【第四章】私と侍、破壊と再生、そして、新しい生命へと繋がる環【三十六話】
私は人面西瓜の一つをもぎ取る。
なんか抵抗でもあるかと思ってたけど、特に抵抗もなく素手でもぎ取ることができた。
まだ縞模様も緑色自体も薄い実だ。
それでももぎ取った蔓と実の間から、青臭い匂いと共に甘い匂いも漂ってくる。
もぎ取った人面西瓜の顔をまじまじと観察するけども、顔の部品のような凹凸があるだけで実際に目玉や鼻の穴、口が存在している訳ではないみたい。
「ふむ…… とりあえずスネカジリにあげてみようぜ」
何の気なしにもぎり取った人面西瓜について私が思ったことはそれだった。
いや、流石の私もこんな人面西瓜に、いきなりかじりつく様なことはしないさ。
まだどう見ても熟してないし。
「だ、大丈夫なんですか?」
そんな私の提案を聞いて、トウフは不安そうに聞いてくる。
優しいトウフの事だ、スネカジリを心配しているんだろうな。
「ダメだったら食わないだろ?」
と、私は思う。
野生動物って案外そういうもんだろ?
違うのか?
そもそも、スネカジリは野生動物でもなかったな。
ペットの妖怪だし、更に平気だろ。
「そういうもんなんですか?」
「じゃないかなー」
不安げに聞き返して来るトウフに私は適当に答える。
とりあえずもぎ取った西瓜を持って自室へと帰る。
本当にこれをスネカジリが食べるかどうか確認しないといけない。
「ほら、カラカサ、人面西瓜が実ったぞ」
一応、カラカサにも見せてやる。
カラカサのほうがトウフより先輩でなにかと妖怪の事に詳しいからな。
「なんでありんすか、その気持ち悪い物は」
だけど、カラカサの反応はそれだけだった。
お前の見た目で気持ち悪いとか言うなよ、と思ったのは内緒だし、口には出さないけどな。
だって、ピンクのビニールのカラカサに大きな目と口、それに艶めかしい脚がついているんだぞ?
人面西瓜なんかよりも不気味だろ?
思っていることは飲み込んで、
「西瓜侍の種が実ってた」
簡潔に伝えてやる。
「ちゃんと実れば西瓜侍さんになるんじゃないんですか?」
トウフが話に割り込んでくる。
トウフとしては西瓜侍として復活して欲しいようだけど、そんなことになったら大変だぞ。
「なら、全部収穫しちまいなんし。侍なんて碌なもんじゃありんせん」
「ん? カラカサは侍にあんまりよい印象持ってないのか?」
カラカサも私と同意見のようだ。
というか、侍が嫌いなのか?
「あい」
と、そうだったようで、カラカサが傘の部分を下げて頷く。
「まあ、持ち主が花魁っていうのであればそうなのか? それとも客が良くなかったのか?」
花魁と侍の関係か。
どんなもんなんだろうな。ただの客ってわけじゃないんだろうし、嫌な客だったのかね?
「それはわかりんせんが、あまり良い印象はありんせんね」
まあ、深く聞いても分かるような話じゃないか。
「なるほど。まあ、スネカジリの餌にしようと思ってるんだけど」
なら話を進めよう。
毎日、実が実って、この西瓜が餌になるなら、スネカジリの餌を買わなくていいしな。
「良いのじゃありんせんか、フェレット? という動物と違い、あれは雑食のようでありんすので」
そう言って、今も柵の中で完全にペット化しているスネカジリをカラカサは見る。
カラカサが賛同したので、私もトウフに強気に出る。
「ほら、トウフ。カラカサも問題ないって言っているぞ」
「でも、そうしたら西瓜侍さんはどうなるんですか!」
まだ西瓜侍のことを気にしていたのか。
西瓜侍に憧れるトウフと西瓜侍の絡みか。
ふむ……? うーん、顔が西瓜じゃなぁ…… 盛り上がりに欠ける……
西瓜を取ったらイケメンだったら? それじゃあ西瓜侍でなくていいしな。
ダメだ、イメージがわかん。
「また種を撒けばいいんじゃないか? まだ未熟な実だけど、一個くらい黒い種は獲れるだろ」
どちらにしろ、明日には大玉くらいまで育っているよな、この勢いだと。
まだ確証はないけど、どれくらいで西瓜侍になるんだ?
できれば熟した西瓜を食いたいんだが……
カラカサはトウフに向かい、
「それ以前にあんさん、私達は妖怪連合を抜けたという自覚を持っておくんなんし。西瓜侍は間違いのう追っ手でありんすよ」
と、そう言った。
そう言えば、そんな話あったな。
じゃあ、あの西瓜はトウフとカラカサを取り返しに来たのか?
「あっ…… そういえばそうでした…… もうボクも妖怪の暮らしには戻れないですよ!」
少し涙目でトウフはそう言った。
そうだよな、トウフ。おまえはもう人間に暮らしの便利さ、なにより食べ物にどっぷりと浸かってしまったからな。
今更、それらを捨てるだなんてこと、無理だよな。
「なら、トウフ。お前がやるんだ」
そう言って私はまな板とその上に乗せた人面西瓜をトウフの前に置いた。
「な、なにをですか!?」
と、恐る恐る聞いてくるトウフに私はそっと包丁を手渡した。
色々トウフは葛藤した後、トウフの手で、その小さくも可愛いらしい手で、人面西瓜を真っ二つに割った。
まだ白い部分も多かったが、赤くなっている部分もあり、甘い香りも漂ってくる、なにより白い種だけでなく黒い種もちゃんといくつかできていた。
黒い種だけ取っておいて、必要なお時に庭に撒けばまた西瓜が実るのか。
意外と便利な奴だな。西瓜侍。
「泣くなよ、トウフ。ただ西瓜を二つに切って、スネカジリにあげただけじゃないか。ほら、スネカジリを見て見ろよ。美味しそうに食べてるじゃないか」
スネカジリの奴は美味しそうに西瓜にむしゃぶりついている。
その姿は、もはやただの小動物だ。
にしても上手そうに西瓜を食べるな。
私も食べたくなってきたぞ。
これ、食べて平気だよな?
「けど、けど…… 妖怪の仲間をボクは…… ボクは……」
そう言って、トウフはしゃがみ込み落ち込んでいる。
落ち込んだその姿もまたかわいい。
ただ下手に私が何か言うと、トウフを怒らせそうなので今はそっとしておこう。
そのかわいらしい落ち込んだ姿だけを脳内に記憶してな。
「なあ、カラカサ。これって人が食べても平気なんか?」
なので、カラカサに確認してみる。
「そればっかりは食べてみねえとわかりんせん」
少し引いた様な目でカラカサは答える。
「そうか…… もう少し大きく実ったら食べてみるか? トウフ?」
ついトウフに話を振ってしまう。
そうすると、目を赤くはらしていたトウフが、
「食べる訳ないじゃないですか!」
と、反論してくる。
とりあえず、たくさんの西瓜侍が実らないように、一玉だけ残して後で庭の人面西瓜を全部収穫してこないとな。
「そうか? 未熟な実でも十分に甘そうな匂いしているぞ?」
残りの一玉は明日食べてみるか……
何事もやってみなくちゃな。