異世界転移!……する前に終わった
放課後の教室。
部活に行く人、帰宅する人、バイトする人、遊びに行く人、各々が騒がしい放課後を過ごしている。
私――東雲千雪は、当番の日誌を書きながら、今日の出来事を振り返っていた。
欠席者は三人、遅刻者が一人、早退者はゼロ。
天気は曇り。
今日は私の嫌いな英語の授業があった。
毎回授業始めに小テストがあるのも嫌だった。
日本から出る気はないので、英語は必要ないと思う。
英語の欄には、厳しめのコメントを書いておいた。
明日は……
「異世界転移してみたいよね〜」
日誌を書く手を止めて顔を上げると、仲のいい友人の夏奈が椅子の背もたれを前にして座っていた。
「何、急に。どうしたの?」
「最近多いでしょ?異世界の小説とかアニメとか。」
「みたいだね。私はあんまり興味ないけど。」
「えぇー。面白いのに!異世界行って聖女とか、勇者とか、はたまたモブの冒険者とか!」
夏奈は反応の薄い私の興味を引くために、あれこれと設定を語る。
そんなに気合いを入れて話されても、興味ないのは興味ない。
私が好きなのは、推理小説とかミステリーとかだ。
現代の中で起こる様々な物語を読み解くのが好きだ。
「こっからが本題なんだけどね。」
あ、今までの語りはフリなんだ……
「最近行方不明になる人多いじゃない?一部の界隈では噂になってて、実は行方不明になった人は、異世界に呼ばれたんじゃないかって話。」
確かに、平和な日本では珍しいくらい、最近行方不明者が多い。
ニュースでもよく暗くなったら出歩かないように、一人で行動しないように注意されている。
もちろんこの学校でも、ニュースを受けて注意喚起がなされている。
けれど、行方不明者は一向に減らない。
この学校の生徒や教師も、行方不明になっている人がいるそうだ。
私の身近ではないので、詳細は知らないが。
まぁ、でも……
「異世界に呼ばれるなんて、あるわけないよ。昔からある外国に拉致されたとか、家出とか、色々重なったんじゃないの?」
「違うんだって!私の親戚の同僚の友達の話なんだけど……」
……それって、ほぼ他人……
「声がしたから振り返ったら、さっきすれ違った人がパッと消えてたんだって!絶対異世界転移だよ!」
「見間違いか記憶違いじゃない?」
「もう!ロマンがわかってない!」
「ロマンって、行方不明にロマンもクソもないでしょ。」
「その人だけじゃなくて、何人も見たって言う人がいるの!声が聞こえたとか、模様が地面に浮かんだとか、穴が空いたとか!」
……異世界転移にしたい人が作っている話だと思うけど、言ったところで否定されるだけだよね……
「とりあえず、声とか足元に気をつければいいんだね。」
「もう〜そうじゃない〜〜!」
夏奈は机をバンバン叩きながら、顔を伏せた。
そんな時、教室の入り口から担任の先生が入って来た。
「あら?東雲さん、九浪さん、まだ残ってたの?用事がないなら早く帰りなさい。」
周りを見渡すと、教室に残っているのは私と夏奈だけだった。
「「はーい。」」
書きかけだった日誌を急いで完成させ、先生に手渡した。
「当番ご苦労様。」
「「先生、さよなら。」」
「はい、さよなら。気をつけてね。」
先生の声を背中に、私と夏奈は教室を後にした。
途中の分かれ道までずっと、夏奈は異世界について熱く語っていた。
段々聞き飽きて来て、途中からは右から左に流していた。
そんな私に気がつきもせず、夏奈は満足そうに語り終えると、手を振って帰って行った。
『……さま!』
あ、靴紐……
運動靴の靴紐が解けたのを結んでいると、少し前が一瞬明るくなった。
(『……!?』)
自転車かバイクのヘッドライトだろうか?
少し暗くなって来たから、気をつけないと。
日没を背に、家までの道を急いだ。
翌朝。
少し寝坊してしまったので、走りながら学校へ急ぐ。
『……じょさま!』
あ、水たまり……
目の前の水たまりを踏まないように、ピョンッと飛び越えた。
(『……はあ!?』)
何故あんなところに水たまりがあったのだろう?
昨夜も今朝も、一滴の雨も降っていないのに。
誰かが打ち水でもしたのだろうか?
不思議なこともあるものだ。
少し気になったけど、今の時間を思い出して、不思議な水たまりのことは意識から締め出した。
なんとかチャイムまでに、教室に滑り込んだ。
ホッと息をついていると、前の方に座る夏奈が振り返って手を振ってきた。
それに苦笑いと手を振り返した。
チャイムと同時に先生が入って来て…………絶望した。
時間割変更で、一時間目が英語だったのだ。
今日はついていないと思いながら、小テストで頭を抱えるのだった。
放課後、ボロボロだった小テストを受けて、英語の先生に呼び出された。
いつもはそこそこの点を取っているので、心配されてしまった。
再テストと英語の先生との話が終わると、外は薄暗くなっていた。
時間を見ると午後六時。
『聖女さま!!』
校門を出ようとすると、忘れ物に気がついて足を止めた。
明日提出の宿題を、机の引き出しに入れたままだった。
(『なんで!?』)
慌てて教室に引き返す時、地面にペイントの落書きが見えた気がした。
……まぁ、気のせいだろう。
校門前にペイントする馬鹿はいないだろうし。
私は教室が施錠される前に、全力で階段を登ったのだった。
今朝は、余裕を持って起きることができた。
遅刻ギリギリだと落ち着いて準備ができないから、余裕は大事だと実感する。
ニュースを見ながら朝食のパンを咥える。
動物園でキリンの赤ちゃんが生まれたらしい。
可愛い。
もう何年も動物園に行っていない。
時間がある時に、家族に言ってみよう。
次のニュースは、また行方不明者の話。
本当に最近多い。
日本って、そんなに治安悪かったっけ?
嫌だな……
もっと、楽しいニュースがいっぱいならいいのに。
あ、ヤバッ。
学校行かないと。
テレビを消して、玄関で靴を履く。
靴紐よし!
「行ってきまーす。」
『聖女よ!どうか!』
扉を開け……
あ、今日午後から雨が降るんだ。
折り畳み傘持って行かないと。
パタンッ
(『ちょっとお!?』)
慌てて自分の部屋に戻り、折り畳み傘を鞄に詰める。
階段を駆け降りて、家を出た。
――――――
「なんなのよ、あの女!?」
靴紐に、忘れ物に、鳥のフンに、落とし物……
寸前のところでいつも回避される。
あれもダメ、これもダメ……
もう何十回と転移の門をつなげたのに、一向に異世界に転移する気配がない。
あの女を見つけたのは、少し前のこと。
日本人は異世界に順応しやすいので、異世界転移させる時は好んで選んでいた。
ただ最近の若者は、勇者や聖女と聞くと揃って喜んだ。
それはいいのだけど、順応しすぎて暴走し、挙げ句の果てには破滅するパターンが増えてきた。
それでも日本人を選び続けるのは、異世界転移のしやすさと順応性、異世界に行った時の能力の高さからだ。
次の日本人を探している時に、あの女を見つけた。
年齢は15歳、処女。
そして、聖女の特性を強く持っている。
異世界にあまり興味のなさそうな人物。
いい見つけものをしたと思った、その時は。
一度失敗して、やっちゃったと思った。
度々あるのだ。
偶然が重なって失敗することが。
だからもう一度やった。
けれど、また失敗。
ありえない。
この私が失敗するなんて。
そこからはムキになって、何度も門をつなげた。
気がつけば加減なく、限界ギリギリまで力を使っていた。
禁じ手の最終手段で、交通事故や集団転移を起こしたのに!
なのに……
「いい加減にしてよ!あの女!」
「いい加減にするのはお前さんじゃて。」
私の神域に、よく知った声が響いた。
ここは隠れ神域。
誰にも見つけられないはずなのに。
「そ、統括神様……」
振り返った先にいたのは、幾つもの世界の神を統括する、統括神様。
かのお方からは、怒気を含んだ神気が放たれている。
まずい……
「ど、ど、ど、どうされたのですか?」
「どうしたも、こうしたもあるかっ!?!?」
「ひっ……」
「いくつかの世界神から、苦情が上がっておるのだ!勝手に世界を渡らせたせいで、世界が混乱しているとな!!」
「そ、それは……その……」
「弁明も、弁解も聞く気はない!!お前はもう二度と神に戻ることはない!駆除される虫となって生きるがいい!」
「いやーーーー!!!!」
統括神は女神から神気を抜き出し、魂を粉々にして呪いをかけた後、世界に蒔いた。
新たな世界神の選定、世界の壁の修復、混乱した世界の修正と補償……
あまりにも増えた仕事に、統括神は深く深くため息をつくのだった。
「それにしても、あの少女……どっかで見たような…?……いや、気のせいじゃろう。さて、仕事に戻ろうかのぅ。」
女神の作った神域は、統括神が跡形もなく消し去ったのだった。
――――――
「ん〜肉まん美味しい……」
そんな神々の事情など知る由もなく……
少女は何も知らないまま、始まる前に終わったのだった。




