君に魂の三分の一をあげるよ
男が男に激重な描写がありますがボーイズラブかは微妙です。
「君に魂の三分の一をあげるよ」
え、いらない。
自分が言われた訳でもないのに、少女は反射的にそう思った。
その言葉はパーティの真っ最中、ロマンチックな薔薇園で発せられた。ダンスに疲れた人々が束の間の語らいに使用している所で、たくさん人がいる訳ではないが、まばらにグループができている、そんな人目のある場所だった。
きらびやかな衣装を身に着けた少年がふたりそこにいた。ひとりは男爵令息で、甘やかなピンクブロンドの髪に優しげな緑色の瞳、少女のように小柄で可愛らしい顔つきをしていた。もうひとりは公爵令息、きらきらと輝く金髪碧眼の王子然とした美形で――この国の末姫の婚約者だった。
周囲の視線は彼らに引き寄せられた。
ピンクブロンドの男爵令息は人々の話題にあがりやすい人物だ。低い身分でありながら、その人当たりの良さと人心掌握術に長けた発言から、数多くの人たちと友情を育んでいる。
彼の隣にいる公爵令息とは特に仲が良く、貴族の子息が入学する学園でもよく行動を共にしていた。社交性のある男爵令息は他の人物と過ごすことも多かったが、公爵令息は人から距離をとる傾向にあり、共に過ごすのはほぼ男爵令息のみといっても過言ではなかった。
公爵令息は自らの婚約者よりも男爵令息と長く過ごしていた。ふたりの付き合いは幼少期からであり、幼い頃は「あら仲が良いのねウフフ」と両親たちは解釈していたが、それも公爵令息が男爵令息を見る目を目の当たりにするまでだった。彼は背の低い友人を女性に対するように見つめ、重い感情をその瞳に乗せていたのだ。焦った公爵家は王族の美しい末姫との縁談を進めた――引き合わせると公爵令息は末姫にも興味を示したので、男色ではなかったのだと、両親は胸を撫で下ろした。
末姫は公爵令息に初恋を捧げた。公爵令息も末姫に愛を捧げると彼女に伝えていた。
しかし公爵令息の心には常に男爵令息がいたのだった。
「君に魂の三分の一をあげるよ。君と、婚約者と、将来の子どもで、三分の一ずつ」
学園の卒業パーティで、公爵令息は男爵令息と思い出を語り合っていた。そして気分が盛り上がったのか公爵令息は男爵令息にそう言ったのだった。ロマンチックな薔薇園で、彼だけを瞳にうつし、片手を握りながら。
「それは……貰えない。いえ、貰えません」
先ほどまでは楽しげに話していた男爵令息は、さっと顔色をなくして言葉を返した。
公爵令息は驚いた表情をしたあとで、ふっと笑って片手を離した。
「そうか。初恋は実らないっていうしな」
とんでもない発言だった。その言葉は公爵令息の思いを拒絶した男爵令息を、罪悪感でちょっと傷つけようという意図が見え隠れしていた。
しかしそれは彼に初恋を捧げた末姫を蔑ろにするかのようになっていた。
実はその頃、公爵令息と末姫の関係はすでに冷え切っていた。公爵令息の男爵令息への思いはあくまで友情であると彼は婚約者に説明していた。いくら男爵令息が少女のように可愛らしくても、男なのだから、恋はしていないと。
しかしもはや恋であるほうが健全であるほどの重たい感情を彼は友人に向けていた。公爵令息は友人に対する重い感情についてなんと末姫に相談さえしていた。自分に好意を寄せる末姫のことを、どこか下に見るようになっていたがゆえの行動だった。その結果、末姫は公爵令息から距離を置くようになった。距離を置いた末姫に公爵令息は不満をもち、ますます男爵令息にのめり込んだ。
そして卒業パーティには末姫も参加していた。末姫は彼らと同学年ではないのだが、卒業おめでとうございますと彼らに伝えるために歩み寄っていくところに、公爵令息のこの発言を聞いた。
魂の三分の一? え、いらない。末姫はそう思った。三分の一って何?
あなたに魂を捧げますといった言葉は物語でよく聞くロマンチックなセリフだ。しかし三分の一とは、なんだか浮気性を宣言しているかのよう。しかもそれでいて子どもを作る気でいる。すっかり公爵令息への恋が冷めきった末姫は、好意のない相手に子どもを望まれていることに、ぞっと背筋を凍らせた。
公爵家との婚約は子孫を残すためのものであるから、理性ではそれを最初から理解していたが、生理的にイヤだと体が震えたのだった。
今まで公爵令息は男爵令息に対し、あくまで友情を持って接しているというスタンスでいた。
しかし今回の言動は一線を超えた。
その後公爵令息は男色であるという噂が流れた。末姫を溺愛する王家は調査を行い、普段の言動や卒業パーティでの発言を複数人が聞いていたことから、男色の可能性がたしかにあると判断した。
男色ならば無理に子どもを作らずとも親戚から養子をとればよい。言い出せなくて辛い思いをしたであろうが、末姫との婚約は解消してあげよう。好きに生きるがよい。
そう王は寛大さを装って宣言して、公爵令息と末姫の婚約解消を認めた。公爵令息のいかなる抵抗も流された。
男色かつ男爵令息に告白したと公認された公爵令息は、男爵令息の婚約者からも嫌がられた。それゆえ男爵令息も公爵令息に近づかなくなった。
末姫は彼女に初恋を捧げた騎士と結ばれた。
そしてしばらく「魂を三分の一あげるよ」が流行語になったという。
Xで勘違い野郎の痛い発言が仲間うちで流行る現象をみて書きました。
この公爵令息は男爵令息も末姫も自分の側にいて欲しかったので二兎追ってた感じです。末姫のことはもう自分のものだと思ってました。