自分に自信が持てない女の子と幽霊の話
文学部の友人に影響され、初めて小説を書きました。
拙い点も多いとは思いますが、ぜひ最後まで読んで、感想をいただけたら嬉しいです。
厳しい意見でも構いませんので、コメントよろしくお願いします。
「ねえ君、私のことが見えるの?」
海のように透き通った瞳を持った少女は葵に声をかけた。葵は驚いて少女を見る。
よくみたら彼女の足元は透けていて、青空の色をしていた。
これが葵と幽霊の少女との出会いだった。
幽霊の少女はツバキと名乗っていた。ツバキは葵と同じ、富士北中学校の生徒だったらしい。
葵は学校が苦手だった。
本当は今すぐ反対方面の電車に乗ってどこか遠くの海辺へ行きたいような気持ちだった。
学校ではみんなが葵のことを見ている。
みんなにいい人だと思われたい。
話しかけてくれた人を失望させたくない。
いい成績を残して、ここにいてもいいって思えるようになりたい。
そんなことを考えていたら、何にもなれないつまらない人間になってしまっていた。
今日も葵は学校へ行く。いつもと何一つ変わらない平凡な日常が続く。
後ろに幽霊が憑いてきていることを除いたら。
「どうしてツバキは私についてくるの?」葵はたずねた。
「私のことを見てくれる人はなかなかいないの。葵ちゃんは私のことを見つけてくれた大切な人だから、一緒にいたいんだ。」
ツバキの真っ直ぐな言葉に、葵は思わず顔を赤らめる。
もう死んでいるはずのツバキが、自分以上に輝いて見えて眩しかった。
一限目は美術で、自画像を描いた。
葵は自分で描いた自分の顔を見つめる。目鼻立ちが整っており、肌がきれいだ。唇もプルンとしていて、誰が見ても美しいと言えるような絵だった。
その時、葵は隣のクラスの男子が話していたことを思い出した。
「なあ一組の翔太ってナルシストじゃね?」「分かるww自分のこと超かっこいいと思ってそうだよな。」
葵はもう一度自画像を眺めてみる。
すると、急に隣の席の早川さんが話しかけてきた。
「その絵、すごく上手に描けてるね。葵ちゃんにそっくりでとっても可愛いよ。魂がこもってる気がする!」
早川さんはとても親切でコミュニケーションが上手いのでクラスの人気者である。
葵は一生懸命口角を上げ、不自然にならないように目を細め、嬉しそうな声を作った。
「ありがとう!早川さんの絵も!本物そっくりに!とっても可愛く!描けてるよ♡」
緊張しすぎて裏声になってしまった。
きっと今私と話した数秒間は早川さんにとって無駄な時間だったんだろうな。そんなことを考えながら、葵は絵筆に手を伸ばす。
もう少し不細工にしておこう。
「何で?こんなにそっくりに描けてるのに。変えちゃうの?」
驚いて振り返ると、そこにはツバキがいた。
透き通った綺麗な目をこちらに向けて、不思議そうな顔をしている。
葵とツバキはしばらく見つめ合う。大きな瞳がこちらを見ている。ツバキの純粋さに押しつぶされてしまいそうな気がした。
でも、ツバキは幽霊で、もう人間じゃない。その悲しい優しさに、少しだけ安心する。
ツバキになら、少しだけ思ったことを伝えて大丈夫な気がした。
だから、ツバキにしか聞こえないくらい小さな声で言った。
「この絵は私に似てないから描き変えるんだ。私、こんなに可愛くないから。」
もう一度絵筆をとる。まずはもう少し目を小さくしよう。
バキャボキュバキィィィィィィィ
空間が割れるような大きな音を立てて、手に持っていた絵筆が折れた。
筆全体が圧縮されて、ミートボールみたいになっている。
「ヒィィィィッッッッ」
葵は鳥肌が立った。さっきまで持っていた筆が、この世の者とは思えない力で折れたのだから、無理もない。
その音を聞き、美術の川嶋先生が駆けつけた。彼は驚いた。筆が折れたことにではない。
葵が描いた自画像が、あまりにも素晴らしかったからである。葵の顔の特徴をしっかり表して、とても美しく描かれていた。
表情からも彼女が持つ優しさがあふれ出てきている。
素晴らしい作品を前に、絵筆が折れたことなど些細な問題に過ぎなかった。
葵の作品は、学校を代表して自画像のコンクールにだされることになった。
美術科の先生全員が葵の作品を推したそうだ。
「すごいよ葵ちゃん!」「私の似顔絵も描いてよー。」「美術部には入らないの?歓迎するよ。」
どう反応したらいいのか分からない。私はそんなにすごい人じゃないのに、過大評価されている。
「私はそんなs…」
後ろからツバキに口をふさがれた。その手は筆を力ずくでへし折ったとは思えないくらい優しくて、少しだけ暖かいような気がした。
「そんなこと言わないでよ。私も葵ちゃんの絵、大好きだから大丈夫。自信を持って。葵ちゃんはすっごく優しくていい人だからきっとみんな葵ちゃんを受け入れてくれるよ。私が保証する。」
ツバキの優しい言葉が葵を包み込んだ。鼓動が速くなった。
ずっと持っていた重い荷物を、やっと下ろせたような気分。
なぜか涙が出そうになる。葵は目を大きく開けた。
今なら、何だってできる気がする。
「葵ちゃん?どうしたの?具合でも悪い?」
クラスメイトが心配して葵を見ている。
葵は涙を拭い、にっこり笑った。
「ううん。心配してくれて、ありがとう。」
その笑顔は、まるで朝日のようだった。
「今日は私のことを励ましてくれてありがとう。ツバキちゃんがいなかったらこんなにたくさんクラスメイトと話せなかったよ。」
帰り道で、葵はツバキに言った。その顔はとても明るくて幸せそうだった。
「私は本当のことを言っただけだよー。」
ツバキは髪につけた赤いリボンをなびかせながら答えた。葵を見ながらニッと笑う。
よくみたらツバキは色白で、手足が細かった。
その日、二人は一緒に帰った。
「そう言えば、ツバキちゃんってどこに住んでるの?」
葵はツバキに素朴な質問をした。
「私に帰るところは無いの。でも、明日の朝また迎えに来るね!」
そう言ったツバキの声は少し寂しそうだったがそれを全部打ち消すほど可愛かった。
ツバキの隠し事
誰かがついてくる。多分私のことを見えている。すごく冷たい視線だ。一体誰だろう。怖い。恐ろしい。
このことを葵が気づくことはなかった。ただツバキだけが身の危険を感じていた。ただそれ以上に――。
次の日、葵が家を出るとどこからともなくツバキが現れた。ツバキは昨日と全く服装が変わっておらず、真っ赤なリボンをつけていた。
学校につくと、まわりに人が集まってきた。他のクラスの人たちが葵の描いた絵を見たのだろう。みんなが葵を褒め称えている。
葵は自分がこんなに褒められてもいいのか困惑した。後ろを振り返って、ツバキの方を見る。
「大丈夫。葵ちゃんはすごい人だから。みんなに葵ちゃんのすごさと優しさが伝わったんだよ。」
ツバキは微笑んで言った。その言葉に安心する。ツバキちゃんがいるから自信を持てる。
葵はみんなに笑いかけた。
葵は数年ぶりに友達と本心から話すことができた。教室の中、友達とくだらないことを話す時間。
それはテレビの広告で見る青春の一ページのようにありふれていて、かけがえのない時間だった。
ツバキは葵の初めての親友になった。もはや葵とツバキは一心同体だった。ツバキのいない生活など、もう葵には想像すらできなかった。
ただ一人だけが、ツバキに射殺すような恐ろしい視線を向け続けていた。
青空に輝く太陽が眩しい季節になった。富士北中学校では明日から臨海学校である。
「ツバキちゃん、臨海学校楽しみだね。」葵が満面の笑みで言った。
ツバキの目が泳いで、一瞬動きが止まった。
ツバキは綺麗だった。
海のように滑らかな髪。見たもの全てを包み込むような透き通った瞳。
少し目を離したら消えてしまいそうなくらい色白で透明な肌。
ツバキは何も言わなかった。
彼女の透明な目に生まれた幽かな濁りに気づいた人はきっとどこにもいなかった。
葵を家に送り届けた後、ツバキはいきなり声をかけられた。
「ねえあなた、葵ちゃんの身体を奪い取るつもりでしょう?」
ツバキはおもむろに振り返る。初めから話しかけられることが分かっていたかのように。
「へえ。あなたも私が見えるんだ。知ってたけど。」
ツバキは声の主に答える。彼女の名前は、
「早川さん。」
早川さんはツバキを睨みつける。
「いくら葵ちゃんのことが好きだからって、黙って後をつけるのはよくないと思うよー。ストーカーだよ。」
ツバキの言葉に早川さんは顔を真っ赤にした。学校での彼女とはまるで別人のようだった。
「ふざけないで、この悪霊!実は私の家ね、代々霊媒師的なことをやっているの。だから分かるわ。あなた、そろそろ誰かを乗っ取らないと消滅するわよ。」
ツバキの表情が曇った。
「だからあなたは葵ちゃんに目をつけた。葵ちゃんはあなたより一万倍くらい純粋だもの。」
早川さんの顔が怒りで歪んでいく。
「適当に耳あたりの良いことを言って、上辺だけの優しさで友達を名乗って、そうやって葵ちゃんを騙そうとしたのでしょう?」
ツバキは不敵な笑みを浮かべていた。
「早川さんこそ、葵ちゃんと話している時からは想像もつかない性格してるね。上辺だけの優しさは早川さんの方じゃない?」
「悪霊に見せる優しさなんて持ち合わせていないわよ。」早川さんは冷たくあしらう。
「葵ちゃんはとっても純粋で優しいの。だから傷つきやすいし、あなたみたいな悪霊も寄ってくる。」
早川さんはスカートのポケットからお札を取り出す。
「でもね、私は葵ちゃんの優しさが大好き。だから葵ちゃんが優しい子のままでいきていけるように、陰から応援しているの。前に葵ちゃんの悪口を言っていたカスは退学させた。」
ツバキは髪をほどく。
真っ赤なリボンがアスファルトの上に落ちる。
「もちろんあんたみたいな悪霊は魂ごと消滅させたわ。」
ツバキはその美しい髪を市松人形のように伸ばす。
早川さんはお札を構える。
「葵ちゃんを傷つけようとする奴なんてぶっ殺してやる。」
分が悪かった。私は消滅する直前の霊。
対して相手はあの早川家の一人娘だ。勝てるわけがない。
もう、誰も聞いてないかな。
ねえ葵ちゃん、私ね、本当は葵ちゃんが思ってるくらいいい人じゃないの。葵ちゃんの身体を乗っ取ろうとしていたの。
でもね、やめようと思った。
だって、あまりにも葵ちゃんが可愛いから。
だからね、私が葵ちゃんに、葵ちゃんが私になればずっと一緒にいられると思ったんだ。
私たちは一人ずつだと上手に生きられなかったけど、二人ならできるかもしれないって。
でも、こんなことよくないよね。葵ちゃんは半分死んじゃうことになるもん。
だから、バイバイ。
ずっとずっと大好きだよ。
今日は待ちに待った臨海学校だ。
早起きしすぎたため、外はまだ暗い。
持ち物の確認をし、スニーカーを履いて新品の帽子をかぶる。
「行ってきます。」
ドアを開けても、そこにツバキの姿はなかった。
おかしい。ツバキは今まで毎日ドアの前で待っていた。
寝ぼけて深夜二時に外に出ようとしてしまった時ですらそこにいた。
葵は、家の周りを探してみることにした。
「っ!」
葵の通学路の最初の交差点を右に曲がったところ。
そこには真っ赤なリボンだけが落ちていた。
リボンの裏には椿が描かれたお札が貼ってあった。
それから何分待ってもツバキが現れることはなかった。
名前を呼んでも。お札を剥がしてみても。リボンをつけてみても。土に似顔絵を描いても。円周率を50桁まで言ってみても。
もうとっくに臨海学校の集合時間を過ぎてしまっていた。
葵は海に来ていた。臨海学校なんて行こうとすら思えなかった。
一人で崖の近くまで来た。椿の木が植えてあったが、まだ花は咲いていなかった。水平線を見渡すことができる。
ツバキ。海みたいな髪と空みたいな全身。
ツバキはいない。もう海に溶けてしまいたい。
でも――。
葵は手を離した。真っ赤なリボンと透明な涙が空に舞った。
「さようなら。バイバイ。」
葵は電車に乗って日常へ帰っていった。
赤いリボンはだんだん海の底へと沈んで行く。
二人の距離が少しずつ離れていった。
今はただ太陽だけが五月蝿く輝いている。
最後まで読んで下さりありがとうございました。
この話は短編ですが、いつかは長編も書いてみたいと思っています。
個人的にはツバキと早川さんが話しているシーンを書くのが一番楽しかったです。
アドバイスなど、コメントよろしくお願いします!