【第四章】私と侍、破壊と再生、そして、新しい生命へと繋がる環【四十話】
私はカラカサを仲間に引き込むため、カラカサ用に切った西瓜をスプーンで掬いカラカサの口へと運ぶ。
俗にいうところの、あーん、って奴だ。
人生で初めてこれをした相手がカラカサになるとは思いもよらなかったが、まあ、良い。
真っ赤な口紅をプルプルと震わせてカラカサは口を開き、スプーンに掬われた西瓜を口へと受け入れる。
今更だけど、カラカサが食ったものはどこへと消えるんだろうな。
カラカサの口の裏は、傘の内側のはずなんだけどな。
まあ、妖怪だし、細かいこと気にするだけ無駄だよな?
カラカサはシャクシャクとおいしそうな音を立てて西瓜を食べる。
「この西瓜、とても瑞々しゅうて甘う、大変美味しゅうござりんす」
そして、満足した表情でそう言った。
瑞々しくて甘いよな。ついでによく冷えているぞ。
「だろ?」
私も得意げにそう言った。
これでカラカサも私の味方だ。
あとはトウフをどうにか丸め込んで西瓜を食べさせるだけさ。
まあ、どうしても嫌だというなら、それでもいいんだけどな。
でもな、
「トウフ。お前は食べないのか?」
私はトウフの西瓜を食べたさそうな顔を見てそう言った。
どうみても西瓜食べたそうじゃないか。
「うっ、た、食べません! 妖怪の仲間を食べるほど落ちぶれてませんよ!」
トウフは涙目になりながらも、そんなことを言う。
けどな、トウフ。私は知っているぞ。
おまえが食いしん坊だってことを。
美味しい食べ物に弱いってことをさ。
「だけど、旨いぞ? この西瓜。冷えていて、瑞々しくって、何よりすんごく甘い!」
そう言って私は西瓜にかじりつく。
スプーンで掬うなんて上品でちゃちな食い方はしない。
トウフに見せつけるように、大口で西瓜にかじりつく。
「うっ、うぅ……」
どんどんと減っていく西瓜を見てトウフは狼狽えている。
欲しいんだろ? トウフ。
おまえも西瓜が食いたいんだろ?
そんな私をカラカサが嗜める。
「そんなにイジメてやりなんすなえ」
ちょっとやりすぎたか?
「トウフ、素直になれ。美味しいぞ?」
「た、食べません!」
多分意地になってるだけだよな。
それとも本当に妖怪仲間だからと思っているのか?
トウフのことだから両方なんだろうけど。
「じゃあ、良いんだな? この西瓜全部私が食べちゃうぞ? それくらい美味しいからな?」
私がじっとトウフの目を見ながらそう聞くと、トウフは目をそらした。
やっぱり本心では食べたいんだな? トウフよ。
「い、いいですよ! ボクは食べませんから!」
妖怪仲間だからというよりも意地になってるだけだよな、もう。
少しからかいすぎたかな?
そんなトウフを見て、カラカサが諭すように言う。
「主さんもそんなに意地を張らず食べなんし、所詮はただの西瓜でありんすよ。これは妖怪ではありんせん」
いやいや、一日で実がなる西瓜が普通の西瓜なわけないじゃないか。
普通の西瓜じゃなければ、妖怪のなんかだろ?
「そ、そうなんですか? これは西瓜侍さんじゃないんですか?」
けど、トウフはカラカサの言葉に耳を向ける。
「妖怪とは長い年月を経て化けるものでありんす。これはその前段階、つまりはただの西瓜でありんす」
カラカサはそう断言する。
うーん? 通常のじゃないけど妖怪未満の西瓜ってことか?
まあ、よくわからないけど旨いからいいか。
夏の間のオヤツは毎日この西瓜だ。
「それって、結局は西瓜侍さんってことじゃないんですか?」
トウフの奴はまだごねている。
早くこの旨い西瓜を食べて、笑顔になれよ、トウフ。
「正しゅうもあり間違ってもいましんす。ですが、この西瓜を放置してても西瓜侍になることはありんせん」
カラカサは更に断言する。
「そうなのか?」
私はこの実を放置してれば胴体が生えてきて西瓜侍になるかと思ってたけど、そういうわけでもないのか?
「あい。西瓜の実ではのう草部分を数年放置すれば西瓜侍として復活もしんしょう」
「そうなんですか!」
「そうなんか?」
なるほど。実の方じゃなくて草の方か。
夏が終わったら毟ってしまおう。
そして、来年の夏にまた種を蒔こう。
そうしよう。
それが良い。
「だと思いんす。西瓜の実自体に妖力は感じんせん」
妖力?
なんだそりゃ。
「じゃあ、トウフも西瓜、食べるよな?」
とりあえず、私は大人気なく勝ち誇りトウフにそう言った。
「うっ、は、はい…… 食べます……」
トウフは私に目を合わさずにもじもじとしながら遂に西瓜を食べると言った。
ん? なんで私はここまでしてトウフに西瓜を食べさせたかったんだ?
まあ、あれだよな。旨いものは皆で分け合いたくなるよな。
「そうだぞ、トウフ。素直なのが一番だぞ。ちゃんとトウフの分も切って冷蔵庫の中に入れてあるから取って来いよ」
「はい!」
私がそういうと、トウフは嬉しそうに笑顔で返事をした。
私はこの笑顔を見たかっただけなのかもしれない。




