【第五章】私と粒餡派か純情派か、はたまたコーヒー豆か?【四十六話】
「まあ、トウフがぜんざいを作っている間、これでものんでおけよ、アライ」
私はスーパーでやっている出店、そこで買って来たアイスコーヒーをアライの前に置いた。
もう氷が解けてしまっていて、薄まってしまって飲む気もしないしな。
「これは…… なんだ?」
そんなコーヒーの入った紙カップの匂いを嗅いで、プラスチックの透明な蓋から見える黒い液体を訝しげにアライは見ている。
匂いは気に入ったのか、何度も匂いを嗅いでいる。
ただ、真っ黒な液体に顔をいぶかしんではいるみたい。
うーん、コーヒーは初めてなのか?
「コーヒーだよ。知らないのか? そんな恰好をしているのに」
でもなんで、コイツはスーツ姿なんだ?
子供用のスーツとか早々ないだろう?
多分特注品じゃないか?
「これは…… 知り合った人間が人間界に溶け込めるようにと紹介してくれた物だ」
そう言ってアライは自慢げにスーツを見せる。
少し手に取ってみるが、やはり生地も良いものだ。
なんていうか、ちゃんとスーツ屋で作ったスーツっぽい感じがする。
「似合ってはいるが、溶け込めてないぞ」
ただ、溶け込めているか? というと溶け込めてないよな。
子供が良いスーツ着てんだぞ? それだけでも目立つって。
「そうなのか?」
と、アライは意外そうにスーツを見る。
いや、ちゃんと着こなせてはいるけどもさ。
スーツの着こなし方もその知り合いとやらに教わったのか?
「子供はなにかイベントごとがない限りそんなスーツ姿はしないぞ」
背広の中にベストまで……
本格的だな。ワイシャツもこれ、ブランド物か。高い奴じゃんか。
スーツはどこのなんだろ?
「オイラは子供じゃない!」
オイラと言ったアライを睨みつける。
「俺様! もしくは俺な? いいか? 間違えるなよ?」
そして、訂正する。
この格好でオイラはないだろ、俺様がマスト! 次点で俺だよな、うん。
「な、なんなんだ、コイツは!?」
「まあ、どうせ元はトウフのように着物かなにかでふんどしだろ? それよりは確かに目立ってはないけどさ」
たぶん、元々トウフが着ていた、あんな着物だろ?
それよりかは確かに目立ってはないかもだけど。
この服は、物が良すぎて逆にな。
「そうか、ならいい。オイラもこの格好は…… おい、ざるを奪おうとするな!」
アライの奴もこのスーツ自体は気に入っているようで、どうにも自慢げだ。
だけれども、
「何度言ったらわかる? 俺様って言えよ」
コイツをしつけにはざるを奪うのが良いよな。
クククッ、大事そうに抱えやがって、弱点まるわかりだぜ?
「話が進まねえでありんすね」
そこへカラカサがため息交じりにそう言った。
進まないもなにも、今はぜんざいができる時間を待っているだけだろうが。
「追々矯正していってやるからな! その服くれたのどうせ女だろ?」
まあ、急に矯正するのは確かによくない。
けど、一人称をオイラから俺様に変えさせてやるからな、絶対に。
「確かにそうだ。年配の人間の女だったな」
やっぱりそうなのか。
そいつの趣味か。
このスーツは。
まあ、良い趣味しているな。
「なるほどな。その服をくれた女よりトウフの方が魅力的だろ?」
いかん、あまりにもの適任なアライに私の脳内がそれで満たされてしまっている。
急いてはことを仕損じるということは分かってはいるのに!
何をほざいているんだ、私は。
「何を言っている? そりゃそうだろう? 豆腐小僧は同じ妖怪だしな」
だよな、当然トウフを選んでくれるよな。
アライの回答に満足した私はアライの前に置いたコーヒーを改めて勧める。
もう中の氷が解けて薄くなってしまったアイスコーヒーだけどな。
良かったら飲んでくれよ。
「そうかそうか。まあ、飲めよ、そのコーヒー。それでも飲んで落ち着けよ、な?」
そう言って私がコーヒーの入った紙コップをアライの目の前まで押し込んでやる。
アライも興味はあったのか、その中を覗き込んでやっぱりいぶかしんでいる。
「この黒い飲み物はなんだ?」
まあ、知らない人間からしたら真っ黒なコーヒーは驚くか?
「もうぬるくなっちゃったけど、アイスコーヒーだよ。スーパーのお祭りの出店で売ってた奴だよ」
私がアライに説明すると、台所でぜんざいを作っているトウフが心配そうに声を掛けて来る。
「ボクの分は取っておいてくださいよ! ボクも初めてコーヒー飲むんです!」
そうは言っても、トウフ、おまえは自分の分だけを早々に冷蔵庫にしまい込んでただろ?
トウフは本当に食い気だけはあるよな。まあ、そこも可愛いところではあるんだけども。
「はいはい、私の分をアライに上げるからさ、トウフはぜんざいの方を頼むぞ」
私は知らないんだけど、小豆からぜんざい作るのにどれくらい時間がかかるんだ?
トウフも作り方知ってたわけじゃないから、スマホでレシピを見ながら作っているようだけど。
「これがコーヒーでありんすか? あちきも初めて飲みんす」
そう言って、カラカサもコーヒーの紙コップを覗き込んでいる。
あー、わりぃ、カラカサ、おまえの分買ってくるの忘れてたわ。
でも、おまえが飲みたいのはこういうコーヒーじゃなくて、モリモリ色んなのを盛り込んだ奴だろ?
それとは、まあ、別もんだぞ。
「カラカサが飲みたいのはまた別の店の奴だろ? 長い注文のヤツだろ? キャラメルフラペチーノだろ?」
「それとはまた別でござんすか?」
カラカサは目をまん丸くして、いや、元からコイツの一つ目は真ん丸だったな、それをさらに真ん丸くして聞き返して来る。
「まあ、少なくともこれとは別もんだな。それはまた別の機会だな」
そもそも、あれはコーヒーじゃない奴もあるしな。
あの注文の詠唱、よく昔はできたよな、ちょっと通わなくなっただけで、もうできる気がもうしないぞ。
「あい」
お前が飲める日は来るのかね?
私にはもう注文できないぞ。
私とカラカサがそんなことを話している間に、アライはコーヒーを一口飲んだようだ。
ストローが刺さっているのに、わざわざ蓋を開けて飲む辺り、本当に初めてなんだな。
「な、なんだこれは…… このコク、味わい…… し、信じられない……」
けど、氷が解けて薄まったコーヒーを飲んで、アライは目を見開いて感動している。
まあ、バリスタマシンの実演で淹れてたコーヒーだからな。一応は豆からちゃんと挽いている奴ではあるんだろうけど、そこまでか?
「え? ただのアイスコーヒーだぞ? しかも氷が解けて薄くなっているような奴だぞ?」
「こ、これはどんな飲み物なんだ!?」
だけど、私の声は既にアライには届いていない。
アイスコーヒーに夢中になっている。
匂いを楽しみ、少しずつ飲んで味わってやがる。
「えーと、ああ、コーヒーも元は豆だったな。小豆じゃないけどな」
コーヒー豆っていうくらいだしな。
「豆? 豆茶みたいなものなのか? し、信じられない」
コーヒーも豆茶なのか?
広義で言えばそうなのか?
どうなんだ? 知らねえよ、そんなの。
「豆茶? 豆茶なのか? 本物はもっとすごいぞ」
「これ以上のものがあるというのか?」
まあ、それはもう薄まってるしな。
そういえば、近所に美味しいコーヒーを淹れてくれる喫茶店あったよな。
「あー、そう言えば近くに個人経営の喫茶店あったな、明日にでも行ってみるか?」
「あちきは?」
そう言ってくるカラカサには悪いんだが、流石に喫茶店には連れてけないな。
担いで持っていくにしてもだ、足が生々しすぎるんだよ。
それにお前の求めている物はそこには多分ないぞ。
「カラカサは…… 流石に無理だな。テイクアウトできるかどうか聞いてやるよ」
ただ仲間外れにするのはかわいそうだし、テイクアウトできるかどうかぐらいは聞いてやるよ。
個人経営だから頼めばしてくれるだろ?
「頼みんした」
ニコニコ顔でカラカサはいるんだけどもさ。
お前が求めているようなコーヒーじゃないんだよ。
「それもお前が飲みたい奴とはまた別もんだぞ?」
「そうなんでありんすか?」
どうなんだろうな。
多分、カラカサが求めるようなコーヒーではないよな。
あれは個人的にはスイーツのほうが近い。
「コーヒー…… なんだこの飲み物は……」
周りのことなど全く気にせず、アライは既にコーヒーの虜になっていた。




