【第五章】私と粒餡派か純情派か、はたまたコーヒー豆か?【四十九話】
物の数日でアライのカフェはオープンとなった。
まあ、内装だけは、だけど。
アライの奴はそれで大部分の金は使い果たしたとか言ってたな。
しかし、良いのかね?
空き部屋を勝手にカフェに改造しちゃってさ。
まあ、私の知ったことではないか。
「一杯、頼む」
私がそういうと、アライは慣れた手つきでバリスタマシーンを稼働し始める。
すぐにコーヒーの良い香りがしてくる。
ついでに今のところメニューはコーヒーと小倉トーストだけだ。
どっちも旨い。
その上でタダだしな。
最高だな、このカフェ。
そんなわけで、アライの部屋で優雅に朝食を取るのが最近の私のスタイルだ。
まあ、部屋着のジャージのままだけどな。
私は気にしない。
気にするのはトウフくらいのものだ。
「この豆は?」
と、とりあえず聞いてやる。
なぜって? アライの奴が聞いてほしそうな顔をしているからさ。
ただでコーヒーと小倉トースト食べれるんだから、それくらいのサービスはしてやるさ。
アライの奴もうれしそうなのを隠しながら、
「当店のオリジナルです」
と、すかした顔で答えた。
んだけどもさ。
「いや、私が紹介したあの喫茶店で売ってるヤツだよな?」
「そうです、だからオリジナルブレンドです。あの喫茶店のな」
私が突っ込むと、アライの奴はそれでも自信満々に答えた。
何他店のコーヒー豆を使って気取ってやがるんだ。
まあ、私とトウフ以外に客はいないから、店と呼べるもんでもないし良いのか?
と、思ったけど、アライのやつのすました顔が気に入らなかったので、
「なに気取ってやがる。オリジナルブレンドってのは、その店で独自で作り出したブランドの事だぞ!」
一応、つっこんでおく。
「え? そうなのか? オリジナルブレンドって名前のコーヒーかと思っていた」
そんなことも知らないのかよ。
ま、まあ、妖怪だしな。仕方がないと言えば、そうなのかもな。
トウフは出されたコーヒーを一口だけ飲んで、渋そうな顔を浮かべ、
「あの、ミルクと砂糖を貰っても良いですか?」
と、アライに向かい聞く。
それ、昨日もやってたよな?
なんで、毎日一口だけ試すんだ?
私がミルクも砂糖も入れないからか?
「あ? トウフ、おまえはコーヒーの何たるかをわかっていないようだな」
そんなトウフに対して、アライの奴はマウントを取って来るが、お前もコーヒーという存在を知ったの最近だろ。
なにしたり顔で言ってんだよ。
ついでに私がミルクを入れないのは、牛乳が苦手なだけな理由だぞ。
飲みなれてないから、牛乳飲むとお腹壊すんだよ、私。
「え? ダメなんですか?」
トウフが泣きそうな顔で聞き返す。
アライ、お前トウフの顔を曇らせてどうするんだよ。
愛でてやれよ。
お前はその為の存在だろうが?
「出してやれよ、トウフはまだ子供なんだぞ?」
私が言うと、アライは仕方ないし冷蔵庫から牛乳を出し、棚から砂糖を袋ごと出す。
「チッ、仕方ないな…… ほらよ、自分で入れろよ」
そして、それをカウンター越しにトウフの前に置く。
「パック牛乳に袋のままの砂糖かよ……」
風情も何もないな。
私が文句を言うと、
「オイ…… 俺様は今小倉トーストを焼いてんだ! 一人しかいないんだよ! 忙しいんだよ!」
と、逆切れされた。
まあ、金払ってないから、客ですらないしな、私達。
それに関しては何も言い返せない。
「カラカサは? メイドとして雇ったんだろ?」
私が聞き返す。
ただ注文を伝えて以来、カラカサの姿を見ていない。
でも、中々かわいいんだよな。メイド風にデコられたからかあの奴。
一気にファンシー感が出て、不気味さがなくなるというか。
「アイツはオーダーしか取れないし、何も運べないだろ!」
ただ、アライの奴から怒鳴り返されて、私も気づく。
そういやアイツ手がなかったわ。
注文を取るくらいしかやる事ないわな。
「なんで雇ったんだよ」
私は素朴な疑問をアライにぶつける。
「なんでだろうな?」
それに対し、アライもよくわかっていないらしい。
形から入るからそうなるんだよ。
「まあ、コーヒーも小倉トーストも旨いよな。特に餡子の部分は凄いよ。トースト部分は…… スーパーで私が買ってきた奴だけどな」
そこだけが残念だ。
トースト部分にもこだわって欲しい。
なんでパンを持参しないと、小倉トースト作ってくれないんだよ。
いや、小豆洗いだけあって餡子の出来は一級品だけどよ。
「その代わりにただでコーヒー飲ませてやってるじゃねぇかよ!」
まあ、そうなんだよな。
パンだけで、旨いコーヒーと小倉トーストが食べれるんだから文句はないよな。
それにトーストなら私が良いヤツを買ってくれば、よいだけだしな。
今度近くのパン屋に行ってみるか?
そもそも、なんでわかってて薄切りの食パンを買ってきたんだ、私は。
「けど、客も私とトウフだけじゃないか。良いのか? 私達が来なくなったら、誰もお前のおままごとに付き合ってくれなくなるぞ」
そう言ってアライをおちょくるけど、そもそもアライはカフェというか喫茶店をやりたいだけで、儲けとか考えてないんだよな。
金が完全に尽きたら、また小豆相場をするとか言ってたけど。
私もそっちのほうは教えてもらおうかな。
「ままごとじゃない! だが、客として毎日来い!」
アライは否定しつつも、私とトウフのことを客と呼ぶ。
金に困ってはないから、請求されれば払うんだけどな。
「まあ、続けてくれるなら通うけどな。あっ、でも、何かあっても私は知らないからな」
それだけは勘弁してくれよ。
無職の私じゃどうにもならないし、最悪私までこのアパートを追い出される。
まあ、追い出されたら追い出されたで、別に新しい部屋を借りるだけだけどな。
あっ、でも無職だと部屋を貸してくれないかもな……
「オイラ、あっ、いや、俺様も妖怪だ。人間の法で裁くことなんてできんぞ」
うむうむ。約束は守っているようだな。
ちゃんと俺様呼びを意識しているじゃないか。
「それなら、まあ、良いけどな。しかし、雰囲気は良いよな。入るときに厨房というか、台所通らないといけないのはなんだけどな」
なにせワンルームのアパートだからな。
ベランダはないけど、窓側から入って来る方が雰囲気はあるくらいだぞ。
「この部屋狭すぎるんだよ!」
と、アライは文句を言う。
「勝手に使ってるくせに文句言うなよ」
と、私はアライに言い返しつつ、両手でコーヒーカップを持って既にカフェオレとなったコーヒーを飲んでいるトウフを見る。
「トウフ、口の上にコーヒーのお髭が出来ているぞ」
そして、トウフにそのことを指摘してやる。
ああ、なんてトウフは愛らしいんだ。
「え? どれです?」
「拭いてやるから待ってろ」
そう言って、私はティッシュでトウフにできたコーヒーのお髭を拭いてやる。
「小倉トーストで来たぞ! 自分で取りに来い!」
厨房、いや、台所からアライが声を上げる。
「それでもカフェかよ。客にやらせるなよ」
一応そう突っ込んでから、私は席を立ちあがり、小倉トーストを受け取りに行く。
雰囲気だけは良いんだけどなぁ。
それだけに残念なんだよな。
「金払わない奴は客じゃねぇよ!」
と、アライにそれを言われたら、私も何も言い返せない。
「それは確かにな。カラカサ、そこ突っ立ってるなよ、邪魔だぞ」
だから、台所で突っ立っているカラカサに八つ当たりをしてやる。
いや、実際邪魔だしな。
「生きずらい世の中でありんすね」
しみじみとカラカサはそう言った。




