貴方達の方が精神病を患っているように見えますが。」
そう質問すると父は憤慨し、私に罵声を浴びせ、また何度も謝った。
「まず、失礼な言葉を謝ります。しかし、貴方は私が冷静に質問しているのに対し、冷静に返答を返せない上、罵声を浴びせた後、情緒不安定に泣いた。これが常人であると考えろと言うのでしょうか。」
両親は黙って机を叩き、
「お前は人間ではない」
と言ってから、自分の部屋へ入った。
しかし、自らの脳で自分の息子を人間ではないと決定付けたのにもかかわらず、何度となく両親は同じ事を繰り返した。その度に私は同じ質問をしたが、答えなかった。そしてまた去って行き、数日後に同じ事を言った。その会話がある毎に私の中で
「私は両親が狂っていないと決め付ける事は出来ないが、両親も私が狂っていないと決め付ける事も出来ない。」
という考えが自分の中で強固な物になって言った。また、それと同時に、そんな両親が滑稽で、笑いが止まらなかった。
医者も両親となんら変わらない態度だった。
「何故君は―」、何故、何故、何故。理由ばかり求める医者は、両親が理詰めで激怒しているのと同じだった。私が質問に答えた後、医者と同じように「何故貴方は―」と質問攻めにすると、
「何故君は何故、何故、何故、と理由ばかり求めている?何か過去にそれに関連する出来事があったのかも知れない」
と言った。私の質問は答えず、自分の事について説明し出したものであるから、思わずニヤリと笑った。
何かと「お前は狂っている」と言われた為、ある程度社交性が有ると言う事を、周囲に気付いて貰うべきであると考え、学校へは行ったが、皆の態度に変化は無かった。それどころか、頭がおかしいと言われていた私の、社交性ある教師、同級生へのコミュニケーションは誰かに操られている等と、どちらの気が狂っているのだろうかと問いたくなる様な噂が広まった。中には、まともに接す教師、同級生も居たが、それが上辺だけの物なのか、私に対しての友愛なのかは判断することは出来なかった。
学校生活も意味の無い事であると考えるようになってから、登校を拒否した。その代わりに、図書館、喫茶店など、外出を積極的に行うようにした。しかし、街行く人々は、私の雰囲気を気味悪がって近寄らず自ら近づくとさも嫌そうな顔で会話に応じ、終わると
「あぁ、やっと終わったよ。」
と言うかの様に大きく背伸びし、自分には似合わぬ太陽の下を心地良さそうに歩いていった。
自分の存在が嫌になる事も、死のうと考える事も無かったが、現実と言う物に面白味は無いと言う考えは、自分の中で揺るぎない物となった。
一人になって、考えれば考えるほどこの世が必要なのか分からなくなった。
「私の隣に居る貴方が見えている風景は、私の見えている風景と同じだろうか。」
「私と貴方の見えている風景には、木々の緑が溢れている。しかし、貴方の言う緑は、私の言う緑だろうか」
「私の見えている貴方は本当に貴方だろうか、貴方の見えている私は本当に私だろうか」
「私は本当に見えているのだろうか。全て私の幻想ではないのだろうか。」
いつの間にか、私は生を受けてから予てより楽しいものであった、妄想に耽る事が現実となり、両親の嘆く姿が見えてしまう目も、父の罵声、くだらない噂話を聞こえてしまう耳も、要らなくなった。