第3話 聖都
聖都へ戻る馬車の中、向かいに座る少年――セオドアはずっと俯いたまま、一言も口を利かなかった。
胸の奥がざわつく。怖いわけではない。けれど、セオドアから目を離してはいけない何かを、リュミアは確かに感じていた。
やがて馬車が止まる。扉が開いた瞬間、冷たい夜の空気が流れ込む。大聖堂の前に立つ父の姿が目に入る。
「おかえり、リュミア」
穏やかな声。しかし視線はすぐにセオドアに向けられた。
「……君か……」
リュミアは息を呑んだ。
「……セオドアのこと知ってるの?」
問いかけるが、父は答えず、ただセオドアを見つめる。
リュミアはその視線を見て、静かに立ちすくむ。
「リュミアは、屋敷に戻っていなさい。彼と少し話がある。」
父はリュミアに声をかけた。
リュミアは一瞬迷った。セオドアを心配する気持ちと、父に従わなければいけない思いが胸の奥でぶつかる。
「でも……」
小さな声で呟くが、父は頷くだけで説明はしない。
リュミアは心の中でそっと少年に語りかける。
(また会おうね……)
セオドアの背中を最後に見つめ、静かに大聖堂を後にした。
セオドアが案内されたのは、大聖堂の奥にある謁見の間。
「私は、ここの教皇――シリウス・アストラル」
シリウスが穏やかに声をかける。
「3年前に会ったこと、覚えているかな?」
セオドアは何も反応を返さない。
静かな空気が流れる。
「セオドア・ノクス・アルカディア」
シリウスはゆっくりと名を呼ぶ。
その声に、セオドアはビクッと肩を上げ、俯く。
シリウスの瞳は疑いでも問いかけでもなく、ただ事実を見据えていた。
沈黙を破るように扉が開く。
リュミアの兄、ウェズンがシリウスの前に歩いてくる。
「陛下からの書簡が届きました。」
シリウスは差し出された封書に手を伸ばし、静かに目を通す。
「我が国の運命に関わる重要な決定を、教皇シリウス・アストラルに委ねることとする。第3王子に必要な教育と導きを与えよ。その力を持って、国に光をもたらすことを期待している。」
シリウスは重く息を吐いた。
やがて、ふっと肩の力を抜くように言った。
「とりあえず、今日はここで休みなさい。」
シリウスはウェズンに声をかける。
「聖騎士団へ案内してあげなさい。」
ウェズンに先導され、セオドアは大聖堂の近くにあるライラプス聖騎士団へ向かう。
石造りの建物を抜け、訓練場に入ると、剣を合わせていた騎士たちはピタリと動きを止め、整列する。
「ガイウス、リゲル、来てくれ」
ウェズンが呼ぶと、二人の騎士がすぐに前に出る。
「この子の面倒を見てほしい」
ガイウスは眉をひそめ、目を見開いた。
「……この子は――?」
リゲルも目を丸くし、軽く息を飲む。
「セオドア・ノクス・アルカディア。王家の第3王子だ。詳細は言えない。」
二人は一瞬視線を交わす。
「王子……ですか?」
ウェズンは静かに頷く。
「わかりました。お任せください。」
二人は戸惑いながらそう答える。
ウェズンは、教皇の子であり、教皇を補佐する枢機卿団の首席枢機卿だった。
つまり、ウェズンの言葉は命令に等しい。
疑問は残っても、従うしかなかった。
「あとは頼む。王子ではなく、聖騎士見習いとして接してやってくれと、聖下が仰っていた。」
ウェズンはそう言って、立ち去る。
二人はウェズンの背が見えなくなるまで頭を下げ、セオドアの前に進み出た。
セオドアはまだ警戒したまま、体を小さく丸める。
その様子を見て、ガイウスが柔らかく笑った。
「よろしくな!」
セオドアは一瞬、目を見開く。
リゲルも微かに微笑む。
「王子とか気にせず、鍛えていくからね。」
その言葉に、セオドアは少しだけ肩の力を抜いた。
まだ警戒心は残っているものの、ここには危険はないのだと、信じてもいい気がした。




