【第一章】私とトウフと寿命がない【七話】
「ふぅ、疲れた……」
なんだかんだ揉めたが、私が会社を辞める事は決定した。
まだ何度か引継ぎでまだ会社に行かなくちゃいけないが、たまりにたまっていた有給消化も了承してもらえた。
というか、社長も薄々分かってたんだろうな、すでに限界が近かったことが。
自転車操業が過ぎたんだよ。
というか、私が辞めるって話を聞いてた人、全員が解放されたような顔してたな。
みんな、わかってても辞めれなかったんだろうな。
悪いね、一抜けさせてもらうよ。
「お疲れ様です」
そう言ってくれるトウフは愛い奴だな。本当に。
「辞めたぞ! 辞めてやったぞ!! ハハッ、たまりにたまった有給で有無を言わさず休みも勝ち取ったぞ!」
まあ、こっちは死ぬかもしれないんだ。
妥協はできないんだよ、命かかってんだよ! 会社の皆には悪いけどな。
きっと全員が全員、死相出ているぞ。
「よくわかりませんが、おめでとうございます?」
意味は分からずとも、祝ってくれるトウフ。
まあ、そのせいで会社一つ潰れちゃうんだろうけどな。
でも、私が辞めなくてもいずれ誰かが同じことになってただろうしな。
「ああ、来月から無職だけどな。まあ、しばらくは失業保険で…… って、どうだ? 死相、消えたか?」
そうだ、今は、そんな事より死相が消えたかどうか見てもらわなくちゃな。
「はい! もう大丈夫かと思います!」
トウフも笑顔で報告してくれる。
やっぱりそうだよな。あのまんまじゃ間違いなく過労死だもんな。
「そうかそうか! 今日くらいはお祝いに外に食いに行くか」
まだ夕方だしな。
コンビニ以外のお店がやってるんだよ。
信じられるか? 会社から帰って来てお店がまだ開いているんだぜ?
「外に?」
と、トウフはきょとんとした顔をした。
妖怪には外食の文化もないのか?
「そうだよ、なにが食いたい? トウフ」
とりあえずトウフの希望を聞く。
お前がいなければ、私は近いうちに過労死してたもんな。
「え? 良いんですか、えっとえっと、お蕎麦? うどん? それとも…… それとも!!」
なんだよ、そんなもんで良いのか?
安上がりな奴だな。
「まあ、金はしばらくは問題ないからなー、私も少しのんびりしようか。流石に疲れたよ」
そうだ。就職活動は失業保険を貰いだしてからで良いよな。
しばらくは私も休みたい。
のんびりしたいよ。
なにせ死相が出ているくらいだったしな。
「そうですね、まだ完全に死相が消えたわけじゃないので、しばらくは療養されるのがいいかもしれないですね」
「え?」
死相が…… 消えていない?
どういうこと?
「どうしたんですか?」
トウフがそう言って私の顔を覗き込んでくる。
「死相、消えてないの?」
と、私が聞くと、トウフはニコッと笑った。
本当にかわいいな。
でも、この時ばかりは悪魔の微笑みに思えたよ。
「ほとんど消えてますよ、もう心配いらないくらいには」
「あ? ああ、そう言う事か。びっくりさせんなよ。けど、完全に死相が消えるまでニートしてた方が良さそうだな。幸い貯金はあるし」
まあ、溜まりに溜まった疲れがあるしな。
仕事を辞めたからと言って、その疲れがすぐになくなるわけじゃないか。
しばらくはニート生活を謳歌しないとな。
トウフがいれば、いつまで休めばいいか、わかるしな。
「と、ところで、スキヤキってカズミさんは知ってますか? なんか流行っているって聞いたことがあるんですよ!」
トウフは目を輝かせながらそんなことを聞いて来た。
すき焼き? 今流行ってんの?
そういえばすき焼きにも豆腐を入れるしな。それでか?
「すき焼き? 知ってはいるが今は別に流行ってはないんじゃないか? 聞いたことないし、スマホで調べても特に出てこないぞ?」
スマホですき焼きについて調べたけど、特に流行っている様子はないなぁ。
いつ流行ったんだ? まあ、仕事が忙しすぎて疎い可能性はあるが……
いやいや、うちの会社はネット通販業務で、食品も売っている会社だぞ。
流行は一通り見てるって。
特に流行ってないよ、すき焼き。
「え? そ、そうなんですか? そうですか……」
あっ、輝いていた目が急激に光を失っていく。
いいぞ、その表情もいいぞ! トウフ、お前は最高だな!
私の中の妄想リアリティがどんどん上がって行くぞ!
もっといろんな表情を見せてくれよ、トウフ!
そのうち、創作活動の方も再開したいな。
まあ、誰に見せるでもないんだけど、とりあえず原稿だけ書いて満足なんだけどさ。
でも、今は体を休める方が優先かな。
なんせ死相も完全に消えたわけじゃないしな。
で、すき焼きか。
すき焼きなんてもう何年食べてないな。
久しぶりに食べるのも良いな。
「すき焼きか、悪くはないけど、食える店この辺にあったかな…… すき焼きが流行ったって、トウフ、お前いつの人間だよ」
そう言ってスマホで近所ですき焼きが食べられる場所を探し出す。
「人間の文化の変化が速すぎてよくわからないんですよ……」
トウフは困り眉で少し照れながらそんなことを言った。
まあ、人間と妖怪じゃその辺は違うんだろうな、とは私も思う。
すき焼きって起源はいつなんだ? まあ、どうでもいいか。
改めてトウフの恰好を見ると時代劇の衣装だもんな。
江戸時代くらいか?
いや、もっと後の時代だったっけ? 明治? 大正? まあ、どうでもいいか。
「そうか…… まあ、トウフの恰好を見るに江戸時代くらいだもんな」
「ボクが生まれたのは確か、その時代ですよ!」
江戸時代生まれってことは、ショタじじいなのか。
ただ、じじい属性はトウフからは皆無だよな。
純真無垢な子供そのものじゃないか。
まあ、今日はすき焼きにしてやるか。
一応、命の恩人だしな。
「そうかそうか、ん? トウフ。おまえは私以外の人にもちゃんと見えるのか?」
自然と妖怪って、そう受け入れてたけど、私の幻覚じゃなくて、本物の妖怪で良いんだよな?
もし他人にも見えるのなら、この格好はまずいような。
時代劇の子役かって感じだし、何より目立つもんな。
職質でもされたら終わりだぞ。
「はい、もちろんですよ。消えることも出来ますけども、特定の誰かからだけに見えるとか見えないとかは無理ですよ」
他人からも見えるってことか……
妖怪ってのもよくわからんな。
とりあえず、他人から見えるって言うのなら、今の恰好のままは流石にまずいよな?
「その恰好でお店には連れて行けないなぁ」
トウフの恰好は、なんていうか、時代劇に出て来る子供そのものだし。
流石にこの格好でお店に連れて行くことはできないよな。
下手したら職質どころか通報されるぞ。
「え? そ、そんな……」
トウフはそう言って愕然としている。
本当に素直な奴だな。
「まずは服を買いに行こうか」
私がそう声を掛けると、
「良いんですか!」
と、トウフは嬉しそうに反応する。
ご飯だけでなく人間が着る様な服も興味があるのか?
まあ、私好みの服しか買ってやらんがな。
半ズボンは絶対に履かせるぞ。
あと、これから夏だしな。涼しめの服を選ぶとするか。
「いいぞいいぞ。でも、半ズボンは決定だからな」
「半ズボン? なんですか? スキヤキを食べられるなら、なんでも良いですけど……」
私の欲望が漏れ出ていて、トウフはそれに少し怖がっていたけど、了承はしてくれた。
さてはて、どんなかわいいおべべを着てもらいましょうかな。
こんなかわいい男の子を自分の好きに着替えさせられるだなんて、なんか、こう…… へへっ……
いや、待て。
「そもそも連れてけないか。私がちょっと買ってくるから待ってろよ」
とりあえず、今日は近所のファッションショップしまおかで良いか。
外食するなら、あんまり時間ないしな。さっさと行って来るか。
「はい!」
トウフは嬉しそうに返事をした。
半ズボンと共に白ブリーフも履かせると、私が心に誓っている事も知らずにだ。
可愛い奴だぜ、本当に。