【第六章】私と油の相容れなくもない不思議な関係【五十二話】
「えっと…… トウフはこうして無事だし元気にしているぞ、もう行っていいか?」
未だに私とトウフの前に立ちふさがるアブラスマシにそう言ったが、返ってくる答えは、
「ようこそ、ようこそ」
だった。
わけわからん。
敵意はないんだよな?
顔もずっとすまし顔で表情を読み取ることも出来ないしなんなんだよ、コイツ。
そんなアブラスマシにトウフは、
「ボクは妖怪連合を抜けたんです。だからもう心配はいらないんです。カラカサさんや小豆洗いさんもです」
と、説得を試みようと必死に話しかける。
スネカジリことスネコスリもいるだろう、と思ったけど、アイツの話をすると、ややっこしいことになるか?
だけど、そんなトウフの言葉に返ってくるのも、
「ようこそ」
なんだよ。
それしかしゃべれないのかもしれないが、顔もずっとすまし顔なので、コイツの意図が全く読めないんだよ。
「ダメだ、まるで分らん」
「ボクにもわかりません」
私とトウフが、アブラスマシが何を考えているのかわからずに匙を投げる。
いや、ほんと分らんて。
そして、改めてアブラスマシを見る。
何というか、地蔵だよな。頭部だけでっかく胴の二、三倍くらいあるけど、基本は地蔵そのままなんだよ。
地蔵の妖怪なのか?
「コイツ、頭でっかちの地蔵みたいだよな」
と私が言うと、
「確かにお地蔵様に似てますね」
と、トウフも同意する。
さらにアブラスマシが、
「ようこそ、ようこそ」
と、そういうのだが、肯定にも否定にもとれん。
ほんと訳が分からん。
「いや、分らんて…… って、かった。コイツの顔、石みたいに硬いぞ」
ふとアブラスマシの顔を触ってみると、まんま石の感触だ。
というか、コイツ、地蔵そのままじゃないか?
「カズミさん、失礼ですよ。勝手に顔を触ったら……」
まじまじとアブラスマシの顔を触っている私をトウフがたしなめる。
まあ、確かに。
地蔵ぽいからって、少し触りすぎてたかも、とそう思っていると、アブラスマシのすまし顔はすまし顔のままなんだけど、顔を赤らめているやがる。
なんだ、コイツ、私に顔を触られて照れてるのか?
「あ、でもコイツ、少し顔を赤らめているぞ。私に触られて嬉しいのか?」
それを口に出してしまう私もなんなんだけどさ。
「ようこそ」
と、相変わらずのすまし顔での返答だ。
ただちょっと頬を染めているとなると、途端に可愛げが出て来る。
「照れてんのか? おい、照れてんだろ? 女慣れしてないのか?」
と、私がからかうと怒ったように、
「ようこそ、ようこそ」
と、反応しやがる。
なんだ、感情もないような奴かと思ったけど、そういう訳ではないのか。
「カズミさん、からかうのはやめてくださいよ、そういうのよくないですよ」
トウフが少し怒ったように声を上げる。
いや、悪い悪い。
「ああ、はいはい、で、もう行っていいだろ?」
と、改めてアブラスマシに問う。
「ようこそ」
と、アブラスマシは赤らめていた頬を戻し、すまし顔で答える。
どかない所を見ると、何か用があるかのようにも思える。
「どかないってことは、まだ用があるのか?」
一応そう思って聞いてみる。
「ようこそ」
返事はやはりそれだけだ。
「だから、わからんて…… せめて頷いたり首を振ったりしてくれよ」
と、私が言うのだが、アブラスマシは特に反応もしない。
なんなんだよ、本当にコイツは。
「ボクたちは好きなことをして暮らしているので、心配はいりませんよ?」
トウフがやさしくそう言うのだが、返ってくる答えは、
「ようこそ」
だけだ。
本当にマジでわからん!




