【第一章】私とトウフと寿命がない【九話】
「ここが、ファミレス!」
ファミレス店内に入ったトウフはテンションが爆上がりしているのか、キョロキョロとして目につくものすべてに感動している。
本当に初めて入ったんだな。
いや、私もこのファミレスに入るの初めてだけども。
まあ、浮かれはしないよな。
「キョロキョロすんな」
と、私がトウフに注意する。
「すみません」
トウフはそう言って、しゅんとする。
そこへ和服姿のウエイトレスがやってくる。
私も少しドキドキする。
本当にトウフの奴が他の人間に見えているのかどうかか。
私の妄想の産物ではないと、今になってやっと証明できてしまうのではないかと。
「えーと、二名で」
と、私は少しはにかんだ笑みを浮かべながらそう言うと、和服姿のウエイトレスは、
「はい、二名様ですね。お席にご案内します」
と、答えた。
やはりトウフは他人にも見えている。
ということは、まあ、なんだ。妖怪かどうかは置いておいて、私の妄想の産物ではないことだけは確かだ。
席についてメニューを見る。
注文はもう決まっているので、そのままウエイトレスに伝える。
「注文は…… 黒毛和牛すき焼き御膳セットを二つと、後、ビール。トウフ、飲み物は?」
「の、飲み物!?」
だが、トウフは私の問いに、目をぱちくりして面を喰らってしまっている。
「あー、ここから選んでいいぞ」
そう言って、飲み物一覧のページを開いて見せる。
「なんですか? この緑の飲み物は?」
トウフの目を一番最初に惹いたのは、メロンソーダ。
しかもアイスが上に乗っててサクランボが乗ってるやつな。
まあ、わからなくはない。とにかく目立つからな。
「じゃあ、メロンソーダな。あと食後に…… アイスで良いか、この特製濃厚アイスを二つね」
メロンソーダのアイスを見て私もアイスが食べたくなる。
トウフの分はメロンソーダに乗ってるから、一瞬迷ったが、まあ、それくらい良いだろう。
退職記念だ。
「はい、かしこまりました」
と、リモコンみたいな機械にメニューを打ち込んでいって、ウエイトレスは去って行った。
「ファミレス…… 凄いところですね。う、うな重まであるじゃないですか!」
その後も、トウフはメニューを見続けて驚いている。
私もそのページを覗き込む。
「ファミレスでもうなぎは高いな。うなぎはまた今度だな。どうせ食うなら専門店の方が絶対旨いし」
だよな。
ファミレスで中途半端なうな重を食べるくらいなら、倍の金額出してうなぎ屋で食べたほうがいい。
「ええ!? 良いんですか! 鰻ですよ!」
と、トウフは驚いている。
まあ、確かに高いが、たまにくらいなら別にな。
「いいよいいよ、今まで使いたくても店が開いてなかったんだからさ。通販で買っても、まず受け取れないしな」
そうなんだよ。
なんのために働いているか、今更ながらに分からなかった。
お店はコンビニくらいしか開いてないし、休みの日も出かける気力すらない。
通販でお取り寄せしても家に居なくて受け取れない。
なんで、今までそんな環境で働いてたんだ?
よくよく考えれば、おかしな話だよな。
「でも、良いんですか、こんな素敵な場所でご飯だなんて」
そう言って、トウフはまたキョロキョロしだす。
幸いボックス席なので、周りからは覗き込まれない限りはその様子も見られない。
まあ、それくらいはいいさ。
子供っぽくてかわいいからな。
「ただのファミレスだぞ?」
「それもよくわからないんですが、明るい場所は基本的に避けていたので」
やっぱり妖怪だからなのか?
「確かに夜中でもファミレスは電気ついているしな。やっぱり明るいの苦手だったりするのか? 妖怪って」
私が聞くと、トウフはきょとんとした顔をする。
そして、
「いえ、特には?」
と答える。
じゃあ、なんで明るい場所を避けてんだよ。
「特に理由はないんか…… しかし、こうやって見ると、妖怪っていうよりは、ただの子供だな」
ただの子供ではない。
割と美少年な子供で、素直な愛い奴だ。
気を抜くと、口から涎を垂らしそうになるくらいは、愛い奴だよ。
「ちゃんと豆腐は隠し持っているので平気です。便利ですね、タッパーって」
そう言って、トウフはお腹のパーカーについているポケットからタッパーを出す。
うちにあったタッパーだ。
その中に皿ごと豆腐が収められている。
これがトウフの近くにないと、トウフは実体化できないらしい。
やっぱりこの豆腐と皿が本体なのでは?
「皿割るなよ。大事なんだろ?」
「ちゃんと皿ごとタッパーの中に入れたから平気ですよ!」
そう言って、トウフはニコニコ顔でタッパーとパーカーの大きなポケットにしまった。
「皿ごと入れちゃったのか、まあ、いいけど。あっ、そう言えば、すき焼きにも豆腐が入ってるよな? 共食いにならないのか?」
そこは少し気になってた。
豆腐小僧なのに豆腐を食べるのかって。ある種の共食いだよな?
「なりませんよ、何言ってるんですか! ボクは豆腐を持っているだけで豆腐そのものじゃないですよ」
と、絹ごし豆腐のようにきれいな白い肌をしたトウフがそう言った。
あまり説得力ないけどな。
「ああ、うん。妖怪ってやっぱり理解できないな」
私の感想はそれしかない。