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第28話 最強の母親たち①

空が、割れた。


夕暮れの琥珀色を塗り潰すようにして、天頂から垂直に落ちてきたのは、巨大な火柱ではない。


それは、意志を持つ「太陽の理」そのものだった。


「ぴ、……ぴぃぃぃぃぃ!!」


私の足元で、震えていたヒナが、その小さな翼を懸命に伸ばして空を仰ぐ。


それに応えるように、爆炎の中から現れたのは、朝の「幸薄系美人」な面影を完全に捨て去った、不死鳥フェニックスの真の姿。


全長数十メートルにも及ぶ真紅の翼が広げられるたびに、大気はイオン化し、不快な金属音を響かせていた帝国の魔導銃が、その過熱に耐えかねて真っ赤に溶け始めた。


「――っ! やはり現れたか! 帝国の至宝、不死鳥よ!!」


指揮官が、熱風に煽られて帽子を飛ばされながらも、狂喜の声を上げる。


「総員、第一種捕縛陣形を展開せよ! 剛山象ベヒモスを前に出せ! あの鳥は、自分の雛と、そこにいる女を巻き添えにはできん! 防御に回ったところを、魔導中和鎖で絡め取れ!!」


指揮官の言葉は、残酷なまでに的確だった。


王都の文献で読んだことがある。


これは伝説、あくまで逸話上の話。


多くの権力者たちが不死鳥フェニックスの力を欲しがった。


不死鳥(フェニックス)の羽は万病を癒し、その命は不老不死を与えると言い伝えられている。


だが、今日という日まで、それを為せた者はいない。これには理由がある。


不死鳥は「死と再生の理」であると同時に、「太陽」を司る幻獣。


不死鳥ママは、その気になれば、この星のすべてを蒸発させる「太陽殺し(フレア・ノヴァ)」を放つことができる。


不死鳥は自らに太陽を落とし、星全体を巻き込んで敵を蒸発させる。

その焦土と化した場所で、不死鳥だけが「死から再生する」と言われている。


……ヒナママ。


あなたは、あの子を守るために、一番苦手な戦い方を選ぼうとしている。


本来なら天を駆ける自由な炎であるはずのあなたが、地を這う者の盾になるなんて。


彼女の一撃は敵を滅ぼすと同時に、私が守っている4つの赤ん坊たち、それから私自身も炭化させてしまう。


だから、彼女は攻撃ができない。


「ぴぃ……っ!!」


ヒナが、自分の母親に迫る危機を感じ取ったのか、私の足元から飛び出そうとする。私は咄嗟にその小さな身体を抱きしめた。


熱い。ヒナの体温が、興奮で急上昇している。


「だめよ、ヒナ。……今は、お母さんを信じなさい。……そして、私たちがついていることも」


不死鳥ママは、空中で旋回し、その美しい瞳を一度だけ私に向けた。


そして、彼女は翼を大きく羽ばたかせると、地上へと急降下した。

だが、それは突撃ではない。


彼女は、私たちがいるエリアを包み込むようにして、地上数メートルの位置で円を描いて静止した。


「グルゥゥゥ……ッ!!」


彼女の全身から溢れ出す炎が、ドーム状の「壁」となって私たちを覆う。


「太陽の盾」。


それは一切の攻撃を放棄し、内側の命を守るためだけに、すべての熱量を「拒絶」のエネルギーへと変換する、不死鳥にとって最も屈辱的で、最も献身的な防御の理。


「今だ! 打てッ!!」


指揮官の号令と共に、帝国兵たちが一斉に魔導大砲を放つ。


ドォォォォン……ッ!!


衝撃波が庭を揺らし、本来なら美しい芝生であるはずの場所が、どす黒い土に変わる。


剛山象(ベヒモス)もまた、背中の制御具から放たれる激痛に操られ、その巨大な質量を炎の壁へと叩きつけた。


ズゥゥゥゥン……!!


炎の壁が、激しい火花を散らして軋む。


不死鳥ママの口から、苦悶の鳴き声が漏れた。


盾となった彼女の美しい羽が、絶え間ない魔導攻撃と剛山象(ベヒモス)の物理的な圧力によって、一枚、また一枚と、煤けていく。


「ハハハ! 見ろ! 伝説の不死鳥も、守るべき弱点を持てばただの的だ! 剛山象、もっと踏み潰せ! その山のような重みで、炎を押し潰してしまえ!!」


指揮官は、勝利を確信して笑い続けた。


剛山象の足元では、絶叫を上げるたびに大地が隆起し、鋭い岩が不死鳥の腹部を突き刺そうと迫る。


象の目からは、絶望と薬物による血の涙が流れていた。


私は、盾の向こう側で笑う男たちを睨みつけた。


勘違いしないで。このお母さんが、あなたたちに負けているんじゃないわ。


……待っているのよ、彼女たちを――


――その時だった。


周囲の気温が、一瞬にして数十度、急降下した。


夕暮れの熱気は消え失せ、庭の隅に咲いていた花々が、一瞬にして銀色の氷像へと変わる。


「……何だ? この冷気は……」


指揮官の言葉が、白く凍りつく。


さらに。


帝国兵たちの足元から、一切の音が消えた。


彼らが立っている「影」が、まるで意思を持つ生き物のように蠢き、彼らの足首を、首筋を、冷たく撫で回す。


「にゃ……、あ……」


ヨルが、私の足元で低く鳴いた。


それは合図だった。


指揮官の背後。


そこにはいつの間にか、三つの「巨大な影」が立っていた。


一つは、月光を宿した銀の毛並みを逆立て、黄金の瞳で獲物を定める、冬の理――ユキの母親。


一つは、影の中から実体化し、無数の影の触手を背後に揺らす、夜の貴婦人――ヨルの母親。


そして。


もう一つは、山のような巨体を揺らし、その足元から巨大な「森の根」を槍のように突き出させる、優しさの権化――ルウの母親。


母親たちは、一言も発さない。


けれど、その場の空気が、物理的な「重圧」となって帝国兵たちを圧殺し始めた。


「ば、……馬鹿な。なぜこれほどの神獣たちが一堂に……! ここはただの、小娘の隠れ家ではなかったのか!?」


指揮官が、腰を抜かして地面にへたり込む。


彼の背後で、ユキの母親が、絶対零度の吐息を彼の首筋に吹きかけた。


「……言ったはずよ。相応の覚悟はできているのかって」


私は、炎の盾の中から、ゆっくりと歩み出た。


私の左右には、すでに「お泊まり組」のユキとヨルが、母親たちに負けないほどの気迫を纏って立っている。


「うちの園児のママを、よくも汚してくれたわね。……この子たちの眠りを妨げ、母親を盾にさせ、あろうことか同胞をこんな姿に貶めた罪。……その身に刻んで、一生後悔しなさい」


……お母さんたち。彼らを殺す必要はないわ。


ただ、この人間たちが二度とこの森を、この子たちを、夢にさえ見たくないと思うほどの『絶望』を、教えてあげて。


ユキの母が、天に向かって遠吠えを上げた。

ヨルの母が、影の海を広げた。

ルウの母が、大地を震わせた。


そして、今まで盾に徹していた不死鳥ママが、その翼を最大まで広げ、黄金の瞳を爛々と輝かせる。


「「「「――ッ!!!!」」」」


四つの「世界の理」が同時に咆哮した。


それは、ジークフリード帝国の精鋭たちが、生まれて初めて、そして最後に見る「世界の終わり」の光景だった。




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