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キス

敵対する唇 - 第一章

城砦は夜の闇に沈み、戦火の匂いだけが重く漂っていた。

戦乱の中、女戦士リアナは捕らえられていた。鎖で両手を縛られ、豪奢な天幕の中央に座らされる。

目の前に現れたのは、宿敵にしてこの戦の指揮官、敵国の将軍カイルだった。


「ようやく捕らえたぞ、獅子の娘よ。」

その声は冷酷でありながら、妙に湿り気を帯びている。


リアナは睨み返した。

「殺すなら殺せ。だが私の誇りは奪えない。」


カイルは微かに笑う。

「誇り? それを試させてもらおう。」


彼は唐突に歩み寄り、リアナの顎を掴んだ。力強く、逃げ場を与えない。

そして、彼女の唇を強引に塞いだ。


「――!」

リアナは声にならない抗議を上げる。だが鎖に縛られた身では抗えない。

唇を押し付けられ、屈辱が全身を焼いた。


やがてカイルはゆっくりと唇を離す。

「どうだ? 戦場で剣を振るうお前でも、こうしてしまえばただの女だ。」


リアナは息を荒げ、怒りに震えながら叫んだ。

「卑劣な男……!」


カイルの目が一瞬揺れる。

「卑劣、か……。だが、この屈辱を知れ。お前の誇りなど、いずれ唇の記憶に蝕まれる。」


彼女はただ睨み返すしかなかった。だが、心臓は裏切るように激しく打ち、己の動揺を隠せなかった。


敵対する唇 - 第二章

夜は深まっていた。

天幕の外では兵の足音が響き、焚き火の煙が漂う。だがこの空間だけは異様に静まり返っていた。


リアナは鎖につながれたまま、必死に心を落ち着けようとしていた。だが、唇に残る感触は消えない。

「……あんなもの、ただの辱めだ」

そう言い聞かせても、胸の奥のざわめきは止まらなかった。


やがて、再びカイルが彼女の前に立った。

「眠れぬか、女戦士。」


「……二度と近寄るな。」

リアナは鋭く言い放つが、その声は震えていた。


カイルは愉快そうに笑みを浮かべる。

「その目、その声。戦場では決して見せぬ弱さだな。」


彼はまたもや顔を近づけ、今度はためらいなく唇を奪った。

一度だけではない。浅く触れては離し、再び重ねる。

彼女が抗う隙を与えぬまま、繰り返し、繰り返し。


「やめろっ……!」

リアナの抗議はすべて飲み込まれ、熱に変えられていく。


カイルは囁いた。

「敵に口づけられる屈辱……忘れるな。だがこれは罰だけではない。お前を俺のものに刻む儀式だ。」


リアナの心臓は耳をつんざくほどに高鳴っていた。

怒りなのか、恐怖なのか、あるいは別の何かなのか――彼女自身すら分からない。


「お前なんかに……屈するものか……」

必死に吐き出した言葉は弱々しく、震えていた。


カイルは彼女の目をじっと見つめる。

「その誇りが折れるまで、俺は何度でも唇を奪おう。」


そう言い残すと、彼は彼女を鎖ごと床に押し倒し、なおも強引に唇を重ね続けた。

リアナは目を固く閉じ、心の奥で叫ぶ。

――負けてはいけない。この男にだけは。


しかし、繰り返される口づけが胸を揺さぶり、彼女は自分の鼓動の速さに怯えた。




敵対する唇 - 第三章

夜明け前の冷たい空気が、天幕の布越しに忍び込んでいた。

リアナは鎖につながれたまま、浅い眠りに落ちては、すぐに目を覚ます。

唇に残る感覚が、夢と現実の境を曖昧にしていた。


「……くそ……。」

小さく吐き出した言葉は、誰に向けたものか自分でも分からなかった。


そこへ足音。

幕を押し開けて現れたのは、やはりカイルだった。

甲冑ではなく簡素な衣に着替え、鋭い視線だけをそのままにしている。


「眠れぬ夜を過ごしたようだな。」

「当然だ。卑劣な真似をされたのだから。」


リアナが憎悪を込めて睨みつけると、カイルは静かに腰を下ろした。

「ならば、さらに眠れぬ夜を与えてやろう。」


彼は言葉と同時に彼女の顎を再び掴み、容赦なく唇を重ねた。

一度、二度、三度――。

短く触れては離れ、またすぐに奪う。拷問のように繰り返される。


「っ……ふざけるな……!」

リアナは必死に顔を背けるが、そのたびに捕らえられ、強引に唇を奪われる。


やがて、カイルは低く囁いた。

「お前の部隊はどこへ退いた? 仲間を救いたければ口を開け。」


リアナの目が怒りで燃える。

「仲間を売るくらいなら、この場で舌を噛み切る!」


カイルは笑わなかった。

ただ静かに彼女を見つめ、そして再び唇を押し付けた。

今度は長く、息を奪うほどに。


「……っ……!」

呼吸が乱れ、視界が霞む。


「この口が嘘を吐けぬように、真実を引き出すまで刻みつけてやる。」

カイルの声は冷たく響く。


リアナは必死に耐えながらも、胸の奥に走る不安に気づいていた。

――私は、本当に抗っているのか?

屈辱と怒りの中に、わずかな動揺が芽生え始めていた。




敵対する唇 - 第四章

朝日が天幕の布を透かして差し込み、淡い光が床を照らした。

リアナは鎖に繋がれたまま、静かに呼吸を整えていた。

唇の腫れは痛みを訴え、同時に昨夜の屈辱を否応なく思い出させる。


――なぜ、あの男はただ斬らずに、何度も唇を奪うのか。

疑念が胸を締め付ける。


その時、幕が開いた。

再び現れたカイルは、昨日とは違う冷徹さを纏っていた。

「お前の沈黙も、誇りも、やがて砕ける。だが俺が求めているのは情報だけではない。」


リアナは顔を上げ、鋭い眼差しで問い返した。

「……なら、何を望む。」


カイルは彼女の前に膝をつき、静かに答えた。

「俺の存在を、お前の心に刻むことだ。」


そう言うと、彼はまたもや彼女の唇を奪った。

長く、深く、意図的に。

リアナが顔を背けても、鎖が邪魔をして逃げられない。

彼は容赦なく繰り返し、まるで呼吸そのものを奪うかのようだった。


「やめろ……!」

必死の抵抗は次第に声を弱め、荒い息だけが残る。


カイルは唇を離し、低く囁いた。

「戦で勝つことも、城を落とすことも簡単だ。だが、お前を屈服させるにはこれしかない。」


リアナの胸は怒りで震えた。

「それでも……私は決して折れない!」


言葉は力強かった。だが、彼女の心は乱れていた。

なぜなら、彼の瞳にほんの一瞬、悲しみの色を見たからだ。

冷酷な将軍のはずの男が、なぜそんな目を――。


リアナは唇を噛み締め、己の動揺を必死に隠した。

だが、カイルはそれすら見抜いているかのように再び彼女を抱き寄せ、強引に唇を重ね続けた。


「……っ!」

心臓が、恐怖以上の速さで打ち鳴らされていた。



敵対する唇 - 第五章

昼下がりの天幕は静まり返っていた。

兵たちのざわめきも遠く、ここだけが閉ざされた牢獄のようだ。


リアナは荒い息を整えながら、鎖に繋がれた手を握りしめる。

何度も何度も奪われた唇。その屈辱は憎悪を育てるはずだった。

だが心の奥底では、説明できぬ動揺が渦を巻いている。


カイルが再び姿を現す。

彼の瞳は燃えるように強く、しかし同時に深い迷いを宿していた。


「まだ誇りを口にできるか?」

低い声が問いかける。


リアナは唇を固く結び、答えを拒む。

カイルは歩み寄り、彼女の顎を強引に持ち上げると、再び唇を重ねた。

今度は激しく、執拗に。短く触れては離れ、また重ねる。

何度も、何度も。


「っ……もう……やめろ……!」

リアナは声を振り絞った。だが、心臓は彼女を裏切るように速く打ち続けていた。


カイルは唇を離し、彼女の目を見据えた。

「分かるか、リアナ。これは俺の勝利ではない。俺の呪いだ。」


「呪い……?」


「俺はお前を憎み、討つべき敵として捕らえた。だが……触れるたびに、唇を重ねるたびに……お前が俺の中に刻まれていく。俺はもう戦で勝利する将軍ではなく、一人の男としてお前を求めている。」


リアナは息を呑んだ。

強制されるたびに芽生えた揺らぎ――それが敵の言葉によって形を帯びた瞬間だった。


「……愚か者。」

彼女は震える声で答えた。

「敵に心を囚われるなど、将軍として失格だ。」


カイルはかすかに笑った。

「その通りだ。だからこそ俺は敗北者だ。お前の前で、何度も唇を重ねるたびに。」


彼は最後にもう一度、深く彼女の唇を奪った。

抗いはした。だがリアナは気づく。

心臓の鼓動が、かつての憎悪だけでは説明できない速さで鳴っていることに。


唇が離れた後、カイルは鎖の鍵を外し、静かに言った。

「去れ。これ以上お前を囚えていれば、俺は本当に取り返しのつかないことをする。」


自由を得たリアナは、しばしその場に立ち尽くした。

敵将に屈したわけではない。だが、唇に残る感触が心を揺らす。


「……これは、忘れない。」

憎しみとも、誓いともつかぬ声で呟くと、彼女は天幕を後にした。


残されたカイルはただ一人、唇に触れ、苦悩の笑みを浮かべる。

戦乱の只中で生まれた屈辱の連続は、二人に逃れられぬ烙印を刻んだのだった。






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