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第5話 記憶の深淵:M.I.B.の秘密と由佳の証言

新宿の喧騒を飲み込む雑居ビル。その地下駐車場に車を滑り込ませると、犬飼、ファクタル、そして由佳は、まるで重い沈黙を纏ったまま、エレベーターに乗り込んだ。針が遅く進む時計のように、階数を告げる数字がじれったく変わっていく。


事務所がある6階に到着し、廊下に出ると、上司の部下数人が彼らとすれ違った。彼らの顔には、明らかにうんざりした色が浮かんでいる。


「またお前らかよ、面倒なことを起こしやがって」


残りの二人は薄ら笑いを浮かべていた。彼らの冷ややかな視線を背中に感じながら、犬飼たちは事務所のオートロックを開け、重い扉の向こうへと足を踏み入れた。


「あ…お疲れ様です」


事務員の女性が、どこか遠慮がちに挨拶をしてる。


靴を履いたまま、事務所の奥へと進んでいき、上司の仕事部屋に入ると、犬飼は背後の扉を音もなく閉めた。部屋の真ん中に置かれた黒革のソファに三人で腰を下ろすと、上司は彼らの顔をじっと見つめ、静かに問いかけた。


「あなたたち二人、彼女の記憶を取り戻すつもり?」


その言葉の裏に隠された含みに、犬飼は反射的に聞き返した。


「どういう意味ですか?それは」


上司は、まるで苦い薬を飲んだかのように顔をしかめた。「いや、ちょっとまずいのよ」。その歯切れの悪い言い方に、犬飼の苛立ちが募る。彼の心は、由佳の失われた記憶という、解き放たれない鎖に囚われていた。


「何がまずいのですか?俺の妹は記憶を無くして困っているのに、何がまずいのか教えて下さいよ!」


犬飼の声は、抑えきれない怒りを孕んでいた。しかし、上司は首を横に振る。


「それはあなたたちには言えない。上の人間に言うなって言われているの。ちょっと、待ちなさい」


その言葉に、犬飼の堪忍袋の緒が切れた。彼は勢いよく立ち上がると、ドアの方へ歩き、そこでピタリと立ち止まる。背中越しに、決然とした言葉を投げかけた。


「もういいです。俺が妹の記憶を取り戻します」


そう言い放つと、犬飼は躊躇なくドアを開け、事務所を後にした。


「おい、ちょっと待て、おい!」


ファクタルが慌てて犬飼を追いかける。部屋に残された由佳は、その光景を茫然と見つめていたが、意を決したように上司に尋ねた。


「私って、あの人の妹なんですか?教えて下さい」


上司は由佳の顔をじっと見つめた。その瞳には、深い哀惜の色が宿っている。


「あなたは犬飼の妹よ。私が保証するわ。それより、あなたが捕まっていた時、何をしていたか教えてくれる?」


優しく促すような上司の言葉に、由佳は、まるで深い霧の向こうから手繰り寄せるように、おぼろげに話を始めた。それは、彼女が囚われていた時の、断片的な記憶の物語だった

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