第4話 記憶の牢獄:M.I.B.の闇と新たな敵
夜の帳が降りた都内。激しい事情聴取の余韻が残る警察署の冷たい空気を引きずり、犬飼とファクタルは、まるで重い鎖を引きずるように車に乗り込んだ。迎えに来ていた上司の顔は、月の光を浴びても表情一つ読めない。
「すみませんでした」
犬飼の声は、罪悪感と疲労に塗れていた。隣のファクタルは、犬飼を庇おうと口を開きかけるが、言葉は喉で詰まる。
「コイツは悪くないんですよ、だから……」
上司の静かな声が、その言葉を遮った。
「分かってるわ。妹さんを助けに行ったこと、それは悪くない。けれど、厄介な組織に目をつけられたわね」
犬飼の眉間にシワが寄る。
「厄介な組織…ですか?」
上司はため息ともとれる息を漏らした。
「貴方たち、Memoriesのことを知らないの?」
その言葉は、犬飼とファクタルにとって、まるで深い淵から響く不吉な予言のようだった。
彼らは「Memories」という組織の名を初めて耳にした。ここ数ヶ月で、裏社会の闇に突如として現れた、生まれたばかりの黒い影。警察ですらその実態を掴めずにいるという。
「一つだけ分かっていること……」
上司の抑揚のない声が、冷たい事実を告げた。
「奴らは頭の記憶を抽出し、それを売買する」
犬飼の表情に、明らかに納得できない色が浮かぶ。
「ちょっと待ってください。頭の記憶を抽出するって、記憶を売買するって本当なんですか?」
助手席のファクタルは、既にスマホを凝視していた。彼の指が素早く画面をスクロールする。そして、無言でスマホを犬飼に手渡した。犬飼は画面に釘付けになる。
「嘘だろ…まじかよ。全部本当なのかよ…」
画面に表示された情報が、犬飼の脳裏に電流を走らせた。その瞬間、彼の視線は後部座席の由佳へと向けられる。そして、オークション会場で由佳が発した、あの震えるような声が脳内でこだました。
「ねぇ、さっきから思っていたけど、私ってあなたの妹なの?」
まさか……Memoriesが由佳の記憶を盗んだのか?
「でも、何故…」
犬飼の口から、掠れた呟きが漏れる。その問いは、まだ答えの見えない闇の中へと吸い込まれていく。上司は犬飼を一瞥すると、その沈黙を破った。
「あなたの妹さんの記憶が盗まれた理由を知りたい。そうでしょう?」
犬飼は深く頭を下げた。彼の心は、由佳の失われた記憶という、新たな迷宮の入り口に立たされていた。
「はい、お願いします」
「もうすぐ事務所に到着するから、ゆっくりそこで話しましょう」
四人を乗せた車は、闇の中を滑るようにM.I.B.の事務所へと向かっていた。それは、ただの建物ではない。真実と陰謀が渦巻く、新たな戦いの始まりを告げる場所だった。