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【一話完結】「アナログ土方」と追放された筆頭環境建築家が、死の星を手作業で銀河一の楽園にするまで〜AI暴走で滅びゆく元上司たちが泣きついてきたが、入星ビザの審査基準は「心」なので全員お断りです〜

作者: 蜜柑 あめ
掲載日:2026/07/01

■プロローグ:絶対計算の終焉


「君はクビだ、シオン・アーグライト君」


銀河最大の星間ゼネコン『アストラル・ビルド社』の最上層。

全面ガラス張りの役員会議室に、冷酷な声が響いた。


声の主は、新任の最高経営責任者(CEO)であるザルクス。

野心と傲慢さだけが服を着て歩いているような男だ。


「君のその『泥臭くて非効率で、まるで原始人のようなアナログ環境構築理論』は、我が社にとってもう二度と必要なくなったということだ」


ザルクスは高級スーツの襟を正しながら、薄笑いを浮かべて私を見下ろしている。


「ザルクス社長。私の『ガイア共鳴理論』を非効率だと切り捨てるのは早計です」


私は、会議室の円卓の中央に投影されているホログラム・データを指差した。


「確かに私のテラフォーミング(惑星環境改造)手法は時間がかかります。

現地の微生物を培養し、地殻の自然な動きに合わせ、数年単位でゆっくりと大気を醸成していく」


私は真っ直ぐにザルクスを見つめた。


「しかし、それこそが惑星が自らの力で『生きる』ための唯一の道なのです。

社長が推進している『全自動AI環境構築機構(通称:マザー・フレーム)』による強制的な環境改造は、短期的な利益を生み出すかもしれませんが、惑星の寿命を著しく削ります」


「戯言だな」


ザルクスは鼻で笑い、手元の端末を操作した。


円卓のホログラムが、緑豊かな美しい惑星の映像から、無数の機械の腕が星の表面に突き刺さり、強制的に大気成分を合成している冷徹なシミュレーション映像に切り替わる。


「マザー・フレームの計算にエラーはない。

AIは、君が三十年かけて行うテラフォーミングを、たったの三ヶ月で完了させる」


ザルクスは嘲笑を深めた。


「莫大な予算を食い潰し、現場で土にまみれてバクテリアを観察するような君の『アナログ土方仕事』は、もはや企業にとって負債でしかないのだよ」


「……マザー・フレームには『生命の循環』という概念が欠落しています。

あれは星を改造しているのではない。星を剥製にしているだけだ」


「負け犬の遠吠えだな。シオン、君の功績に免じて、退職金代わりに一つ惑星をプレゼントしよう」


ザルクスが提示したデータに、周囲の役員たちが一斉に嘲笑を漏らした。


「辺境宙域の第十三セクターにある『タルタロス・ナイン』。

大気は猛毒、地表温度はマイナス一五〇度。君の大好きな泥遊びにはうってつけの『死の星』だ。そこで一生、バクテリアと語り合っていろ」


彼らの目はもはや、AIが弾き出す短期的な利益の数字しか見ていない。

これ以上、言葉を尽くしても無駄だった。


「……分かりました。その星、ありがたく頂戴します」


私は深く一礼し、役員会議室を後にした。


背後からは「せいぜい凍死しないように気をつけろよ、原始人!」というザルクスの下劣な笑い声が響いていた。


これが、銀河の星々を長年緑化してきた私に対する、彼らの最後の手向けだった。


しかし、彼らは知らない。

「死の星」タルタロス・ナインが、私の理論の真の力を証明するための、これ以上ない完璧なキャンバスであることを。


■1.死の星、タルタロス・ナイン


追放から数週間後。

私は中古の小型環境探査船に乗り込み、辺境宙域の深奥、タルタロス・ナインの軌道上に到達していた。


眼下に広がるのは、文字通りの「地獄」だった。


赤黒い分厚い雲が星全体を覆い尽くしている。

絶え間なく発生する超巨大な雷雲が、地表に向かって青白い稲妻を何千本と叩きつけていた。


大気成分は高濃度の硫酸とメタン。

地表は極寒の氷河と、そこから噴き出す有毒な間欠泉で構成されていた。


生命が存在する可能性は、AIの計算上「0.0000001パーセント未満」とされている。


「見事な死にっぷりだな……」


操縦席で一人呟きながら、私は思わず笑みをこぼした。

絶望的な光景を前にしているというのに、私の胸の奥では、環境建築家としての血が熱く沸き立っていた。


AIには決して理解できないだろう。

この星は「死んでいる」のではない。

あまりにも莫大なエネルギーを内包しすぎた結果、上手く呼吸ができずに「仮死状態」に陥っているだけなのだ。


私は船を自動操縦から手動に切り替え、大気圏への突入を開始した。


船体を激しい振動が襲う。

硫酸の雨が装甲を激しく打ち据え、計器類がけたたましい警告音を鳴らし続ける。


しかし、私の指先は迷いなくコンソールを叩き、風の裂け目を縫うようにして、地表の巨大なクレーターの底へと船を着陸させた。


着陸の衝撃が収まった後、私は環境スーツを着込み、ハッチを開けた。


吹き込んでくる猛烈な暴風雪。

視界は数メートル先すら見えない。

生命維持装置のディスプレイには、外部の過酷な数値が絶え間なく表示されている。


「さあ、仕事の時間だ」


私は船のカーゴルームから、特別に調合してきた『創世のジェネシス・シード』のコンテナを引きずり出した。


これは、私が長年の研究で作り上げた、特殊な共生バクテリアの集合体だ。

極限環境下でのみ活動を始め、周囲の毒素を取り込んで酸素と水に変換する性質を持っている。


マザー・フレームなら、巨大な大気変換プラントを建設し、強制的にこの星の大気を浄化しようとするだろう。

しかし、それでは星の自浄作用を殺してしまう。


私は、クレーターの底、地熱がわずかに感じられる亀裂の前にひざまずいた。

分厚いグローブ越しに、星の微かな震えを感じ取る。


「苦しかっただろう。もう大丈夫だ。一緒に呼吸を始めよう」


私は、コンテナのバルブを開き、青白く光るゼリー状のバクテリア群を亀裂の奥深くに流し込んだ。


ここから先は、私とこの星との、果てしない対話の始まりだった。


■2.泥と汗の創世記


それからの日々は、文字通り「泥と汗の連続」だった。


私はたった一人で、巨大な探査用クローラーに乗り、星の各地を巡った。

地脈の急所を探り当てては、バクテリアを定着させていった。


一ヶ月目。何の変化もない。

ただ猛毒の嵐が吹き荒れるだけだった。


三ヶ月目。

バクテリアが定着した地帯の硫酸濃度が、わずか0.1パーセント低下した。

AIならば誤差だと切り捨てる数値だが、私にとっては大いなる第一歩だった。


半年目。

地殻の下で、バクテリアたちが繋がり合い、星全体を覆う巨大な「神経網」を形成し始めた。


私はそれをサポートするため、毎日のように極寒の地表に出た。

彼らが活動しやすいように、地熱の誘導路を採掘用のレーザーで掘り続けた。


手作業によるテラフォーミングは、孤独との戦いでもある。

話しかける相手は泥と岩、あるいは目に見えない微生物たちだけだ。


しかし、不思議と寂しさはなかった。

星が徐々に暖かさを持ち、私に応えてくれているのが実感できたからだ。


そして、一年が経過したある日。

奇跡は、静かに訪れた。


いつものように地表の環境データを確認していた私の頭上に、一滴の液体が落ちてきた。


環境スーツのバイザーを拭う。

それは硫酸ではなかった。


純度100パーセントの、透明な水だった。


「あ……」


見上げると、赤黒かった空の雲が少しずつひび割れていた。

そこから信じられないほど澄んだ、瑠璃色の空が顔を覗かせていた。


バクテリアたちが大気中の毒素を完全に分解し、大気圏の構造を再構築したのだ。


大地を覆っていた極寒の氷河は溶け出し、清らかな川となって大地を潤し始めている。

バクテリアの死骸は肥沃な土壌となり、そこに私が第二段階として撒いていた植物の種が、一斉に芽吹き始めた。


数日のうちに、タルタロス・ナインは劇的な変化を遂げた。


見渡す限りの荒野だった地表には、エメラルドグリーンの草原が広がっている。

巨大な古代樹のような植物が、天に向かって枝を伸ばしていた。


空気は甘く、深呼吸したくなるほど清浄だ。

地表温度は摂氏二二度。完璧な居住環境。


「……やり遂げたな。私たちで」


私は環境スーツのヘルメットを脱ぎ捨て、生身の顔で風を受けた。

花の香りを孕んだ優しい風が、私の頬を撫でていく。


もはやこの星は「死の星」ではない。

銀河系で最も美しく、最も生命力に溢れた究極の楽園テラへと生まれ変わったのだ。


私はこの星を『ネオ・エデン』と名付けた。


■3.完璧な計算の崩壊


私がネオ・エデンで、自家栽培の珈琲豆を挽き、手作りのログハウスで優雅なスローライフを満喫していた頃。

銀河連邦の中心では、未曾有の大災害が進行していた。


アストラル・ビルド社が『マザー・フレーム』を用いて強引にテラフォーミングした数十の居住惑星で、一斉に「エコロジカル・コラプス(環境崩壊)」が発生したのだ。


AIの計算は確かに完璧だった。

「短期間で居住可能な大気を作る」という目的においては。


しかし、AIは「星が本来持っている生態系のバランス」を完全に無視し、地熱や大気を強制的に操作し続けた。

結果、惑星のコアが急激に冷え込み、あるいは逆に暴走し、地殻変動と大気汚染が連鎖的に引き起こされたのである。


銀河連邦の首都星すらも例外ではなかった。


マザー・フレームの中枢が存在する首都星は、最も過酷な搾取を受けていた。

ある日突然、大気浄化システムが完全に沈黙。

数時間にして空はドス黒いスモッグに覆われ、有毒ガスが街に溢れ出した。


アストラル・ビルド社の最上層、かつて私を追放した役員会議室は、パニックの坩堝と化していた。


「どういうことだ! なぜマザー・フレームが沈黙している!」


ザルクス社長は、血走った目でコンソールを叩き割らんばかりに叫んでいた。

彼の高級スーツは乱れ、髪は振り乱されている。


『警告。大気毒性、致死量の500パーセントを突破。地下シェルターへの避難を推奨します。ただし、シェルターの生命維持装置も、あと三日で停止する見込みです』


冷酷なAIの合成音声が、絶望的な宣告を突きつける。


「ふざけるな! 我が社が開発した惑星は他にもあるはずだ! どこか安全な星へ避難船を出せ!」


「し、社長! だめです!」


部下の一人が、涙声でホログラム・モニターを指差した。


「我が社がテラフォーミングした第1から第50までの全惑星で、同様の環境崩壊が起きています! 連邦政府も機能を停止。もはや、我々が逃げ込める星は、この銀河のどこにも……!」


「そんな馬鹿な……完璧な計算だったはずだ。AIが間違えるはずがないんだ!」


ザルクスは頭を抱え、床に崩れ落ちた。


その時、絶望に包まれた会議室のメインモニターに、一件の環境探査データがポップアップした。

それは、辺境宙域の深奥をパトロールしていた無人探査機が送信してきた、信じられない映像だった。


青く透き通る海。

緑豊かな大地。

清浄な大気を示す完璧な数値。


それは、かつて彼らが「死の星」と嘲笑し、シオン・アーグライトを左遷した場所、タルタロス・ナインの現在の姿だった。


「こ、これは……どういうことだ? あのゴミ惑星が、完全なクラスM(最適居住可能)惑星になっているだと!?」


ザルクスはモニターにすがりついた。


データによれば、現在この銀河系において、人間が生身で呼吸できる環境が維持されているのは、奇跡的にあの星ただ一つだけであった。


「シオンだ……あの『原始人』が、一人であの星を改造したというのか……?」


驚愕と、そして見苦しいほどの安堵感が、ザルクスの歪んだ顔に浮かび上がった。


「は、ははは! 助かった! あいつは我が社の元社員だ。あの星の所有権は実質的に私にある! すぐにシオンに通信を繋げ! 我々VIPを受け入れる準備をさせろ!」


■4.慟哭の通信領域


ネオ・エデンの見晴らしの良い丘の上に建てたログハウス。

そのテラスで、私は淹れたての珈琲を味わっていた。


遠くに見える巨大な湖には、私が持ち込んだ魚たちの末裔が元気に跳ねている。


その時、腕の通信端末が、数年ぶりにけたたましい電子音を鳴らした。

画面を見ると、「発信元:アストラル・ビルド社 最高経営責任者ザルクス」と表示されている。


私はゆっくりとカップを置き、通信のホログラム・ボタンを押した。


目の前の空間に、かつての傲慢な姿とは打って変わり、煤と汗にまみれ、顔を引き攣らせたザルクスの立体映像が浮かび上がった。


『おお! シオン! 無事だったか!』


ザルクスは、まるで親友に再会したかのような、白々しい歓喜の声を上げた。


『君の偉業は探査機のデータで確認したよ! まさか、あのタルタロスをあそこまでの環境に作り変えるとは! さすがは我が社が誇る筆頭環境建築家だ!』


「……何の用ですか、ザルクス『前』社長。私はとうの昔にクビになった身ですが」


私は表情一つ変えず、静かに言い放った。


『な、何を水臭いことを言うんだ! あれはちょっとした行き違いだ! 私は君の才能を誰よりも信じていた! だからこそ、あえて厳しい環境を与えて君の力を引き出したのだ!』


見え透いた嘘を並べ立てるザルクスに、私はただ呆れるしかなかった。


『単刀直入に言おう。今、銀河連邦の全居住惑星が環境崩壊を起こしている。マザー・フレームのちょっとしたバグのせいでね。我々特権階級のVIP数百名が乗った巨大避難船が、そちらに向かっている。君の星で我々を受け入れてくれたまえ。もちろん、報酬は望むままだ! 君を副社長にしてやってもいい!』


必死にすがりつくザルクスの声を聞きながら、私は星の風の音に耳を傾けた。


木々が擦れ合い、鳥が鳴き、生命が喜びに満ちて息づいている。

この星は、彼らのような強欲な寄生虫を受け入れるために蘇ったのではない。


「お断りします」


私の冷徹な一言に、ザルクスの顔が凍りついた。


『な……なんだと? お前、自分が何を言っているのか分かっているのか!? 私はアストラル・ビルド社の社長だぞ! この銀河の支配者層を救う義務がお前には——』


「義務? 私にあるのは、この星の生命を守る義務だけです」


私は立ち上がり、ホログラムのザルクスを見下ろした。


「あなたは言いましたね。私のやり方は『非効率で、企業にとっての負債だ』と。そして、マザー・フレームこそが完璧だと。……その完璧な計算の結果が、今のあなたの無様な姿ですか?」


『ぐっ……! それは……!』


「星は生き物です。数字の羅列でも、搾取するためのリソースでもない。それを理解できず、強制的に星の命を削り取ったあなたたちに、新しい星に住む資格はありません」


『ふ、ふざけるな! そっちがその気なら、軍事用ドローンを使って武力で制圧してやる! 辺境の星一つ、簡単に焦土にして——』


「無駄ですよ」


私はザルクスの言葉を遮り、手元の端末を操作した。


「この星の大気圏には、私が育て上げた特殊な共生バクテリアが層を成しています。彼らは、あらかじめ私が登録した『生体波長』を持つ者の船しか通しません」


私は冷たく微笑んだ。


「強欲や殺意、他者を支配しようとする攻撃的な波長を放つ船が近づけば、バクテリアは瞬時に超硬質のバリアを形成し、大気圏への突入を防ぎます。AIには『心』の計算はできない。入星ビザの審査基準は、この星の意志そのものです。あなた達のような傲慢な精神を持つ人間は、物理的にこの星の土を踏むことはできないのです」


『ま、待ってくれ! 頼む! 私が悪かった! 金ならいくらでも払う! 土下座でも何でもする! このままでは我々は、宇宙空間で酸素が尽きて死んでしまう! 頼む、シオン! 助けてくれええええっ!!!』


ホログラムの中で、かつての暴君が涙と鼻水にまみれて絶叫し、床に額を擦り付けている。


その醜悪な姿に、私は一切の感情を抱かなかった。

ただ、静かに通信切断のボタンに指を伸ばす。


「さようなら、ザルクス。せいぜい、冷たい宇宙の底で、完璧なAIの計算結果と語り合っていてください」


『シオンンンンンンッ——!!!』


プツン、という電子音と共に、ホログラムは完全に消失した。


静寂が戻ったテラスに、心地よい風が吹き抜ける。

もう二度と、この美しい星の静寂を乱すノイズが届くことはないだろう。


■エピローグ:新たなる星の鼓動


数日後。


アストラル・ビルド社のVIPたちを乗せた巨大避難船は、ネオ・エデンの大気圏外でバクテリアのバリアに弾き返された。

そのままエネルギーを使い果たし、宇宙の塵となった。

銀河連邦を支配していた強欲な権力者たちは、誰一人としてこの星に降り立つことはできなかった。


しかし、私の星が完全に孤独になったわけではない。


時折、小さな非武装の宇宙船が大気圏を通過して降りてくる。

乗っているのは、ゼネコンの下層でこき使われていた善良な労働者たちや、AIの支配を嫌って辺境に逃れていた自然を愛する人々だ。


彼らは、この星のバクテリアに「調和する心を持つ者」として受け入れられた、新たなる隣人たちである。


「シオンさん! 今日も良い天気ですね! 畑の手伝い、行きますよ!」


丘の下から、移住してきたばかりの若者たちが笑顔で手を振っている。

彼らの手には、彼ら自身が作った不格好だが温かみのある農具が握られていた。


「ああ、頼むよ。今日は南のエリアに、新しい果樹の種を植えよう」


私も笑顔で手を振り返し、丘を駆け下りた。


泥にまみれ、汗を流し、星と共に呼吸する。

非効率で、計算通りにいかないことばかりのアナログな毎日。


しかし、これこそが本当の「生きる」ということだ。


澄み渡る青空を見上げる。

AIの支配も、傲慢な権力者も存在しないこの新しい楽園で、私たちの本当の歴史が、今ここから始まろうとしていた。


(了)

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