第2話 絶望と新たな追撃:オークション会場からの脱出
犬飼は、息を切らしながら階段を駆け上がっていた。妹の手を強く握りながらも、何度も後ろを振り返り、追手がいないか確認する。そんな彼に、前を走る相棒の異星人、ファクタルが、まるで冷静に現実を突きつけるように釘を刺した。
「おい、妹さんを救出したからって油断するなよ」
「分かってる」と答えながら、犬飼は由佳を一瞥する。由佳もまた、犬飼を不思議そうに一瞬見つめ、すぐに目を逸らした。兄である喜びを隠しきれないまま、犬飼は由佳を連れて地下3階から、ようやくだだっ広い作業場へと足を踏み入れた。そこでは、異星人たちが自分たちを探して、慌ただしく動き回っていた。
「おい、見つかったか?」
「いや、こっちにはいない」
「じゃあ、あっちを探すぞ」
指を指す方へ、彼らは焦ったように走り去っていく。数秒遅れて、作業機械の影からファクタルが姿を現し、辺りの安全を確認した。
「もう大丈夫だ。出てきていいぞ」
ファクタルの声に、隠れていた犬飼と由佳が姿を現す。今まで一言も発さなかった由佳が、おずおずと口を開いた。
「ねぇ、さっきから思っていたけど、私ってあなたの妹なの?」
その困惑した声に、犬飼の胸は締め付けられた。「何を言ってんだ…由佳、お前は俺の妹だよ」。由佳は不思議そうに犬飼をジロジロと見つめてくる。一体、由佳に何があったのか……。犬飼が呆然と立ち尽くしていると、ファクタルは黙って二人を見ていたが、痺れを切らしたように口を開いた。
「おい、もういいか?話は済んだか?」
腑に落ちない思いを抱えつつも、犬飼は由佳の手を握り、「あぁ」と応じた。由佳は黙って、しかししっかりと犬飼の手を握り返した。その小さな温もりが、犬飼の胸にじんわりと喜びを灯した。
作業場を抜け、工場の外に出ると、そこには大勢の異星人たちが待ち構えていた。彼らの目は、獲物を捕らえるかのようにギラついていた。
「やっと来たか。こいつらを捕まえろ、逃がすな!」
先頭にいた異星人が声を上げると、一斉に襲いかかってくる。
その時、門から一台の漆黒のバンが猛スピードで突っ込んできた。異星人を数人吹き飛ばしながら、バンは三人の目の前にピタリと止まる。サイドドアがスライドし、「乗れ!早く乗れ!」と焦った声で運転手が叫んだ。
言われるがまま三人はバンに乗り込むと、バンは急発進し、急旋回。スピードを緩めることなく門の外へと飛び出した。異星人たちも追跡しようとするが、バンの圧倒的な速さには到底及ばず、途中で立ち止まり、悔しそうに叫び散らすしかなかった。
その様子を一瞥し、犬飼は静かに窓を閉めた。深く溜息をつくと、運転手に「ありがとう、助かった」と礼を言う。しかし、運転手は呆れた口調で犬飼に言い放った。
「犬飼さん、いい加減にしてもらえますか?」
ファクタルは苦笑いを浮かべながら、横目で犬飼を見ている。犬飼は両手を広げ、まったく悪びれる様子もなく言い返した。
「はぁ?俺はただ妹を助けただけだ。何が悪いんだ」
すると運転手は、呆れ顔のまま犬飼に携帯電話を差し出した。犬飼は不機嫌そうに電話に出る。
「もしもし」
電話の向こうから聞こえてきたのは、犬飼とファクタルの直属の上司、石倉諒三のドスの効いた声だった。その声を聞いた途端、犬飼は先ほどまでの威勢の良さが嘘のように消え失せ、その場でぴたりと正座した。
「石倉さん、これには深い理由がありまして…」
「その話は事務所で聞く。早く帰ってこい」
電話が切れると、犬飼は深く項垂れた。それと共に、巨大な絶望が押し寄せてくる。その顔を見た瞬間、ファクタルは腹を抱えて笑い出した。
「何がおかしいんだ、ファクタル!」
犬飼はすかさずファクタルの腹にパンチを繰り出す。
「だってさぁ、声聞いただけなのに正座って!」
ファクタルは必死に笑いを抑えるが、抑えきれずに再び爆笑する。ファクタルの腹をもう一度殴ろうとしたが、運転手に制止され、犬飼は拳をポケットにしまい、ふて寝を決め込んだ。
バンは工場エリアを離れ、M.I.Bの事務所へと向かう。信号機が青になり、交差点に入った瞬間、横から来た一台の大型トラックが猛スピードで衝突してきた。衝撃でバンは激しく横転する。
「クソ!おい、大丈夫か!」
シートベルトを外し、破損したバンから匍匐前進で外に出る犬飼。ファクタルと由佳もまた、割れたウィンドウから同じように這い出てくると、立ち上がった。
「あぁ、なんとか。運転手は気絶してる」
横転したトラックから、数人の異星人が姿を現した。彼らは犬飼たちを見るなり、指を差して叫んだ。
「いたぞ!捕まえろ!」
「やばい、走るぞ!」犬飼は瞬時に判断し、混乱する野次馬の中へと由佳を連れて飛び込んだ。「手を離すなよ!」ファクタルは由佳の手を強く握り、犬飼の後を追った