【第八章】私と何も知らない総大将【七十七話】
「で、おまえの住処は隣だろ? なんで私の部屋でくつろいでんだよ」
ふと気が付けば部屋にぬらりひょんの奴が居やがる。
玄関の鍵は閉めたはずだ。
ぬらりひょんを入れた覚えはない。
トウフに聞いても、入れてないというし、カラカサの奴はそもそも手がないからドアを開けられもしない。
なのに、ぬらりひょんの奴は平然と私の部屋でくつろいでいやがる。
女の部屋に無断で上がり込むとはなんて奴だ。
相手が妖怪じゃなければ、警察に突き出しているところだぞ。
「ふむ、アヤツの家ではコーヒーと小倉トーストしかでてこんではないか。あとアブラスマシの奴が邪魔で邪魔で…… 老体にはあれは胃もたれするし、アブラスマシの奴は危なっかしくてな」
ぬらりひょんはこの部屋の主はまるで自分だというかのように、居座りトウフから味噌汁を受け取り啜っていやがる。
なんなんだよ、この妖怪は。
あっ、そういう妖怪なんだっけ?
「まあ、スマシさんがでかいのはそうだが…… あれ? ヌリカベは大きさ変幻自在なんだよな? なんでスマシさんは小さくなれないんだ?」
一応出会った時よりは一段階小さくはなったんだが、それでもワンルームのマンションの部屋ではでかいんだよ、スマシさんは。
特に頭がでかい、邪魔くさいほどでかい。
しかも石のように硬いから危なっかしいという点では同意だ。
それと、確かに老人には朝から小倉トーストは確かに胃もたれしそうではあるが。
特にアライのはバターもたっぷり使ってるからな。
まあ、それはいいとしてだ。
ヌリカベが変幻自在なら、同じ妖怪のスマシさんも小さくなれるんじゃないのか?
「すべての妖怪がそういうわけではない。ヌリカベはヌリカベとしての道を塞ぐという特性上、大きさが変幻自在なだけだ」
私の疑問を見透かしたようにぬらりひょんが的確に答える。
コイツ、実は総大将の器なんじゃないか?
どっしりと構えているし、ここにいて当たり前のような面の皮の厚さだよな。
「なるほど。理由があるんだな。で、あんたが私の部屋にいる理由はなんだよ?」
まあ、朝食を食べに来ているっているのが理由なんだろうけれども。
アライさんのカフェモドキはメニューが少ないからな。
すぐに飽きが来るんだよ。
「ワシはぬらりひょんだぞ? 人様の家に忍び込んで何が悪い。というか、これは…… スネコスリじゃないか。完全に獣化していて気づかなんだ」
ぬらりひょんは堂々とそう言ってから、柵の中にいるスネカジリの頭を撫でた。
未だに私には懐かないのに、この部屋の四分の一程度占領しているスネカジリになんとなく憤りを感じ始めるが、それは今じゃない。
今はなぜぬらりひょんの奴がうちの部屋にいるかってことだ。
とはいえ、何を言ってものらりくらりとかわされてしまうのはもうわかっている。
だから、敢えて敵対的なことを言って、反応を見てみる。
「ついでにこのアパートの庭先に生えている西瓜は西瓜侍だぞ」
スネカジリに加えて西瓜侍まで被害にあってるんだ。
多少は面白い反応をするんじゃないか?
「そうか。まあ、問題ないじゃろう」
けど、ぬらりひょんは少し考えた後、こともなさげにそう言った。
「スネカジリはともかく西瓜侍もいいのかよ」
私のほうが、突っ込んでしまうくらいだ。
「西瓜侍は元々よくわからぬ妖怪だからな。西瓜でいてくれるほうが御しやすい。西瓜でもアレは侍なんじゃ。今のご時世に辻斬りでもされてみろ、妖怪全体の危機になりかねん」
そんな私に向かいぬらりひょんは正論をぶつけてくる。
確かに今の時代辻斬りでもされたら大事件になるよな。
でも、なんでそれが妖怪の危機になるんだ?
「そうなのか?」
「まあな。科学のメスが入るという奴じゃよ。なんもかんも検証されて、そこに妖怪が関与する隙間をなくされては我々は生きてはいけん。今の時代は人に扮して隠れ住むほうがあっている。そういう意味ではこのアパートは程よい成功例じゃな」
それも妖怪が噂に左右されるって奴なのか?
解明されてしまえば、そこに妖怪が付け入る隙がなくなるってことなのか?
あっ、これも噂の影響を受けるって話か。
それが科学的現象と言われれば、そこに妖怪は居なくなるってことか。
にしても、このアパートが成功例なのか?
アライの奴なんて勝手に住み着いているだけだろ。
いや、アライの奴の言う小豆相場がなんなのかまだよく分かってないが、金を確実に儲けてきているんだよな。
トウフもなんだかんだ浮世絵風の作画で生活費稼いでいるし。
確かに成功例なのか?
「ぬらりひょん様までそんなこと言うんですか? 西瓜侍さん、毎日収穫されてオヤツにされているんですよ」
そんなことを言うぬらりひょんに対して、妖怪仲間を大事だと思っているトウフが質問する。
今日はまだ収穫されてないが、朝ごはん終わったら収穫して、二つに切って冷蔵庫に入れて冷やしておいて三時のオヤツだな。
西瓜も大分飽きて来たけどな。
そろそろなんかアレンジが欲しい頃だ。
「それも妖怪としての一つの在り方だ。問題ない」
けど、ぬらりひょんはそう言ってトウフの頭を優しくなでた。
完全に爺さんとその孫だ。
「そうなんですか?」
「そうじゃ。スネコスリもペットとして飢えることなく過ごしているではないか。妖怪としてどんなに脛をこすろうが腹は膨れんのだぞ?」
それは確かにそうだな。
まあ、妖怪だから腹を満たす必要もないらしいけどな、カラカサ談だけど。
「それは…… 確かにそうですね」
ぬらりひょんの言葉にトウフも納得している。
やっぱり総大将に向いてないか? この爺さん。
「なんだよ、総大将さん、話が分かるヤツじゃないか」
一番ひどい扱いのスネカジリと西瓜侍を認められてしまうと、私としても認めざるを得ないな。
何を、と言われると困るけど。
なんか、あれだよ、人としての大きさ的な奴ね。
「総大将はやめてくれ。ワシはただの爺だ」
「で、爺さんよ。この部屋は狭いんだから朝飯食ったら帰ってくれよ」
このワンルームに大人二人はきついって。
それを言えば、隣のアライの部屋にはアライとスマシさんとぬらりひょんか。
そりゃ、こっちに来たくなるな。
スマシさんが無駄にでかすぎる。
「帰るも何もない。そもそもこのアパートの大家はワシじゃよ?」
「は?」
だから、この部屋の鍵も持っていたって話か!?
なんで妖怪が大家やってんだよ!
「まあ、成り行きでそうなった、というのはあるがな。どこかと戦争をしておったじゃろ? その時のどさくさで、ここいらの土地はワシのもんになったんじゃよ」
「へ?」
戦争? いつの時代だよ。
でも、その時に紛れて土地を得たって話か。
どうなんだ? ありそうな話ではあるのか?
「んで、不動産屋に進められて大家になったわけじゃ。一度、諦めたが他の潜伏場所も早々ないからのぉ。もう一度確かめに来てよかったわい。ここなら気兼ねなく潜伏できて安全でもある」
「大家? あんたが? 妖怪が大家なの!?」
それだと文句を言いづらい。
というか言えないよな。
追い出されるのは私のほうだもんな……
そりゃ我が物顔で居られるわけだよ。
だって本当に自分のものなんだからな。




